脱獄囚と美少女の会話
俺はチラリと車内を見る。
二人だ。運転手と助手席にいる若い女。
車内にいるのはこの二人だけ。
若い女は帽子を深く被り、俯くようにスマホを見ている。顔は見れない。
俺は急いでカッパを脱ぎ、迷わず助手席のすぐ後ろの席に座った。
理由は、女に俺の顔を見られにくくするためだ。
女はスマホを見ている。つまり、もしすでに俺の脱獄が世に知られており、俺の顔写真が出回っていたとしたら、ラジオばかり聴いている運転手より、画像を見れるスマホを持っている女の方が、俺の事に早く気付くだろう。
まぁ万が一気付かれたとしても、その時は‥‥
「お客様、どちらまで」
運転手が俺に尋ねてきた。
「私はこの先の町に下ろして」
鈴の音が響いたような綺麗な声だった。
会話に割り込まれた事に若干イラだったが、
用があるのは運転手だけだ。
「少女を先に下ろしてやってくれ」
「わかりました」
エンジン音が車内で鳴り、車が動き始める。
この女‥いや少女が言葉を続ける。
「会話を止めてごめんなさい‥、私の目的地はもう目と鼻の先、気がはやってしまって会話を止めてしまいました。反省しています。」
少女の声は、聞けば聞くほど俺の怒りの感情が、浄化されていくようだった。
「反省しているなら別にいい。それと、君は今何歳だ?」
「はい今年で16歳です。」
自分でも今は目立つ行動は避けなければならないとわかっているのだが、この俺の心に、なんの抵抗も無く入り込む綺麗で可憐な声を、もっと聞いていたいと思ってしまった。
「その服装といい、君は16歳には見えないな」
「ふふふ、友達によく言われるんです。
あなたは高校生の癖に大人びている。オバさんみたいって!ひどいと思いません?」
「ああ、ひどいな可哀想だ。」
実際少女の着ている服は素人目の俺から見ても16歳の少女が着るような派手な服では無く、
20代半ばの女性が着るようなカジュアルな服装だった。
そうやって俺は少女と会話を楽しんでいると‥
「お嬢さん目的地に着いたよ。」
キィィと車が止まる。
「あらら‥もう着いちゃったの?
楽しい会話はすぐ終わっちゃうわね。
そうだ! 運転手さん、今日が退職日なんでしょ? 私からの贈り物をあげよう!」
少女はゴソゴソと自分の鞄を取り出して、カサカサと紙袋を重なり合う音が聞こえてくる。
「はい!運転手さん、この中にネクタイピンが入っているよ。付けてみて。」
「ああ、ありがとう」
少女が紙袋ごと運転手に手渡す。
運転席で紙袋を開く音が聞こえてくるから、
おそらくそのネクタイピンを着けているんだろう。
「ありがとう、お嬢さんとても綺麗な花だね。」
「えへへ〜、ありがとう運転手さん!」
「料金は、このネクタイピンのお礼でタダでいいよ。」
「本当!? やったー! おじさんありがとう!」
「‥‥いやいや、お礼をいうのは私の方だよ。
本当にありがとう。」
そんな会話を聞きながら、俺はふと窓の外を見る。
外はあれだけの大雨が嘘のように晴れていた。
時刻は昼前、
俺が脱獄してもう4時間以上経っている。
車のラジオを聞いていたから分かる。
まだ、俺の脱獄はニュースになっていない。
まだ、世に知られていない。
あれだけの大雨だ。
警察犬を使い、俺の匂いを追うことなんて出来るわけがない。
そして、緑のカッパは脱獄後、道に落ちていた物を拾ってフードを被って移動していた。
服を着替える時だってそうだ。
監視カメラがない所で着替えたから、俺が緑のカッパを着て移動したなんてわかるはずがない。
すれ違う人間も俺と似たような緑のカッパを着ている奴らは何人もいた。
奴らは、俺のいいカモフラージュになってくれるだろう。
俺はこの瞬間、
脱獄が完全に成功したことを確信した。