脱獄囚は美少女と別れの挨拶をする。
少女がタクシーから出る。
俺は少女が座っている助手席のすぐ後ろに座っている。
だからどうしても、少女の顔は見れなかった。
会話に割り込んできた時も、運転手に紙袋を渡した時も、少女の顔は見れなかった。
運転席と助手席の間にあるルームミラーから見ても
帽子を深く被っており顔がわからなかった。
少女はタクシーを降りて運転手に別れの挨拶をすると、すぐ顔を俺の方に向けた。
だから、やっと少女の顔が見れた。
息を呑む程の‥‥美少女だった。
金髪ではあるが‥‥しかし、とても白に近い金髪だ。
俗にいう、プラチナブロンドというやつではないか?
髪はストレートで腰まで伸びている。
ゆったりとした服を着ているのに、誤魔化し切れない体のライン。
まつ毛はとても長く、瞳は琥珀色で、子供から大人に変わろうとする危うげな美貌を放っていた。
将来を約束された美貌。
言葉で伝えることが出来る情報は、
どれほど脆弱で伝えにくいのかという事を
今日この日俺は初めて知った。
「おじさま、短い間でしたが、とても楽しい時間でした。またお会い出来る日を楽しみにしております。さようなら。」
少女は朗らかに笑い、街の中にその姿を消していった。
「お客様、出発してもよろしいですか。」
俺は彼女の後ろ姿に見惚れていると、運転手からそう聞かれた。
「あ、ああ大丈夫だ。」
俺は了承の意を伝えると車は動き始める。
「とても良い子でしょう?」
運転手は笑顔でそう言い、
俺をルームミラー越しで見てきた。
胸には綺麗な紫色の花のネクタイピンが付いている。
「あの子とは知り合いなのか?」
運転手と先程の少女はとても親しげに話していた。
俺は二人がどのような関係なのか興味が湧いたのだ。
「いえ、ただの常連客です。」
返ってきた答えは、ありきたりなものだった。
だから、俺はもっと切り込んだ質問を投げかけてみた。
「特別な関係ではないのか?」
存外に恋人同士ではないかと聞いてみた。
そうしたら運転手は目を丸くして俺を見てきた。
「お客様はご冗談が上手い。
しかし、私と彼女とでは、祖父と孫ぐらいの年が離れています。そのような関係では断じてありませんよ。」
運転手の言葉には、
そんなことは、絶対にあり得ないという意思が込められていた。