-3話- 四天王水属性のモチーフはどうやら人魚姫 その1
「さて、真洋には明日から学校なる施設へ通うという任務をしてもらいます。ちょうど中学校の入学時期なのでよかったですよ」
辰人が真洋に今後のことを指示する。指示と言っても四天王同士は同格であり、作戦の概要を説明をしているような感じである。
「俺は学校で何をすればいいんだ?」
「学校では授業という形で勉強を教えてくれるのでそれを受けてください。それと学生生活の中で社会常識を身につけてください。正体を隠して暮らす我々にはこれが不可欠になりますからね」
「そんなこと教えてくれるのか?」
「いえ、そこは周りの人間と交流を深め、それを見て学習して下さい」
「なかなか難儀なことだな」
モンスターである真洋は見た目こそ中学生で通用するが実年齢はずっと上である。魔王軍の幹部なんてやってるので精神年齢もさすがに中学生よりは上であろう。そうであってほしい。
「体験することは重要な任務ですよ。座学だけでは分からないことも多いですからね」
「それは理解してるつもりだけどな」
「まずは入学時に知っておきたい言葉を教えておきましょう。お友達から『お前どこ中だよ』と言われたら、それは『あなたの出身中学はどこですか?』という意味です」
「たぶんニュアンス変わってるぞ。そもそも中学に通い始めるのにそんなこと聞く奴いないだろ」
「あたしもいい言葉を教えてあげるわ。年を誤魔化して学校に通うあんたが使えそうなフレーズをね」
羽春が割り込んでくる。
「どんなんだよ」
「何か怪しいことがあった時にはこう言うのよ『あれれーおかしいぞー』って」
「おかしいのはお前のセンスだろ。俺はどこぞの名探偵と違って目の前で事件が起きても無視するからな」
朝太がアニメを見るのでこの手の知識は四天王たちにそこそこ入っているのであった。
「まあ、あんたは実力の割に小物臭いから偉そうに見えないもの。きっと人間ともうまくやっていけるわよ」
「褒めてやる気を出させようっていう発想はないのか?」
「ないわよ」
こんなやり取りをして真洋の中学校の入学式を迎えた。
真洋が通うことになる地元の公立中学校の入学式当日。学校に通う以上、真洋がクラスメイトから話題にさせることもある。
「クラスメイトで誰か気になる男子でもいたの?」
そう言ったのは蓮田初衣という名前の女子生徒。眼鏡女子である。
「ううん。そうじゃないんだけど」
こちらは瀬木理緒という女子。髪の長いおとなしそうな女子である。
「ねえ伊勢、あんた君守に話しかけてきてよ」
呼びかけられたのは伊勢務という名前の男子生徒。この三人はどうやら同じ小学校を卒業した友達同士のようである。
「んー、どうして?」
「いきなり女子が話しかけるよりは男子同士の方がしゃべりやすいでしょ。あんたのよく言えば人懐っこい、悪く言えば無遠慮な性格で突撃してきなさい」
「いいけどさー」
そう言うと務は真洋の席へと近寄っていった。
「やあ、君守ー。僕は伊勢務っていうんだけど、君の名前はなんていうの?」
「今、俺の名前呼んでなかったか?」
「座席票に書いてあったねー。それでお前どこ中だよ?」
「今日から中学校に通い始めたところだけど。……本当にこんなこと言うやつがいるとは思わなかった」
「そうだったー。それじゃどこの小学校なの?」
「俺はあれだよ。この春から引っ越してきたから言っても分からないよ」
当然小学校になど通っていないため、誤魔化す真洋。
「そうなんだー。前はどこに住んでたの?」
「どこだっていいだろ」
さすがに魔界に住んでいたとは言えない。
「まあいいやー。引っ越してきたばかりじゃこの街のこと知らないでしょ。いろいろ案内してあげるよー」
「いや、別にいい」
少々面倒になってきている真洋の機嫌を気にすることもなく務は話を続ける。魔界だったら四天王の気分を害するなんてことは寿命が縮む思いをすることなのであるが、知らないということは怖いものである。
「いいからいいから、遠慮しないでよー。えーとね、うーんとね。そうだ、隣町にある大きな水族館がすごいんだよー」
「この町の案内がいきなり隣町の施設から紹介が始まったけど、そこはいいのか?」
すっかり務のペースに巻き込まれている真洋であった。
「どうだった?」
初衣は務に成果を尋ねる。
「んー、あれは突っ込み体質だねー」
「そんなことはどうでもいいのよ。性格的にはどんな感じよ」
「いい奴だと思うよー。僕の話に怒らず付き合ってくれたし」
「それはよかったわ。私が理緒と君守の仲を取り持ってあげようじゃないの。理緒には年上の彼が合うと思うけどね」
などと言っているが、魔物である真洋ことマカマフィンの実年齢は百歳を超えているのだ。
「私、付き合いたいとかそういうのはまだ早いよ」
「こういうことは早めに動いた方がいいのよ。どこか誘えるといいんだけど」
「そういえば水族館に行きたそうだったよー」
務はそう言ったが、本当にそうだっただろうか。
「あらいいじゃない。ちょうどいいわね」
「いきなりデートに誘うの?」
初衣の行動力に驚く理緒。
「さすがにいきなり一対一じゃハードルが高いわね。私も手伝うわ。あと、伊勢も」
「いいよ、そこまでしなくても」
「遠慮はなしよ。じゃあ、決まりね。君守に話しかけるから二人は私の話に合わせて」
「んー、僕の意思はー?」
仕切り屋の初衣に流されやすい理緒、便利屋扱いの務と言うトリオのようである。
「ねえ、君守。私と伊勢と理緒で水族館に行くんだけど、あなたも来ない?」
初衣が真洋に話しかける。
「なんで俺を誘うんだよ」
全く脈なしといった反応をする真洋。
「水族館に行きたがっていたって聞いたからよ。みんなで行った方が楽しいでしょ」
初衣はこれくらいは想定内と言わんばかりに気にする様子も見せない。
「知らない奴と行っても楽しくはないだろ」
「そんなの行ってみなきゃ分からないじゃない。それとも女子と遊んだら彼女に怒られるとか?」
初衣は真洋に彼女がいるかどうか確認する抜け目なさを見せる。
「そんなのいないけどさ」
面倒ならそういうことにして断ればいいものを、意外と素直な性格をしている真洋である。
「だったらいいでしょ。早速今日の入学式のあとに行きましょ。二時間もあれば見て回れるわよね」
どんどん話を進める初衣。
「俺は行くとは……」
「あら、今日は何か予定でもあったかしら」
「いや、別に……」
面倒ならそういうことにして断ることは真洋の念頭にないようである。
「だったらいいわよね。はい、決定」
中学生に押し切られる四天王のマカマフィン。魔王軍には見せられまい。
「すごいね、初衣ちゃん。約束を取り付けるなんて」
「こういうのはぐいぐい押せば何とかなるものよ」
初衣の押しが強いのか、真洋が押しに弱いのか。おそらくは両方であろう。
入学式が終わり、水族館に行く前に真洋の家に寄る一同。水族館に行くことにした真洋だったが親に断りを入れておくということである。もちろん真洋のやることを親役の仲間たちが心配することはないのだが、連絡は大切である。
「あらまあ、この子が友達を連れて来るなんてびっくりね」
などと、玄関先で友達を連れてきた真洋に対して大げさに喜びを見せる羽春。もっとも、驚いていることは本心であろう。
「でも、どうしましょう。でも、これから出かけなきゃいけないから朝太の面倒を見てもらおうと思っていたところなのよね」
「出かけるって、何の用だよ」
「私の仕事の手伝いですよ」
辰人が出てきて答える。真洋の友達の手前、魔界に行くなんてことはもちろん言わない。
「じゃあ、しょうがないな。そういうわけだから今日は一緒に行けない。弟の面倒を見ないといけなくなった」
初衣たちに断りを入れようとする真洋。お前たちと出かける方が面倒だけどな、というニュアンスを微妙に醸し出している。
「それなら弟君も一緒に連れて行けばいいよー。きっと喜ぶよ。こっちにも気にするようなやつなんていないし」
務は真洋のたくらみを無邪気に打ち砕く。
「あら、いいじゃない。そうしなさいよ」
乗気な羽春。
「ナイスよ、伊勢」
小声でつぶやく初衣。
「ところで、この方は君守のお姉さん?」
「母だよ」
務の質問に対してぶっきらぼうに答える真洋。
羽春はせいぜい二十代半ばくらいにしか見えないため、真洋の母と言うには無理がある外見をしていた。
「そうなんだー、若いお母さんだね。お肩を揉ませてください」
務がそんなことを言い出す。
「お前はいきなり何を言い出すんだ」
「いやー、つい。肩が凝りそうな気がしたもんだから」
務の言う通り羽春は胸回りが重そうで肩が凝りそうなスタイルをしていた。
「中学生だろうとセクハラととられても仕方ないぞ」
伊勢の暴走に呆れる真洋。
「やーね、うふふ。肩だけで満足できるのかしら。でもこっちは坊やに扱いきれるものじゃないのよね」
「お前も何を言ってるんだ」
「だって、大人の対応をしなきゃと思って」
「そういうのは大人の対応って言わねえよ。大人だったらアホな子供を躾けろや」
羽春に文句を言う真洋。
「なんだか、楽しそうな家族だね」
どこかずれたことを言う理緒。
「おかげで伊勢は、今日はもう使い物になりそうにないけどね」
呆れる初衣と羽春の言葉を聞いて放心状態の務。務はもはや魚を見てる場合ではなくなってしまったようである。
そうこうしているうちに羽春は朝太を連れて来る。
「朝太、お兄ちゃんがお友達と水族館に連れて行ってくれるって。水族館って言うのはお魚がいっぱいいるところよ」
「お、そうだ。知らない人と一緒に行きたくないならそう言うんだぞ。お兄ちゃんといっしょに留守番すればいいから」
朝太の返事に真洋は一縷の望みをかける。
「お魚見に行く」
目を輝かせてその望みを打ち砕く朝太。朝太にそう言われては真洋にもう断るという選択肢はないのである。