第一章 悠久の塔 第一層 TRS OBTdate.1 その3
門は俺たちが近づくと大きな音を立てて開いていく――
門が開いた先は白い靄に包まれており奥は全く見えない。
「他のID系マップのボス部屋と同じ仕様みたいね」
カレンは装備を確認しながらそう言った。
ID、いわゆるインスタンスダンジョンのボス部屋はパーティーの誰かが侵入しても全員がボス部屋内に召喚され、他のパーティーが侵入することが出来なくなる。MOのマップであれば特に気にする必要はないのだが、時に限定沸きのボスなどもMMOマップでありながら1つのパーティーが入った場合、侵入出来なくなるマップも存在する。
「先に支援掛けれる分はやっておいたほうがいいな、<上級耐性>、<祝福>、<魔力増強>、<攻勢上昇>辺りでいいか?」
そう言うとアコちゃんが何か考えるような動きを見せる。
「うーん、石の量を考えると面倒かもしれないけど、<動作迅速>も欲しいかな粘体生物系の槍攻撃の間に攻撃入れる方法は普通では無いし」
「それなら<迅速回避>使えばよくね?」
と、シャッハ。
「<迅速回避>はキャンセルタイミングがイマイチで使い勝手が悪いんだよねー」
「っていうか、アコちゃんのオリジナルスキル使えば全然余裕じゃないの?」
横からカレンがそう言ってくる。アコちゃんは少し困ったような表情を浮かべ頬を指で掻く。
「いやぁ<究極限界>はデメリットが大きいから常用出来ないんだってば、前にも言ったでしょ~」
このゲームにはオリジナルスキルと言ってゲーム内にある設定を組み合わせて自分だけのオリジナルスキルを1キャラクターにつき2つ作成することが出来る。これにも条件があって、メインクラスをレベル60以上、サブクラス2種レベル30以上。
その後、習得クエストを受けることでオリジナルスキルを構築することが出来るようになる。
ただ、オリジナルスキルは作成する内容によって設定されているデメリットがあり、より効果の高いスキルを作れば作るほどデメリットが大きくなっていく。
そのために常用するには難しいスキルが多くなっている。複数人数による特殊な構成によって連続で使用する事も不可能ではないけれど、それも汎用性という点では随分と難しい。
「ま、なんにしても支援してさっさと行こう」
「そうだね」
そして、俺は全員に支援スキルを使用し、全員に支援を掛け終え、パーティー全員の顔を見回すと、皆はコクリと頷きそれを確認し白い靄に触れる。
ゆっくりと白い靄が消え、全員強制的に部屋内へ移動させられる。
門付近から演出によって自動歩行させられ、おどろおどろしい楽曲が聴こえてくる。
「勝手に歩くの苦手だわ……」
と、シャッハ言いながら盾を構えなおす。ボス部屋に入る時に突っ立っていると、いきなり全員死亡パターンもある為に、皆もそれぞれの武器を構えて次の対応がすぐに取れるように準備を行う。
部屋の奥に暗くヌメヌメとした巨大な物体を確認する。全長10メートル、全高7メートルほど大きさで黒い棘が流動的に出入りしている。
「ボスの楽曲はいい感じだけど、でかいし体力ありそうでイヤな雰囲気だ」
「怖そうなのはちょっと勘弁して欲しいけどなぁ。クーさんはホラー系好きだったね」
「しょこらんとアコちゃんくらいじゃないの? このレギオン内だったら」
と、カレンが楽しそうにそう言った。アコちゃんは「悪かったわねっ!」と不貞腐れながらもシャッハに合わせてジリジリと黒い塊へ向かって歩を進める。
レベル差を考えれば、そこまで苦戦することは無いがユニークボスの場合、通常より1.2倍から1.5倍以上の強さを持つ可能性がありフロア設定がレベル30だと36~45程度の強さということになる。
しかし、レベル差があったとしてもこのゲームにおいては即死する可能性があるクソバランスな為にどんな動きをするかさえ分からない相手に対しては慎重に進むのがセオリーである。
支援スキルの効果時間なども計算に考えておかねばならないので、慎重に進みすぎるとスキルポイントのロスとなる為に行かねばならぬタイミングも存在する。
黒い塊もこちらの存在に気が付きゆっくりとズルズルと重く何かを引きずるような音を立てながら移動をはじめる。
「うひゃぁ、気持ち悪い感じだよー」
アコちゃんが妙な声を上げながら巨大な黒い塊の右側へ剣を構えた状態で移動を開始する。彼の行動を確認しながらシャッハは左側へ移動しはじめる。正面に俺、その後ろにカレンが炎魔法爆弾を投げる。それに合わせ爆風対策として<防御障壁>を発現させる。
燃え盛る炎の衝撃波が発生し<防御障壁>にぶつかり轟音が響く。
黒い塊は炎の爆裂を受け、奇妙な音を発しながらフルフルと震える。黒い塊の体表が水面のように揺れ黒い波が上面から地面へ流れ破裂音と共に幾つもの黒い塊を吐き出す。
「これは分裂タイプか!」
シャッハは吐き出された黒い塊に警戒する。彼の予想通り吐き出された黒い塊がモゾモゾと蠢き、人間くらいのサイズの黒い粘体生物となりズルズルと音を鳴らしながら迫ってくる。
「シャッハ! 注意!」
声を上げ、アコちゃんはシャッハに注意を促す。次の瞬間にシャッハの傍にいた粘体生物の体表が槍のような突起を発生させる。
金属のぶつかり合う音が響く――シャッハは黒い槍状の塊を盾で弾き、また剣で薙ぎ払う。
「アコちゃんも気を付けろ!」
「オッケー!」
そう言いながらアコちゃんは黒い塊を切り刻む。
「カレン、敵の情報確認してもらえるかな?」
俺がそう言うとカレンは即座にスキル発動させる。
「<標的確定>――あー、ボスは体力しか見えない仕様だったわね。数値では見えてないから適当だけど、炎魔法爆弾のダメすっごい少ないんだけどぉ。100個あっても足りない感じ」
「体力高くて一定量のダメージを喰うか攻撃がヒットしたら取り巻きを召喚するタイプか……属性に関しては分からないよな?」
カレンは他のグレネードを取り出して再び巨大な黒い塊へ放り投げる。
「こっちでどうかしら?」
再び轟音が響く、カレンが放り投げたのはノーマルの属性を持たない魔法爆弾で威力では炎魔法爆弾と同じ物だ。大きな違いは炎魔法爆弾の場合、爆発時に発生する炎の衝撃波による炎攻撃で延焼効果によるドットダメージが発生するか否かである。
「ちょっと、また敵が増えくじゃん!」
アコちゃんが面倒くさそうな声を上げながら黒い粘体生物に攻撃を加える。
「まぁまぁ、アコちゃん頑張ってよね。炎魔法爆弾の方がダメ入っているから炎属性は効きやすいみたい。それに斬撃耐性も高めだと思うわ戦士勢の攻撃があんまり入ってないみたい。銃はどうかしら?」
そう言いながらカレンは魔弾を巨大な黒い塊へ放つ。
「魔弾もイマイチ効いて無いな。カレンは火炎弾持ってる?」
火炎弾は魔弾の種類のひとつで、炎属性の攻撃が出来る魔弾だ。基本ダメージが低い変わりに延焼値が高く一定数ダメージを与えると延焼効果が発生する弾だ。
「メインは徹甲弾、散弾だから実は思ってるより数は無いのよね……こうなると魔法使いがやっぱり欲しいところねぇ」
「それは言っても仕方ないっ! ま、支援があるだけ現状ましさっ!」
シャッハは声を上げながら目の前の敵を殲滅していくが本体である巨大な黒い粘体生物にはダメージを与えれる距離にはいけない苛立ちがジワジワと出始めている。
俺は黙々とみんなの支援をしながらも攻撃に関しては殆ど役に立っていない状態にもどかしさを感じるが、自分の役割は戦闘支援で戦闘を行うアタッカーではないと心の中で呟き冷静さを取り戻していく。
敵の位置と自分たちの状況を素早く再確認していく。
俺の後ろのカレンは火炎弾で敵本体を攻撃しヘイトを稼ぎながら一定の距離を取る。シャッハ、アコちゃん共に敵本体から発生する取り巻きを淡々と撃破している。広いボスフロアをゆっくりグルグルと回るように移動を繰り返しながら戦闘を続けている状態だ。
<標的確定>によって体力の残量が見えているが思っている以上に敵の体力は減っていないことに思わずため息を吐きたくなるが、グッと我慢して何か効率の高い方法がないか考える。
シャッハとアコちゃんの被ダメを見るとそこまでダメージは大きくない、全体的に攻撃力が低く思えるのはやはりレベル差が大きいことを示している。弱点は確実に炎系なのは明白で突、斬などの攻撃には耐性があるようだ。問題は体力が多いことでこのままでは1時間くらいマラソンのように動き続けてやっと倒せる非常に時間効率の悪い状況ということだ。
<継続回復>を前衛に掛けながら、カレンに同調しながら移動し、敵本体の槍射出攻撃を<防御障壁>で防ぐ。
「敵の取り巻きの出現数に処理が少し遅れ気味になって来てる」
「クーさん、そう言われてもこいつらも結構体力が高くてキツイよー!」
アコちゃんはそう文句を言いながらもシャッハと同じように黒い粘体生物を狩るペースを上げるが、対して効果は生まれないことは見て取れた。
「シャッハ、オリスキ使えないか? シャッハのスキルが終了したらアコちゃんが使用、順番に使ってクールタイム待ちしてまた使う……リスクは高いかもしれないけど多少でも効率を上げる。俺も全力で支援に回る」
「なるほどな……分かってると思うけど、<オーバードーズ>使った後の60秒間は全くの役立たずだからな!」
シャッハはそう言って武器を槍に変更しオリジナルスキル<オーバードーズ>を発動させる。このスキルは大量のスキルポイントを使用して攻撃力とモーションスピードを急激に上げ、通常では出来ない技に対してのスキルキャンセルを出来るようになるが、時間経過後に60秒のクールタイムと共に攻撃力を失う。
盾スキルを使用キャンセルして槍スキルを発動など通常では考えられないくらいの速度で敵を排除していく。アコちゃんはシャッハの邪魔にならないように一部の敵を引き付け確実に倒せる敵とシャッハが打ち漏らした敵を排除していく。
「私も使った方がいいかなクオン?」
敵本体を引き付けているカレンが魔弾を放ちながら言う。
「……確かにいいかもしれないけど、やるなら確実にトドメがさせるタイミングがいいかな。それに俺もシャッハ、アコちゃんのサポートで<二律背反>使うつもりだし、支援系の魔弾使って貰わないとこっちもヤバいかな」
「ま、そうよね。それに……ううん、いないメンバーのこと言ってもダメよね」
「そうさ、頼むよカレン」
そう言うとカレンは魔銃を構えた状態で親指を立てて『OK』を示し、敵本体に魔弾を撃ち込んだ。
<オーバードーズ>の効果が切れたシャッハは両手盾に武器変更し、防御に徹する態勢を整え、それを確認するようにアコちゃんのオリジナルスキル<究極限界>を発動させる。アコちゃんの<究極限界>はネットダイブで行える限界値の速度で一定時間動けるというスキルで実際攻撃力が上がるわけではないが手数で言えば前衛で一番火力のある槍戦士の攻撃力を余裕で超えてしまうほどの威力を発揮することが出来る。
なお、移動速度も上がる為に回避に回るとそうダメージを受けることも無い。
「よぉーし! イックゼー!!!」
アコちゃんは雄たけびを上げながら凄い勢いで取り巻きの粘体生物を切り刻みながら本体にも攻撃を行う。ターゲットがカレンからアコちゃんに移るのを確認して俺はシャッハに<二律背反>を使用する。このスキルは複数の効果があるのだがクールタイムを半分にすることが出来る。
カレンもこちらの動きに合わせてSP回復弾、LP回復弾を俺に撃ち込む。<二律背反>のデメリット効果でSPとLPのほとんどを使用してしまう為に支援が一切出来ない状態となる為だ。
「属性弾の代わりに回復弾ガン積みしておいて間違いじゃなかったわ」
カレンはそう言いながらもどこか楽しそうに微笑む。シャッハにしても増える取り巻きの粘体生物のタゲを取りながら笑みを浮かべている。
みんなこういうギリギリな状況が楽しくて仕方ないゲーマーである。
俺も同じように楽しくはあるが、こういう時ほど冷静で落ち着いていく……回復アイテムも使用しながらアコちゃんのスキル終了のタイミングを計算し、再び<二律背反>をアコちゃんに掛ける。
それを見たシャッハはクールタイム終了と同時に武器を再び変更し2回目の<オーバードーズ>を発動させる。
この一連の動きもお互いに幾度も対戦などの中で連携を研鑽したが故に出来るのであって、そこいらの連中ではここまでの動きは出来ないだろう。
「第一層目でこんなにアイテム消費させるなんて、やっぱりこのゲームクソだな」
俺はとりあえずボヤキながら次の行動に移る。
「<フラッシュライト>!」
敵本体へ目掛けスキルを撃ち込む。これは相手のターゲットを自分へと移すスキルだ。今まではターゲットを取るのをカレンが行っていたが、アコちゃんが一度ターゲットを取った為にアコちゃんにヘイトが集まっている状態である。前衛の攻撃はヘイト値が高く、一度引っ張ると魔銃士での攻撃でターゲットを戻すことは非常に難しい為だ。
ターゲットが変更されたかどうかは相手の攻撃モーションを見て判断する。
巨大な黒い粘体生物はこちらに向かって巨大な槍を射出し、俺はそれをカレンに当たらない位置取りで躱す。
「タゲ回収~」
そう言ってカレンは再び敵本体のターゲットを取って移動し、俺たちはこの動きをしばらく機械的にこなし、敵の体力を残り3分の1まで削る――
その時、敵の動きが急激に変わる。
「うわぁ~、あるとは思ってたけど……やっぱりそういうのあるんだ」
まず声を上げたのはアコちゃんだった。
「チッ、分裂したヤツを自分で吸収して回復かよ……めんどくせぇ!」
「しかも、盾みたいなの出すなんて卑怯っぽいわね」
シャッハとカレンも面倒くさそうな表情を浮かべ、敵に回復させないように取り巻きを先に倒そうと動きを変える。
「でも、またダメージを与えたら分裂するってのは困ったもんだな。それにしてもあの盾みたいなの防御力おかしくないか? レベル設定間違ってないよな?」
アコちゃんが試しに敵本体を叩いているのを見て俺はそう言うとみんなも同調してくる。
「ほんと、この音って完全に弾いてるよね……斬・突の完全耐性っぽい」
そう言いながらアコちゃんは攻撃する事をあきらめて取り巻きの始末をする。
「一定ダメージで防御形態になって攻撃もしてこないけど、ダメが与えれないって事か……もしくは魔法系攻撃のみか?」
「冗談やめてよね、残りの体力を考えたら炎魔法爆弾も火炎弾も足らないわよ!?」
「……第二次βの魔物戦《PvE》が導入された時のチュートリアルを思い出すな」
俺の言葉にみんな『確かに』と言って笑いながら次の対策を考える為に敵との距離を保ちつつ取り巻きを全て排除する。ちなみに第二次クローズβテストの時に外部フィールドマップ、ダンジョンなどが導入され魔物が配置された。この時、魔物戦《PvE》を行う為のチュートリアルダンジョンがあり皆で挑戦したのだ。
魔物戦《PvE》チュートリアルには初級、中級、上級とあり、この時のレベル上限はLv40までで当然のごとく俺たちはレベル上限に到達していた。
たまたま、フルメンバーが揃っていないタイミングで俺たちはチュートリアルで苦戦することなんて無いだろうと鷹を括って行ってみると敵の体力だけが異常に高いクソ設定で1体倒すにも時間だけが掛かり、ボスに至って体力は当然だが、攻撃モーションは分かりやすいが一撃で瀕死に追い込まれるほどの攻撃力で今とは違うが似たような戦略で時間を掛ければ倒せるがアイテムや弾丸などの消耗が激しい状況に追い込まれた……。
「にしても、こういう状況が発生するとここの運営というか開発のクソさが分かるな」
シャッハは楽しそうに言う。正直、俺たちの間でここの会社に対して『クソ』という言葉をよく使うが決して悪い意味だけで言っているわけではない。
長く限定的なテストプレイに参加して、開発用のSNSなどで意見交換したり、オフラインイベントに参加したりと開発と共に歩んできた……。
そう、そこには愛があるのだ。