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洋菓子店のハリネズミ ~ La maison en bonbons ~  作者: 繭美
5.5. シュガーでもフレッシュでも
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イミテーションでも

 仁科は栞の答えに頷きながら、黙々とショートケーキを仕上げていた。その奥では店長の安藤が、SNS用に焼き菓子を撮影している。

 安藤は写真補正をしながら、栞に笑いかけた。

「わかるなぁ。前に、豪華なイミテーションケーキとか流行ったけれど。今は主流じゃないもんね」

「店長、イミテーションケーキって、どうして流行ったんですか?」

 栞は個包装の胡桃サブレを、販売の陳列棚へと運び、並べていった。

「食べられないケーキが一番に流行ったわけ、知りたいです」

「きみらしいよ」

 栞と安藤の間には、ショーケースがあった。ショーケースの中には巨峰を使ったムースタルトや、七層のチョコレートケーキであるオペラなど、秋らしいケーキが並んでいる。

 安藤はショーケースの中身をチェックしながら、従業員たちに話しかけた。

「イミテーションケーキの長所は、コストをかけず豪華にできること。そして長時間式場に飾れることだよ。生もののフレッシュケーキだと、そうはいかない」

 安藤はショーケースの温度も確認していた。

 栞はショーケースで保管されているケーキたちを前に、深く納得した。


「仁科くん。ほかに、東山さんに聞いておくことは」

「そうですね」

 仁科はグレープフルーツが飾られたショートケーキを、冷蔵庫に入れていた。

「……東山。流行以外で、いいと思うケーキは?」

「あります。あります」

 栞ははきはきと、とりとめがない話をした。

「果物いっぱいのフレッシュケーキ。形は、ホールやスクエアはもちろん、ハート型やブック型もいいなって思います。ネイキッドスタイルも捨てがたいし、あとシュークリームも好きだからクロカンブッシュも――」

「東山さん、もう少し絞って」

「すみません。一番の憧れはシュガーケーキです!」

「よし」

 仁科が「シュガーケーキか」と、目を細めた。

「ああいう色合い、好きだものな」

「はい。あとデザインも、可愛いのが多くて私好みです」

 シュガーケーキは、世界で一番優雅といわれている、イギリス発祥のケーキだ。

 洋酒を染み込ませたフルーツケーキを土台に、砂糖のペーストをコーディングして、長く保存できるケーキを作る。シュガーペーストとアイシングで施される花や宝石は、芸術的だと評価されている。

 パステルカラーのものが多く、栞はその色味に魅かれた。


「好みはそれぞれですけれど……。やっぱりウェディングケーキって、見た目が華やかなもの、綺麗なものが選ばれますよね」

「そうだな。あとは写真映えか」

「思い出を再現したケーキも、人気みたいですよ」

 ひと仕事を終えた栞と仁科は、顔を見合わせて話した。

 安藤は店内に飾ってある、フォトブックを目で示した。

「オーダーのお客さんと話すときは、うちが作ってきたケーキを見せて、話したらいいよ。あとそろそろ、昼休憩を回していこうか」

「はい」

 昼休憩は栞から入ることになった。仁科は水分を摂るために、栞と休憩室へ向かった。


 休憩室は小さなスペースだ。机と椅子のほかに、ロッカーが置かれている。

 栞は休憩室に入ってまず、私物のマグボトルで麦茶を飲んだ。仁科はその傍らで、ペットボトルの珈琲を飲んでいる。

「ところで仁科さんは、どんなウェディングケーキが理想ですか?」

「いや、考えたことないな。忙しいし」

「……そうですか」

 栞はマグボトルの蓋を閉めると、仁科との距離を縮めた。口を結んだ表情で、ぐっと詰め寄る。

「どうした」

「納得いかない。私たち、付き合っていますよね」

「当たり前だ」

「じゃあ聞かせてください。……仁科さん、結婚願望はあるんですか?」

「え」

 蓋の空いたボトル珈琲が、仁科の手の中で揺れた。

「それとも、なしですか」

 栞は仁科に顔を近づけた。相手の温度を皮膚から感じるまで。

「離れろ。照れる」

「答えがまだです」

 仁科は栞から目をそらし、観念したという顔で答えた。

「……ありかなしかで言えば、あり」

「わかりました」

 栞は仁科よりも顔を赤くして、パイプ椅子に座った。


「これで照れるなら、さっきの質問も、少しは照れてくださいよ」

 足の間に両手を挟み、ぽつぽつと話す。

「彼女相手に『理想のウェディングケーキ』なんて、さらっと聞かないで。……こっそり気持ちを探られているのかなって、最初は、深読みしましたよ」

「え……そうか?」

 仁科は間を置いて、首をかしげた。

「だってそんな話、職場でしないだろ」

「そうですけど」

「東山、まだ二十歳だし」

「そうですけど。……たわごとでも仁科さんに言われたら、嬉しいですよ」

「……悪い。無神経だったな」

「いえ。……こちらこそ」

 仁科は栞の横に立ち、ボトルの珈琲に口をつけた。栞はなにも飲まず、仁科の様子をうかがった。


「東山は、結婚願望あるんだな」

 仁科は無愛想なままだが、話し方はたどたどしくなった。

「人並に。素敵なウェディングケーキが、私の夢です」

「ドレスは」

「二の次です。自信ないから、着なくてもいいくらい」

「そんなこと言うなよ」

「……ありがとうございます」

 仁科はほとんど空になったボトルに、口をつけていた。栞と休憩室にいる時間を、どうにか延ばそうとしている。

 栞は「また帰り道にでも」と話を切りあげて、仁科を店側に送り出した。

 休憩室でひとり、椅子に座る。そして幸せな気分に浸ると、声に出さずに笑った。


 5.5. シュガーでもフレッシュでも(終)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急にウエディングケーキなんて言葉が出てきて、私までときめいてしまいました。 二人の会話もケーキの描写も、ごちそうさま。今回も美味しかったです。 [一言] 掌編もあるんですね。楽しみです。
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