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【ダンジリア帰還後②】

 ギルドの扉を開けると、相変わらずの笑顔でシエラが出迎えてくれた。


「あっ、ジムさんお帰りなさいっ!」


 彼女は"シエラ・メル・ルナルモア"。少し幼さの残る風貌のエルフだ。

 ダンジリアギルドの受付嬢である彼女、ちょいとそそっかしい一面もあるが優しく時には勇ましい女性。

 普段は受付嬢をやっているが、時には冒険者として迷宮に挑んだりと、忙しい毎日を送っている。


「ただいま、廃城の迷宮の地図を持ってきたぞ」

「はいっ、お預かりします! ……しかしジムさん本当に早いですよね、地図も正確ですし」

「ハハ、まあ馴れってやつさ」

「うー、私もその言葉言ってみたいですっ……! 早く新米冒険者を脱したい……!」


 俺の言葉に少しだけ悔しそうにしているシエラ。

 彼女はまだまだ付き添いが必要なDランクの新米冒険者なのだ。


 冒険者にはDからSのランクがあり、高ければ高いほど高難度の迷宮に挑むことが出来る。

 つまり彼女はまだまだ初級の迷宮にしか挑むことが出来ないのだ。


「まあそう焦るなシエラ、ゆっくり実力を付けて行けばいいさ」

「そ、そうですよね……最近は剣が手からすっぽ抜ける事も少なくなってきましたし、実力はついてきてるはずっ! 頑張りますっ!」


 ……この子、未だに剣がすっぽ抜けるのか。


「あっ、どうもジムさん」


 ギルドの扉を開ける音と同時、俺の事を呼ぶ青年の声。

 振り返ると、俺と同じ迷宮測量士の"カイル・アベイン"が居た。

 若いながらも実力のある測量士……なのだが。


「やあカイル、今日は受付嬢姿じゃないんだな」

「うっ……からかうのはやめてくださいよ、ジムさん……」

「ハハハ、すまんすまん」


 中性的な容姿から、なぜか受付嬢姿でギルドの仕事を手伝わされたりしている。

 その姿はまさに可憐な女の子としか言いようがなく、冒険者の間でファンクラブまで出来てるほどだ。

 まったく、世の中何があるか分からんな本当……。


「カイルくん、おかえりなさいっ!」

「ああシエラさんどうも、これ螺旋の迷宮の地図です」

「はい、確かにお預かりしました! ……ふふっ、迷宮測量士姿の二人が揃うのはなんだか久しぶりな気がしますね」


 確かにシエラの言う通り、彼が迷宮測量士として活動しているのは久しぶりな気がする。


「ああ、俺が帰ってきてからは大体受付嬢姿だったもんな」

「ジムさん、ヘレンさんに言ってくださいよ……男性用の服を着せてやれって……」

「似合ってるからいいんじゃないか?」

「いやそう言う問題じゃないでしょう!?」


 ツッコミを入れるカイルに俺はつい笑ってしまう。

 それを見たシエラもくすくすと笑い、カイルはちょっと困った表情だ。

 あれほど受付嬢姿が似合う男性というのも珍しいものだよな、くくくっ。


「おやカイル、ギルドの規則にケチ付ける気かい?」


 そう言ってカウンターの奥からひょっこり現れるギルドマスター。


「げっ、マスター──じゃなくてヘレンさん、居たんですかっ!?」

「"げっ"って何さ。ああ、アタシも嫌われたもんだねえ……しくしく」

「い、いやっ! その、嫌ってはいませんけど! せめて受付嬢姿を何とかしてほしいなって……」

「それは駄目だよ」

「そんなぁ」


 わざとらしく泣いたふりをしてカイルを困らせ、けらけらと笑っているこのエルフこそ、ダンジリアギルドのギルドマスター。

 名前を"ヘレン・メル・ルナルモア"。見た目は二十代後半って感じだが、俺よりも遥かに長生きしている。

 口調通りのぶっきらぼうな性格で悪戯好き、実にエルフらしくないエルフだ。


「ようヘレン、あまりカイルをからかってやるなよ?」

「なにさジム、アンタもからかってた癖して」

「お前は毎日のようにからかってるからな、お気に入りなのは分かるが少しは手加減してやれ」

「カイルの反応が面白いのがいけないのさ」

「まあうん、それは分かる」


 ちょっと!? と抗議をするカイルにけらけらと笑う俺たち。

 なんだかんだ愛されてるよな、カイルは……本人は不服かもしれないが。

 この感じ、年下の弟を弄っているような感じだな。ヘレンもそんな感じなのだろう。


「ふふ……あっ、すみません! 二人に報酬を支払うの忘れてましたっ!」


 シエラがはっとした表情であわあわと硬貨袋を用意している。

 そういえば報酬がまだだったな、うっかりしていた。


「おっと、つい楽しく話しちまったね……あ、そうだ。ジム、少しの間ギルドに残れるかい?」

「ん? 何かあるのか?」

「アンタに"客人"がいるのさ」


 ……客人? 一体誰だろう。

 トランパルであったような個人的な依頼とかだろうか。

 まあヘレンが言うのだから、怪しい人物ではないだろう。少し待ってみるか。


 俺は報酬を貰った後、ギルドに併設されてるテーブルの椅子に座ってその客人を待つ。

 カイルはこれから別のところで用事があるみたいで、一足先にギルドを出て行った。

 あいつも中々に忙しい身分だな……。


「ジムさん、紅茶をお持ちしましたよ」

「ああ、ありがとうシエラ」


 シエラが気を使って紅茶を出してくれる。

 ヘレンもシエラも紅茶好きだからか、ギルドに長く滞在している冒険者に振舞っているのをよく目にしていた。

 ああ、いい香りが漂ってきた。いただきます。


 ……うむ、香りといい味といい、やはり格別だな。

 俺は舌が肥えているわけではないが、少なくともシエラたちの出身地である"ルナルモア"産の紅茶は格段に美味いのは理解できる。

 そういえばニーナに一度行ってみようと約束してたな……行けるのはいつになることやら。


 紅茶を飲みながら、俺はギルドの部屋の中を見渡した。

 冒険者たちも紅茶を楽しみながら談笑している。

 本当、ちょっとしたカフェみたいだな、なんて思ってくすりと笑う俺。


「なにニヤけてんだい」


 ふと、ヘレンがテーブルに手をついて話しかけて来た。


「む、仕事はいいのか?」

「この時間はあまり忙しくなくてね、こうして話す機会も中々ないだろう?」

「……書類の整理とかしたらどうだ?」

「い、言うんじゃなよ! ったく……それに最近はやっと片付いてきたんだ」


 なんだ、あのごちゃっとしたギルドマスタールームはもう見られないのか……いや、別に残念でもないが。

 ヘレンは仕事を抱え込み過ぎる癖があったからな、カイルにも手伝ってもらって最近はやっと片付き始めたのだろう。

 まったく最初から手伝ってもらえば良いものを。


「まあ片付いてきたならいいさ、これからはちゃんと手伝ってもらうんだぞ」

「……まあ、うんそうだね、流石に手が回らないのは認めざるを得ないよ」

「規模を大きくするのを考えてみたらどうだ? 人手を雇えないほど儲けがないわけじゃないだろう」

「ああ、アンタの地図のおかげでだいぶ儲けさせてもらってるからね、将来的には移転も考えている」


 へえ、ギルドの移転か。

 最近ダンジリアで新しい地区を開発する話が出て来たって聞いたし、将来的にはそこに大きなギルドが立ったりしてな。


「まあそう言うわけで、ギルド移転の為にこれからもじゃんじゃん働いておくれよ、ジム」

「まったくウチのギルドマスターは人使いが荒い……」

「まだ三十代だろう? 若い若い」

「あのな、人間の三十代ってのはそこそこキツくなってくる頃なんだぞ?」


 長命種族は年齢の感覚が違いすぎるから困る……。


 そんな他愛もない話をしていたら、ギルド入口の扉が開く。

 客人だろうか? とその方向を見ていたら──。


「こんにち……ええっ!?」


 その人物を見たシエラが真っ先に驚いてあわあわとしている。


「ああ、来たね? ふふ、久しぶりだねえ」


 ヘレンが懐かしそうな顔でその人物を眺めている。

 二人の様子は無理もない、だってその人物とは──。


「シエラおねえちゃんっ! ヘレンさんっ! こんにちは!」

「……ニーナっ!?」


 そう、先日別れたばかりのニーナが訪問してきたのだから!

 カバンを背負い、いつもの白いワンピース。夢じゃない、ニーナが目の前に居るのだ。

 俺が唖然としていると、ニーナの後ろからローブを着た人物が……って。


「こんにちはシエラ、ヘレンさん……ふふ、ジムも」

「クレアまで!?」


 そう、保護者の彼女までもがダンジリアへと来たのである。

 小さな背負いカバンを背負っている彼女、中に何か入ってるみたいだが……それよりも。

 一体どういうことなんだ……? ちょっと理解が追い付かない。

 ニーナは確か学校に通ってるはずじゃ……。


「パパーっ!」


 とことこ走ってきてぴょんと飛びついてくるニーナ。

 俺は彼女を受け止めて戸惑いつつも、ぽんぽんと頭を撫でてやった。


「えへへー、ただいま!」

「あ、ああ……おかえりニーナ」


 元気そうに笑う彼女を見て、なんだか安心した。

 ……いやいや、ちょっと待て。


「変わらないわね、ダンジリアギルドも。懐かしくなっちゃった」

「おいクレア、説明してくれ。何が何だか訳が分からん」


 俺はキョロキョロと辺りを見回すクレアに聞く。

 今頃ニーナは学校で勉強しているはずなのに、どうしてここに来ているんだ?


「あら、ジムったら……今日が何の日か分からない?」

「今日? ……あっ」


 俺がピンときた直後、ニーナが背負いカバンからある者を取り出した。


「はいっ! ハッピーバースデイ、パパっ!」

「これって……あの時の絵か?」


 そう、今日は俺の誕生日。そしてニーナが持ってきてくれたのは、トランパルに居た時に描いていた絵だ。

 中央に俺とニーナが並び、周りにお世話になった人たちがたくさん居る絵。

 前回見た時とは違い、今回はちゃんと着色もされていて豪華になっていた。

 ……あ、端っこの方に付け足すように神様たちも描かれている。


「ふふっ、ニーナちゃん"パパに渡すの忘れてた!"って大慌てしちゃって、慌てて追いかけてきたのよ」

「そうだったのか……ニーナ、ちゃんと完成させてくれたんだな」


 クレアがそう言って説明してくれて、大体把握できた。

 俺は嬉しくてニーナの頭をわしゃわしゃと撫でてやり、お礼の言葉を言う。


「ふふ、ニーナありがとな。最高のプレゼントだよ」

「えへへっ、もう、かみがみだれちゃうよパパ」


 これは大切にしよう、かけがえのない贈り物なのだから。

 帰りに額縁でも買って……いや、また親バカだなんて言われるだろうな。

 ……ちょっとだけ悩むか、うん。


「あ、あのー……クレアさん、ニーナちゃんの学校は大丈夫なんですか?」

「ええ、ちゃんと言ってきてあるから問題ないわ。セレスティアル学園って意外と融通が利くのね」


 シエラが代わりに聞いてくれたが、なるほど、学校の方は問題なさそうだ。


「それじゃあ二人はしばらく滞在するのか?」

「いいえ、一日か二日泊まったら出発するわ。ニーナちゃんは嫌かもしれないけれど」


 ニーナは俺からぴょんと離れると、クレアの言った言葉にふるふると首を振る。


「ううん、イヤじゃないよ。だってまだわたし、"さいこーのレディ"になってないもん! パパの所にもどるのはそれから!」


 そう真剣な表情で語るニーナを見て、俺はなんだか嬉しくなってしまった。

 クレアもくすりと笑って、そうだったわねと嬉しそうに呟く。

 ニーナ、お前はきっと最高のレディになれるよ。俺は心の中でそう言って彼女を見つめていた。


「じゃあ、今日は私と一緒に宿屋に泊まるのかしら」

「それは、えっと……おうちがいいかな、えへへ」

「あらら、やっぱりパパの所が一番みたいね? ふふっ」


 くすくす笑うクレアにつられ、俺もふふっと笑う。

 はてさて、ニーナが最高のレディになるのはいつになる事やら。


「ジム、クレアも泊めてやったらどうだい?」

「クレアも? あ、ああ、別に俺は構わないが……」


 ヘレンの提案に俺は少し戸惑いながら頷く。

 クレアはちょっと頬を赤く染めて慌てている。


「ヘ、ヘレンさん、何言ってるんです? 私は別に宿屋でも──」

「ったく、良い歳してまだウブなのかい? ……耳貸しな」


 ヘレンにぐいっと引っ張られて耳打ちされるクレア。

 一体何を言われてるのかは分からないが、クレアはすごく照れている様子だ。

 そしてヘレンの分かったね? という問いに小さくこくりと頷くと、俺の方へと緊張した面持ちで歩いてきた。


「えっと、その……ジム、お言葉に甘えてもいい、かしら?」

「ああ、勿論大丈夫だが……うん」


 ……なんか、改めて言われると凄い恥ずかしい。

 大人の女性を泊めるなんて初めてだし、しかもあの時クレアに、ああ言われたのを思い出すと……。


「やれやれ……互いにウブかい、まったく」

「ええーと……お母さん、一体何を話したの?」

「ちょいと喝を入れてやったのさ、シエラ。アンタも仕事ばっかりしてるとああなっちまうよ」


 ちょっと気まずそうにしている俺たちを、ヘレンが呆れた様子で見つめていた。


「むう……」


 一方ニーナはちょっと不機嫌そうにしていたが……。


 さてはて、俺の誕生日に思わぬ来客が二人も家に泊まることになってしまった。

 まあ別に二人が泊まることは構わないが……なんだか波乱になりそうな予感を、俺は少し感じていた。

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