脱獄囚の罪‥‥美少女と運転手の正体
「今日退職日なんだってな」
俺は運転手のネクタイピンを見ながらそう聞いた。
「そうなんですよ、これで妻と娘とのんびり暮らすことができます。」
運転手はにこやかに、シワだらけの顔を
更にシワくちゃにして、笑顔で俺に言った。
運転手はひとりでに語り出す
「私はね、昔大手企業に勤めていたんですよ。
社内では、熾烈な出世競争、派閥争い、一度の失敗で全てを失って遠方に左遷させられていく仲間たちを見ながら、私はその会社でエリート社員として出世街道をひたすら走っていました。」
働くだけで給料が貰えないのかよ。
大手企業は大変だなと思う。
「その中で、取引先の会社の社長にお見合いを申し込まれましてね。
是非ウチの娘と結婚して欲しいと。そうして、私はその家の婿養子として籍を入れたのです。」
「生活は裕福そのものでしたよ。娘にも恵まれて、
とても幸せな日々でした。
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。
自宅に押し入り強盗が入ったのですよ。
犯人は16歳になったばかりの娘と妻を滅多刺しにして刺殺し、自宅にあった宝石・現金全て持っていきました。
娘に24ヶ所、妻には6カ所の刺し傷が付いており、殺害現場であったリビングには二人の遺体が横たわっておりました。」
そこまで聞き、俺は冷や汗をながし始める。
「お前は今何歳だ」
「53歳ですよ」
定年退職には早過ぎる。
俺の中の疑問が確信に変わる。
「私はね、
その犯人は間抜けだと思ったんです。
その犯人は妻と娘の返り血をたっぷり浴びてしまいました。そのせいでシャワーを使ったんですね。そしてシャワーを浴び終わるとその足で私の部屋に向かい、私の服を奪って行ったんですよ。
もともと犯人が着ていた服はどうしたのかって?私達の自宅に置いていったのですよ。
馬鹿だと思いませんか?その服には犯人の汗・毛髪などの、主にDNAってやつですね。
逮捕の決め手になる証拠が全て揃っていたのですよ。
そして、これは裁判所で聞いた話なんですけどね、犯人は盗みの常習犯だったらしくて、何度か警察に捕まったことがあるらしいんですよ。そういう背景があってか、テレビで顔写真付きで指名手配されて、呆気なく逮捕。裁判所で無期懲役を言い渡されました。」
運転手はルームミラー越しで俺を見る。
その顔はとてもにこやかで、心の底から笑っていると分かった。
「私はね、その犯人を警察より先に捕まえて復讐してやろうと妻と娘の前で誓ったのですよ。
でも、あなたは簡単に警察に捕まってしまった。
復讐のチャンスを逃してしまいました。
とてもとても残念でしたよ。
だから、あなたを脱獄させてくれた彼女には感謝しかありませんよ。」
‥‥彼女?
一体誰だ?
「誰だかわからないという顔してますね。
先程まで一緒に話していた少女のことですよ。」
「馬鹿な‥‥」
本当に?そんな馬鹿なことがあるはずがない!
どれだけ見た目が美しくても中身はただの16歳の小娘だ‥そんなこと出来るはずがない!
「ありえない?
いいえ、ありえるのですよ。あなたは知らないでしょうが、彼女はIQ361の頭脳に加え、とても強い権力を持っています。私は彼女の能力を近くで見たことがあるのでその凄さがよくわかります。」
「嘘だっ!!そんなこと信じられるか!!!!」
俺はツバを飛ばしながら運転手を睨む。
「では、聞きましょうか。
あなたが脱獄する瞬間、刑務所内が停電になりませんでしたか?
あなたの牢屋の扉だけ電子ロックが外れませんでしたか?
刑務所内の看守があなたが歩いている場所に限り、やけに少なくありませんでしたか?
いまだに、ラジオであなたの脱獄ニュースが流れないのは何故だと思いますか?」
何故コイツは俺が脱獄したことを知っている‥。
何故コイツは停電のことも電子ロックのことも知っている‥。
いや‥それをあの小娘が‥‥
「全て、彼女が教えてくれたのです。
あなたが、あの山道を通ることも彼女は知っていたのですよ。」
ルームミラーの真下にあるタクシーの時計を見る。
俺が脱獄してから既に5時間以上経っている。
確かにもう、ラジオに俺のニュースが流れても良い時間だ。
日本の警察は優秀だ。
それは逮捕される前に存分に味わった。
なのに、いまだに、ニュースが流れない、検問に一度も引っかからない。
これは日本では異常なことではないのか。
俺は全身から嫌な汗が流れるのを感じた。
寒気がする。胃がキリキリ痛み出した気がした。
その時俺は気付いた。
タクシーがまた山道の中に入っていることに。
タクシーはどんどんスピードが上がっていく。
その時俺は気付いた、気付いてしまった。
100メートルほど先に崖があることに。
俺は運転手‥いや鮫島尚也に叫ぶ。
「鮫島さん!アンタの家族を殺したのは謝る!
だから頼む!車を止めてくれ!!」
「命乞いですか!?
ここにきて命乞いをするのか!?
お前は!?
お前の命を助けて欲しければ、今ここに私の家族を連れて来い!私の家族を!!出来ないのならお前を殺してやる!!」
「やめろ!アンタも死ぬぞ!」
「それこそ本望だ!!突然家族を奪われる気持ちがお前にわかるのか!?
おかえりも、ただいまも無い、そんな寂しい家に帰る気持ちがお前にわかるのか!?」
「私は今まで何も悪いことをしないで生きてきた!
それなのに、何故私ばかりこんなに不幸になる!?会社はあれから失敗ばかり続き、クビになった。やっと就職できた職場でも社内いじめの標的にされた!全てお前があの時、私の人生を狂わしたんだ!!」
ガンッッ
強い衝撃が俺の体を貫いた。
どうやら、ガードレールを突き破ったらしい。
ああ、死んだな。
俺はそう思った。
車は崖を真っ直ぐ落ちてゆく。
数秒の浮遊感を味わったあと俺の意識は
ーー途絶えた。
♦︎ーー
崖の上で、琥珀色の瞳の少女が見下ろしてる。
とても冷たい眼差しだ。
「鮫島未香さん、
あなたの事はあまり良く知りません。
しかし私の友達があなたの死を
とても悲しんでいたの‥‥。
私は友達が悲しむ姿を見たく無いの。
だから、私の友達の悲しみを取り除くために
あなたの父親を利用したことは許して欲しい。」
その時崖の底から、大破し、炎が轟々と燃えている運転席の扉が開いた。
中から出できたのは無傷の鮫島美香の父親、
鮫島尚也だ。
「鮫島尚也さん‥迫真の演技でしたよ。」
私が渡したネクタイピンは魔法具である。
付与効果は『熱無効』と『衝撃無効』『超速再生』である。
その結果、鮫島尚也は生き残り、脱獄囚は落下の衝撃でクビの骨を折り即死。
地球の人間には、魔法の存在はあまり知られたくないから、ネクタイピンは転移魔法で私が既に回収しておいた。
崖の下には彼のためにあらかじめ用意しておいた移動用の車がある。
崖の下にある道を使って家に帰れるだろう。
ちなみに、犯人が乗っていたタクシーは鮫島尚也のものでは無い。
私が用意いた偽物のタクシーだ。
さらに言うならば、鮫島尚也のタクシーを使い私の仲間が彼の姿に化け、今もタクシーの営業をしている。
これにより、鮫島尚也のアリバイは完璧。
社会的な信用を落とすことなく、明日からタクシードライバーを続けられるだろう。
「まあ、退職すると言っていたから、あのタクシーは次の新入社員にでも使われるんじゃないかな?」
私はネクタイピンを見る。
彼らは綺麗な紫色の花ぐらいしか思わなかったようだけど、この花の名前はスカビオサ。
花言葉は、「不幸な愛」「私は全てを失った」
「犯人さんもこの花を知っていたら、
死なないで済んだかもしれないのにね。
男性には花言葉は難しかったかな?」
私はクスクス笑いながら、鮫島尚也が車を走らせていくのを見届けたあと、私も転移魔法を使って自分の家に帰るのだった。