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-1話- 若返りの過ぎた魔王様が友達として連れてきたのはどうやら勇者 その1

 魔界にある魔王デアザードの居城の一室、儀式の間に三体の魔物が並んでいた。

「なあ、魔王様はこの時戻しの儀式による時間を戻す術によって肉体の若返りを図ったんだよな」

 魔王四天王のマカマフィンが答える。マカマフィンはマーマンと呼ばれる半人半魚のモンスターである。下半身は魚で上半身は少年のような姿をしている。長いローブをまとい空中を泳ぐように浮遊していた。魔王軍の少年幹部枠である。

「ええ。ご高齢の魔王様は若かりし頃の強靭な肉体を取り戻すことで、これでいよいよ人間界に攻め込む準備ができるってことだったわよ」

 同じく魔王四天王の一角、ハハルアピが確認するようにつぶやく。ハハルアピはハーピーと呼ばれる半鳥半人の若い女性のモンスターである。踊り子のような扇情的な衣装に身を包み蠱惑的な空気を漂わせている。要するにお色気担当である。

「そうです。これでいよいよ魔王軍が世界を支配し、魔王様による人間統治の時代が始まるのです」

 やはり四天王であるタリュートゥが答える。タリュートゥはドラゴンと呼ばれるモンスターである。鱗におおわれた皮膚に強靭な角と爪、大きな翼を持ち牙の生える口からは火炎を吐くこともできる上、強力な魔力を持っている。所謂、ガチ勢である。

「いや、待て待て。よく見ろ、この魔王様の姿を」

 マカマフィンが指さす先、儀式の間の中央にある魔法陣には魔王のマントと魔法の杖が残されており、それをまとうべき主の姿はなかった。

 魔法陣の中にいたのは、不安そうに立ち尽くした幼児だけだった。泣いていたためか、目が充血して赤くなっている。


「ずいぶん若返っちゃったわねー」

 ハハルアピがため息をつく。

「いえ、もしかしたらこれこそが魔王様が望んだお姿だったのかもしれません」

 タリュートゥの言葉は自分に言い聞かせるようであった。

「いやいや、現実を見ようぜ。これどう見ても術の失敗だろ。この頃がピークって、どんだけ悲しい魔王なんだよ」

 マカマフィンが呆れるように言い放つ。

「大きな声出さないの。魔王様が怯えているじゃないの」

 ハハルアピがマカマフィンを注意する。

「……とにかくまずは確認してみましょう。魔王様、私がお分かりですか?」

 タリュートゥが言葉をかけるが質問された子供は何も答えない。

「駄目よ、怖がらせちゃ。体格差を考えなさい。それに姿が違いすぎて警戒するわよ。見てなさい」

 そう言うとハハルアピは自分の体を人間の姿に変えた。翼を腕に、鉤爪のようなあしゆびを人の足にしたのである。

「確かに魔王様の姿は人間に近いけどさ、魔王が魔物を恐れて人間に懐くというのはかなり複雑な気分だな」

「怯えているだけじゃないですよ。ちょっと興味があるのか、ちらちらとこちらを見ています。男の子はドラゴンが大好きですからね」

「やーね。警戒しているだけよ。私が対応するわ。ねえ、君は自分が誰か分かる? ここが魔王城だって分かるかな?」

 しかし、魔法陣の幼児は首を横に振るだけだった。

「駄目か……」

「でも、一歩前進だわ。とりあえず魔王様が怖がらないようにあなたたちも人の姿になりなさいよ」

 ハハルアピに促されてマカマフィンとタリュートゥも姿を変える。

「二足歩行は苦手なんだけどな」

 マカマフィンはローブの先から見えていた足ひれがつま先に変わっていた。

「あなたたちはまだいいですよ。もともと人に近いから違和感がないでしょう」

 タリュートゥは若い男性の姿になっていた。優しそうな笑顔の眼鏡をかけた男である。ドラゴンにしては異例なほど高い魔力を持つタリュートゥはこの程度の魔法を扱うのは造作もないことだった。

「おい、タリュートゥ。魔王様に怖がられたからってイメージ変えすぎじゃないか? ずるくない?」

 マカマフィンがタリュートゥに苦言を呈する。

「いいじゃないですか、それくらい」

 三体が人間の姿になったことで幼子は少しだけ落ち着きを取り戻したようであった。緊張の解けた幼子はやがて眠りに落ちた。


「これからどうしたものかしらね」

 幼子を腕に抱き、ハハルアピがつぶやく。

「魔王様が大魔王になるはずが、現れたのは小魔王とでも呼ぶべき姿だからな」

 マカマフィンは軽くため息を吐く。

「うまいことを言いますね。このお姿を魔王様とお呼びするのもはばかられますし、小魔王様とお呼びすることにしましょう」

 タリュートゥの提案に異論をはさむ者はいなかった。呼び方はどうでもよかったようである。

「ところでさ、この部屋には魔王様のほかにシュウクレムもいたんじゃなかったかしら?」

 シュウクレムとは四天王を任されるゴーレムである。土と岩でできた肉体を持つ、魔力によって動くモンスターである。壁役を務めている。

「ええ、時戻しの術は時間を要する上に肉体が変化するため魔力が不安定になりますからね。魔王様の護衛としてシュウクレムを魔王様の近くに置いていたわけです」

 タリュートゥが誰にするでもなく解説をする。

「あれがシュウクレムじゃないかしら」

 ハハルアピが示す先、部屋の隅には石と土の塊とゴーレムの核となる魔法石があった。タリュートゥがその物体に駆け寄る。

「弱っているようですが、完全に機能を停止しているわけではないようです」

 タリュートゥがシュウクレムの生存を確認するとハハルアピとマカマフィンは安どの表情を浮かべた。魔王軍と言っても結構仲間思いのところがある。

「こいつに話を聞ければ何があったかもう少しはっきりするんだけどな」

「無理よ。シュウクレムはもともとしゃべれないもの」

「それでも推測することはできます。シュウクレムは魔王様の魔力で動いているモンスターです。そのシュウクレムが弱っていると言うことは魔王様の力が弱まり供給される魔力が少なくなったということでしょう」

「……ってことはこの子供はやはり魔王様で間違いないってことか」

「そう考えるしかないでしょう。おそらくは時戻しの魔法が暴発するなどして想定以上に若返ってしまったと思われます」

「だが、どうするんだ。魔王様がこんなことになっちまってよ」

 マカマフィンの言葉の後、しばしの沈黙が訪れた。


「……二通りの方針があります。王道と邪道と呼ぶべき二種類の道です」

「どんな道なの?」

「一つは我々四天王の中の誰かが新たな魔王になるというものです。魔王様がこんなことになった以上そうするのが筋というものでしょう。魔王は魔界の中で一番力のあるものがなるべきですから」

「それが王道の方だな。それじゃ、邪道というのはどんな方法なんだ?」

「我々の手で魔王様をお育てするというものです。その間に魔王様が元の力を取り戻す方法を探すのです」

「俺たちがガキのおもりをするってのかよ」

「やーね。相手は魔王様よ。魔王様をお守りするのあたしたち四天王はの役目なんだから、やることはそんなに変わってないんじゃないかしら」

「そう言われればそうかもしれないけど、俺たちで育てることないんじゃないか」

 子育てと言う未知のことをするのをマカマフィンは渋っているようである。人間界への侵略をする気だったのに、いきなり育児をしろと言われても戸惑うのも無理はないが。

「念のために言っておきますが、魔界の中で一番力があることを示すということは現在の魔王様を倒すということです。我々の中から魔王になることを選んだ場合、その誰かがこの子を倒すと言うことになります」

「いや、倒すってのはまずいだろう」

「ええ。しかし今の魔王様のことを知れば魔王を倒し新たな魔王になろうとする者が現れるかもしれません」

「そういうことも考えなくちゃならないのか」

「魔王様をお育てする場合、そういった魔王を倒して新たな魔王になろうとする者から魔王様を警護することも考えなければなりません。これを誰かに任せるわけにはいかないでしょう。つまり、我々で魔王様をお守りするしかありません。我々は魔王様を倒すか守るかのどちらかを選ぶことになります」

「そんなもの、守るしかないだろ」

「ええ、そうね。その二択だったら選ぶまでもないわよ」

 ハハルアピもマカマフィンの意見に同意した。

「では、我々でお育てするということでいいですね」

「あたしはその方がいいと思うわ」

「……それしかないようだな」


「方針は決まりましたね。ここで一つ提案があります。魔王様をお育てする場所を人間界にするということです」

「それってつまり……」

 タリュートゥの提案に戸惑うハハルアピとマカマフィン。

「正体を隠し人間として暮らすということです。今の魔王様は人間と変わらないお姿をしていますし、我々も人間に化ける術がありますからね」

「何のためにそんなことをするんだよ」

「魔王様をお守りするためです。正体を隠し人間にまぎれて住むことで敵に発見されるリスクを下げることができます」

「そんな奴ら俺たちがいればどうにでもなるだろう」

「魔王の座を狙う有象無象から直接我々を襲ってくるなら返り討にできますが、無防備な魔王様を狙われた場合対処しきれない可能性もあります。危険はできるだけ避けるべきでしょう。それに魔王様を狙うのは魔王の座を狙う者だけではありません」

「それは誰なの?」

「魔王様を狙う者。それはもちろん勇者です」

「勇者……」

 古から勇者は魔王を倒すものと言われている。

「魔王様を魔王城でお育てしている間に勇者が襲撃してくるかもしれません。しかし、人間界人間としてお育てすれば勇者の目もごまかすこともできるでしょう」

「そうね。まさか勇者も魔王様が人間界にいるとは思わないでしょうからね」

「だが、いくら人間の姿になれるとは言え、人間の世界で生きていくなんて簡単にできるのか?」

「実は来るべき人間界進行に備えひそかに調査していたところです。生活の基盤を用意することは可能です」

「魔王軍の指揮はどうするの?」

「個別の指揮は副官に任せてその取りまとめを私が行うことにしましょう。魔王様がこうなった以上、人間界への侵攻作戦はいったん中止せざるを得ません。それなら大きく軍を動かすことはないでしょうからね。同時に魔王様のお力を取り戻す方法がないかも探してみましょう」


「……やるしかないのか。俺とハハルアピは何をすればいい?」

 マカマフィンは覚悟を決めたら切り替えが早いようである。

「ハハルアピには乳母として小魔王様をお育てする役目を、マカマフィンにはスムーズに生活するために人間世界の情報を入手してもらう役目を負ってもらうことにしましょう」

「決まりね。今日から私があなたのお母さんよ」

 ハハルアピが抱いている子供に頬をよせる。

「それなら僕がお父さんでしょうか」

 見た目には幼子の親と呼んでも差し支えないくらいの年齢の人間の姿である。

「ちょっと待て。なんでそうなるんだ?」

「なんでって、人間は家族単位で生活するものです。生態に合わせて擬態するのは当然でしょう」

「そうすると俺はなんになればいいんだ?」

「見た目からしてこの子のお兄ちゃんなんてどうでしょうか」

「えー、俺お前らの子供になるの?」

「なによ。不満なの?」

「むしろなんでそんなにお前らが乗気なのが分からん」

「魔王様のためですから」

「魔王様のためですもの」

「そう言われてしまっては俺も覚悟を決めるしかないな。やってやろうじゃないか」

「人間の世界にはロールプレイングゲームと言うものがあるそうです。他人の役になりきって遊ぶゲームだそうですが、我々がやるのも家族の役割を演じるゲームだと思ってください」

「魔界の運命のかかったゲームになるけどな。せいぜい兄役を演じてやるさ。せいぜい俺が鍛えて立派な魔王にしてやるぜ」

「やーね。そんなこと言ってるあんたみたいのが結構いいお兄ちゃんになるのよね」

「ならねーよ。ところでシュウクレムはどうするんだ?」

「彼は魔王様から魔力を供給されていますから、魔王様のお近くに置いておいた方がいいでしょうね。一緒に連れて行きましょう」

 タリュートゥはシュウクレムの核である魔法石を拾い上げた。

「これさえあれば魔王様の魔力が戻ればシュウクレムは復活できます」

「人間世界にゴーレムがいたら目立つものね。しばらくはそのままでいてもらうしかないわ」

「生活の拠点は日本という国に私が用意しましょう。それでは今から私たちは家族です」 

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