第一章 悠久の塔 第一層 TRS OBTdate.1 その1
視界はゆっくりと白い光に包まれ、フワリと浮くような感覚が全身に感じる。
そして、耳鳴りのような音が聞こえ再び視界が開けて行く――
薄暗くジメリとした、これぞ地下迷宮といった雰囲気の場所に降り立つ。
石畳の道とレンガ造りの壁、壁にはユラユラと揺れる松明が掲げられている。松明の明かりはダンジョン全体を照らしており地下迷宮といえども非常に明るい。
UIには『悠久の塔 第一層-闇泥の牢獄-』と表示され、塔へ侵入を開始したと理解する。
「普通な感じだね。これぞダークファンタジーって雰囲気」
アコちゃんは双剣を抜きはらい辺りを見回しそう言った。
「闇泥の牢獄って、この普通のダンジョンっぽい感じだけど、ボスは闇泥な雰囲気のヤツってことだよな」
「クーさん、もうボスのこと考えてるの?」
「そういうつもりじゃないけど、ボスとフロアの敵配置って関係性が結構あるだろ?」
「確かにそうだよな。闇泥ってことは粘質生物系か……」
シャッハはそう言ってWebコンソールを開く。
「他のマップで言えば地下で粘質生物系が出てくるところだと、骸骨系の魔物が出る確率が高そうだな」
「って、ことは炎系の属性が有効っぽいわね。魔弾のストックを一応確認しとかないと不味かったわね……」
「まぁ、初期階層はそこまで考えなくても大丈夫とは思うけどね。レベル的に」
そう言いながらシャッハはフルヘルムを被る。
「にしても粘質生物系のボスってさ、結構イヤらしい特殊能力とか持ってるのが多くて嫌になるよね?」
と、アコちゃんが言う。このゲームでは粘質生物系の魔物はそのレベルよりも特殊な能力が厄介でレベル的に圧倒していても苦戦することがあるくらいに面倒なヤツが多い。
昔のRPGでは粘質生物は雑魚だという概念が存在していたこともあるらしいが、近年のゲームにおいては粘質生物というのは基本的に雑魚扱いして良い魔物ではない。
特に実装されているボスで毒泥スライムがおり、剣や槍、魔銃の攻撃に耐性があり、魔法くらいしか攻撃を受け付けない癖に体力が普通の魔物にくらべ遥かに高い数値の迷惑極まりない敵なのだ。
他の粘質生物系の魔物も魔法耐性だったり、状態異常耐性など耐性を持ちながら特異な能力を持つ。という倒しにくい敵になっている為にプレイヤー達からは嫌われている魔物のひとつだ。
「ま、それでも何とかなるだろ」
シャッハは盾と剣を構えて『さぁ、行こうぜ』と云わんばりだ。
「そうだな、まずはうろついてるプレイヤーを探しながら魔物をそこそこ片付けながら引っ張ってく……だな」
皆、親指をグッと突き出す。その瞳にはやる気に満ちた雰囲気が伝わってくる。
シャッハとアコちゃんは人差し指で行く道を指し、移動し始める。
ある程度警戒しながら早足で移動する。本来であればもっと慎重に進むのだが、レベル帯が倍近く下なので突然死するようなことは無いだろうと踏んでいる為である。
「マッピングは俺がチェックしてるから、気にせずガンガン行ってくれ」
と、俺が言うとシャッハは何も言わずに進む速度をあげる。
アコちゃんは一応反応して指でOKを示す。シャッハが何も言わずに進むのはよくあることだが、特に無視されたわけではない。
彼はすでにターゲットを見つけて移動を開始し、それを示すように駆け出したのだ。
そして、視界の奥に骸骨闘士がいるのを確認する。
「スケウォリ3、もしかしたらアチャもいるかも!」
シャッハが声を上げる。
それに合わせて、アコちゃんも速度を上げる。戦士には移動系スキルがいくつかあり、アコちゃんは<閃光移動>を使用してシャッハの右側から骸骨闘士達をすり抜けるように移動する。
「アチャ2確認。カレンお願いっ!」
アコちゃんがそう言うとカレンは『仕方ないわね』と呟き魔銃を構える。骸骨弓士は敵を認識し、カタカタと動き始める。カレンは骸骨弓士が弓を引くモーションを確認し、魔弾を放つ。
魔弾はシャッハの傍を通り、骸骨闘士の間をすり抜けて移動するアコちゃんを掠めながら骸骨弓士の眉間辺りに着弾する。
「まず1体ね」
カレンはそう言うと骸骨弓士は粉砕し崩れ落ちる。
そして、カレンはもう1体の方に照準合わせる。
そのタイミングで魔杖士の特殊移動<転移移動>で俺は素早くシャッハに近づき<攻勢上昇>のスキルを使用する。<攻勢上昇>は有効範囲にいるメンバーの攻撃力を上昇させるスキルだ。
シャッハの傍に行くことで移動したアコちゃんにも確実に支援が行くように考えている位置取りで、彼らは支援の効果エフェクトが発生するのを確認しながら骸骨闘士を細切れに粉砕する。
「はい、終了」
と、カレンがもう1体の骸骨弓士を倒すのと同時であった。
「まぁ、レベル30の敵だと柔らかいねぇ」
物足りなそうにアコちゃんはそう言って他に敵がいないか確認する。
「あっちにスケウォリがいるな……さっさとやっちゃおうぜ」
シャッハは楽しそうにそう言って再び移動を開始する。
このゲームでの歩行速度は魔銃士、魔杖士、戦士の順番だが、移動系スキルを考慮した場合の移動速度で言えば戦士、魔銃士、魔杖士の順になる。
特殊な移動を伴う処理は現実の感覚に影響が起こる可能性を言われているがアクション要素の多いゲームではこの手の特殊処理が多く使われている。移動時は視界関連以外の感覚器官には刺激が届かないように処理がなされているのだが、近年はスポーツ選手などの強化に法に逸脱しないレベルでの負荷を掛けて特訓するソフトなどもあるらしい。
パーティー全体で特殊な移動を駆使して次のターゲットへ移動し、骸骨闘士を粉砕する。
「んー、やっぱり柔らかいな。引っ張るのも面倒だな……」
シャッハはもっと骨のある敵を求める狩猟者の顔を見せ次の標的を探す。
「確かに、骨だけどもっと骨のあるヤツがいた方がいいだろうな」
「クーさん……微妙だよソレ」
アコちゃんは楽しそうに微笑みながらそう言って、シャッハと共に移動を開始する。
迷宮の中はどこも同じような作りでいくつかの分かれ道があり、ある程度は虱潰しに進みながら遭遇した敵を次々に粉砕していく。
「にしても、骸骨ばかりで嫌になるな……もう少し癒し系の敵を要求するよ」
「クーさん、そんなこと言ってる間に支援掛けてよ」
「ハイハイ、そうですよねー」
そんなやり取りをしながらも進んでいると、少し広めの通路になりしばらく行くとT字路が見えてくる。その時、カレンは魔銃のスコープを眺めながら口を開いた。
「そっちのT字路を左に行ってみない?」
カレンは何かを見つけたのか、そういう提案をしてくる。
「何か見つけたの?」
アコちゃんは後ろに付いてきているカレンに対して不思議そうな表情を浮かべて聞く。
カレンはニヤリと微笑を浮かべて炎魔法爆弾を取り出し皆の移動を促す。そして、T字路へ差し掛かったころにT字路の左側奥の壁に向かって投げる。
「見てたら分かるわよ……」
カレンの言葉と同時に奥から『ちょ、グレネード!!』と甲高い男の声が聞こえてくる。
「獲物かっ!」
と、シャッハが楽しそうな声を上げ、盾を構えて炎魔法爆弾の炎を防御する姿勢を取る。その動きに合わせてアコちゃんもシャッハの後ろへ移動し、パーティーは縦一列になるように隊列を整え爆発を待つ。
炎が噴き出し轟音と衝撃はが発生し、奥の方で叫び声が聞こえる。
それに合わせてシャッハはT字路の角から左側の通路へと移動する。アコちゃんは右側の通路に誰もいないか確認しながら爆発の煙に突入する。
俺とカレンもアコちゃんの動きに連動するようにT字路の中央に位置し、次の態勢を整える。
「<標的確定>発動。手前から魔杖士2、魔銃士2、戦士1」
カレンは魔銃のスコープを覗き込みながら、すばやく対象をマーキングするスキルを発動させる。
パーティーメンバーだけに見える目標アイコンが表示されるだけではなく、体力などの情報も見ることが出来る<標的詮索>の上位スキルだ。
「PT情報は絵文字が入ってるところだな、グレネードで倒せたのは1体かだけか……」
「残りもさっさと殺っちゃおう!」
俺の言葉に対してアコちゃんは喜々として双剣を構え移動攻撃スキルを発動させる。それに合わせるようにシャッハも盾を構えたまま突進する移動攻撃スキルを発動させる。
「ちょ、ぐぁっ! み、みんな逃げっ!!!」
防御姿勢に入った敵の魔杖士がアコちゃんのスキル攻撃を受けながらも味方に逃げるように叫ぶ。その言葉を聞いて逃げようとした魔銃士の1人がシャッハの攻撃を受けて吹き飛び、魔杖士にぶつかり倒れる。
槍戦士の盾スキル、盾突貫は対象に対してダメージとノックバックを与えるスキルだ。そして、吹き飛ばされた対象が他の標的に衝突すると衝突した全員にダメージとノックダウンが発生する混戦には定評のあるスキルで、これにより2人を一時的に足止めすることに成功する。
倒れた2人には容赦なくカレンが魔弾を撃ち込み止めを刺す。
敵も焦りながら態勢を整え逃げようとして別の魔杖士が退避用のスキル<深淵転移>を使用しようとするが、そのモーションを見て俺は<詠唱解除>を発動させ<深淵転移>の発動を解除させる。
「残念でしたっ!」
と、アコちゃんが<詠唱解除>をくらい動きが一瞬止まったのを素早く確認して魔杖士に襲い掛かり魔杖士を切り刻んで行く。
双剣士はスキルを使用せずとも特殊攻撃を使った連撃によって大きなダメージを与えることが出来る。連撃はスキル攻撃よりも総ダメージは少ない場合が多いが、相手の動きを封じるのに非常に適しており、1対1での状況では非常に有効な攻撃手段となっている。
アコちゃんが連撃により攻撃をしている間にシャッハは走り込み残った魔銃士に襲い掛かる。
魔銃士はシャッハの一撃目には反応し魔銃士専用の特殊回避により攻撃を回避するが、シャッハはそれを見越して<スキル盾強打>を撃ち込む。
このスキルはアタリ判定が短いのが欠点なのだが、目標をある程度は追尾する特殊効果がある。これはタイミングが非常にシビアであるが敵の回避に合わせて使用すれば回避移動している相手にも当てることが出来る優秀なスキルである。
ただ、このスキルにも欠点はあり、回避中の攻撃ヒットはカス当たりとなり回避は防げるのだが相手の方が早く動くこと出来てしまう。当然、敵の魔銃士は早く動けると思い近距離用射撃スキルを使用しようとする。
しかし、魔銃士はガクリと膝を折り倒れる。
彼は一瞬何が起こったか分からなかっただろう。
起き上がった瞬間にヘッドショットを喰らうなんて経験することもあまりないことだろう……いや、まだレベル30近辺であれば初めての経験だったかもしれない。
対人戦闘に慣れているプレイヤーがそろっているパーティーでは個々が互いの長所と短所を理解し、信頼によって行動を行っている。
俺達の中でも皆何も言わなくてもある程度の連携は自然と出来るがカレンは特に勘が良く相手の動きに合わせたキルを良く取っていて。その狙撃技術はなかなかに芸術的だ。
「カレンは相変わらずの腕だな……」
と、シャッハは後方を確認する。彼の視線に気が付いたカレンは立ち上がりウィンクをする。
すでに視認出来る敵の残りは戦士だけだが、その敵は動くことも出来ず突っ立っている。これは動きを一時的に縛る魔杖士のスキル<停滞>の効果だ。
「とりあえず、どうしようか? コイツになんか聞いておく?」
「さすがクーさん、ってところだけど。面倒だし殺っちゃおうよ」
アコちゃんは双剣を彼に向ける。彼は怯えた表情で震え、その姿を見ていると少し可哀想な気持ちになるが、これもこのゲームで出来ることで俺たちが悪いわけじゃない。
「残りの仲間の位置とか聞いておいた方がいいんじゃないの?」
カレンは冷静にそう言うと、アコちゃんは『なるほど』と言って通路の向こう側をキョロキョロと覗き込むように見る。おおかた他の仲間は敵の襲撃に気が付いて通路の奥か別の道へ逃げた為に視認出来る範囲にはいないだろう。
「グレネードで倒した死体を見る限り魔銃士みたいだから、残りは戦士かな。魔杖士2、魔銃士3、戦士3の構成だと思うわ」
俺の言葉を聞いて、みんな納得するように頷く。
「にしても、中衛、後衛全滅だと魔物に狩られてたりして」
「うわっ、それはあり得るわぁ」
カレンとアコちゃんが楽しそうに話していると目の前の戦士に掛けていた<停滞>の効果が切れ俺に向かってスキル<閃光斬>を放ってくる。
「静かにしててくれるとよかったのに……」
俺はそう言いながら、彼の攻撃エフェクトを確認しながらギリギリで躱す。<閃光斬>は素早く上段に構え高速で振り下ろし、さらに突きを放つ戦士の基本的なスキルだ。構える速度は速いのだが、直線的な動きが多い為に慣れてくれば構えた瞬間に反応出来れば躱すことはそこまで難しくは無い。
彼は可哀想に突きを放つ瞬間にシャッハとアコちゃんによって斬り捨てられ、地面に倒れた。
「さらっと情報くれたらよかったのにね」
と、残念そうにアコちゃんは言いながら双剣を鞘に納める。
「さて、どうするかな……さっきのT字路の右側へ進むか、こっちの道の奥へ行くかだ」
俺はマッピングしてきたマップを表示展開する。
「現状で言えば、魔物にしても人にしても弱すぎるわけだし、真面目に先に進むことを考えた方がいいかもしれないと思うんだけど、どうかな?」
「確かにそうよね。そういえばユニークボスってレアドロップがあるでしょ? 対人に関しては後回しで攻略先行して上層で待ち伏せとかの方がウチ的にもいいんだけど」
「確かにクオンやカレンの言う通りかもな」
シャッハも俺たちの言うことに同意する。アコちゃんは「えー、そうなの?」と残念そうな声をあげるが強い敵と戦いたいということには同意を示す。
「ま、それにこのマップを見た感じデザイン的なことを言えばT字路の右側から進んだ最奥にボス部屋がありそうなんだよな」
「クーさん、そんなこと分かるの?」
「これはあくまでも推測でしかないけどね。基本的に人ってこういう迷宮って左側から進む傾向にあるんだ。だからそうならないように意識的にデザインしてると右側から進んだ方が正解ルートって確率が意外と高い場合が多いのさ。特に初めの階層ではよくあることさ」
「しかし、ここの会社がそんな正統派な作りしてると思う?」
と、シャッハが呆れた風に言った。
「それを言われるとなんとも言えないな。それにもしかしたら左側の奥にはギミックがあって正解ルートの右側の道が開けるとかあるかもしれない、とか思ってたりもする」
「じゃぁ、このまま奥へ進む?」
カレンは道の奥の方を魔銃で覗き込みながら言う。
「いや、右側に進もう。左は他のパーティーに任せて――」
「なーるほど、そういうことね」
納得したという風にカレンは言いながら地面に罠を設置する。
「あ、これは保険っていうか<煙幕>だから撹乱ね」
「えー、どういうことなの?」
アコちゃんはひとり理解出来てない雰囲気でそう言うとシャッハが説明を始める。
「アコちゃん、まず俺たちは右の道へ進む。左側は先行して進んでいるであろう敵であるパーティーに任せようって話。そっちにギミックか何かあった場合、そいつらが起動してくれれば俺たちは楽できるでしょ?」
「なるほどね。でも、右側の道が行き止まりだったらどうするの?」
「いままで進んできた道の構成を考えたらそこの分かれ道は意図的すぎるから行き止まりの確率は低いとクオンは見てるって話だよ」
「それにもし間違って敵が正解ルートを進んでいたとしても、レベル帯とプレイ時間を考えたらボス部屋まで到達はしてないと思うわけさ」
「はー、なるほどね」
シャッハは納得したような表情をしているアコちゃんをドSな表情で見つめていた。
彼はアコちゃんがきっとあまり理解していないと思っているのだろう。かくいう俺もそう思っているけれど……。
「さ、行きましょ。ふふっ、何が出るか楽しみだわね」
そう言ってカレンは楽しそうに笑った。