イミテーションでも
仁科は栞の答えに頷きながら、黙々とショートケーキを仕上げていた。その奥では店長の安藤が、SNS用に焼き菓子を撮影している。
安藤は写真補正をしながら、栞に笑いかけた。
「わかるなぁ。前に、豪華なイミテーションケーキとか流行ったけれど。今は主流じゃないもんね」
「店長、イミテーションケーキって、どうして流行ったんですか?」
栞は個包装の胡桃サブレを、販売の陳列棚へと運び、並べていった。
「食べられないケーキが一番に流行ったわけ、知りたいです」
「きみらしいよ」
栞と安藤の間には、ショーケースがあった。ショーケースの中には巨峰を使ったムースタルトや、七層のチョコレートケーキであるオペラなど、秋らしいケーキが並んでいる。
安藤はショーケースの中身をチェックしながら、従業員たちに話しかけた。
「イミテーションケーキの長所は、コストをかけず豪華にできること。そして長時間式場に飾れることだよ。生もののフレッシュケーキだと、そうはいかない」
安藤はショーケースの温度も確認していた。
栞はショーケースで保管されているケーキたちを前に、深く納得した。
「仁科くん。ほかに、東山さんに聞いておくことは」
「そうですね」
仁科はグレープフルーツが飾られたショートケーキを、冷蔵庫に入れていた。
「……東山。流行以外で、いいと思うケーキは?」
「あります。あります」
栞ははきはきと、とりとめがない話をした。
「果物いっぱいのフレッシュケーキ。形は、ホールやスクエアはもちろん、ハート型やブック型もいいなって思います。ネイキッドスタイルも捨てがたいし、あとシュークリームも好きだからクロカンブッシュも――」
「東山さん、もう少し絞って」
「すみません。一番の憧れはシュガーケーキです!」
「よし」
仁科が「シュガーケーキか」と、目を細めた。
「ああいう色合い、好きだものな」
「はい。あとデザインも、可愛いのが多くて私好みです」
シュガーケーキは、世界で一番優雅といわれている、イギリス発祥のケーキだ。
洋酒を染み込ませたフルーツケーキを土台に、砂糖のペーストをコーディングして、長く保存できるケーキを作る。シュガーペーストとアイシングで施される花や宝石は、芸術的だと評価されている。
パステルカラーのものが多く、栞はその色味に魅かれた。
「好みはそれぞれですけれど……。やっぱりウェディングケーキって、見た目が華やかなもの、綺麗なものが選ばれますよね」
「そうだな。あとは写真映えか」
「思い出を再現したケーキも、人気みたいですよ」
ひと仕事を終えた栞と仁科は、顔を見合わせて話した。
安藤は店内に飾ってある、フォトブックを目で示した。
「オーダーのお客さんと話すときは、うちが作ってきたケーキを見せて、話したらいいよ。あとそろそろ、昼休憩を回していこうか」
「はい」
昼休憩は栞から入ることになった。仁科は水分を摂るために、栞と休憩室へ向かった。
休憩室は小さなスペースだ。机と椅子のほかに、ロッカーが置かれている。
栞は休憩室に入ってまず、私物のマグボトルで麦茶を飲んだ。仁科はその傍らで、ペットボトルの珈琲を飲んでいる。
「ところで仁科さんは、どんなウェディングケーキが理想ですか?」
「いや、考えたことないな。忙しいし」
「……そうですか」
栞はマグボトルの蓋を閉めると、仁科との距離を縮めた。口を結んだ表情で、ぐっと詰め寄る。
「どうした」
「納得いかない。私たち、付き合っていますよね」
「当たり前だ」
「じゃあ聞かせてください。……仁科さん、結婚願望はあるんですか?」
「え」
蓋の空いたボトル珈琲が、仁科の手の中で揺れた。
「それとも、なしですか」
栞は仁科に顔を近づけた。相手の温度を皮膚から感じるまで。
「離れろ。照れる」
「答えがまだです」
仁科は栞から目をそらし、観念したという顔で答えた。
「……ありかなしかで言えば、あり」
「わかりました」
栞は仁科よりも顔を赤くして、パイプ椅子に座った。
「これで照れるなら、さっきの質問も、少しは照れてくださいよ」
足の間に両手を挟み、ぽつぽつと話す。
「彼女相手に『理想のウェディングケーキ』なんて、さらっと聞かないで。……こっそり気持ちを探られているのかなって、最初は、深読みしましたよ」
「え……そうか?」
仁科は間を置いて、首をかしげた。
「だってそんな話、職場でしないだろ」
「そうですけど」
「東山、まだ二十歳だし」
「そうですけど。……たわごとでも仁科さんに言われたら、嬉しいですよ」
「……悪い。無神経だったな」
「いえ。……こちらこそ」
仁科は栞の横に立ち、ボトルの珈琲に口をつけた。栞はなにも飲まず、仁科の様子をうかがった。
「東山は、結婚願望あるんだな」
仁科は無愛想なままだが、話し方はたどたどしくなった。
「人並に。素敵なウェディングケーキが、私の夢です」
「ドレスは」
「二の次です。自信ないから、着なくてもいいくらい」
「そんなこと言うなよ」
「……ありがとうございます」
仁科はほとんど空になったボトルに、口をつけていた。栞と休憩室にいる時間を、どうにか延ばそうとしている。
栞は「また帰り道にでも」と話を切りあげて、仁科を店側に送り出した。
休憩室でひとり、椅子に座る。そして幸せな気分に浸ると、声に出さずに笑った。
5.5. シュガーでもフレッシュでも(終)




