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第一章 現実 TRS OBTdate.1 その2

 降り立った先はゲームのスタートポイントだ。


 俺は思わず、さすがに前回の最終地点はリセットされていることに小さな溜息を吐いた。


 この町はグルムガンド王国、ランダグルム帝国、バッハルス騎士団領の中間に存在する中立地帯にある小さな町『リンドベル』。


 『神託者』と呼ばれる冒険者達が『常結とこゆいの神殿』に降り立つ場所で冒険者組合の本部があり、どの国家にも属さない町とも呼ばれている。


 このゲームでは一定のレベルに到達すると国や組織に所属して『レギオン』と呼ばれる徒党を組み、冒険をしながらも敵対する者達と戦うという結構殺伐とした設定の世界なのである。


 一応、開始時にまず各パラメーター類が変更されていないか確認をする。それから所持品や装備品、スキルの確認をし、最後にレギオンの確認を行う。


 確認したところ、所持品やスキル、パラメーターは前回終了時となんら変わりの無いように見られた。


 なお、レギオンに関してはオンラインメンバーとオフラインメンバーの様子が分かるが、現在は自分しかいないようだった。


 レギオンとはいわゆるギルドのようなモノで1人のマスターを含める最大20名の徒党を組む事が出来る。噂では20対20のレギオン戦なども計画されているようだが、そもそもレギオンメンバー全員が常にログインできるとは限らないので全く現実的では無い計画だと皆ボヤいていた。


 ただレギオンメンバー同士でパーティーを組むと様々な恩恵に預かる事が出来、特に対人戦《PvP》に特化したレギオンにおいては、野良パーティーで戦うのは若干不利となる。


 不利となるといいながらも、野良パーティーでもガチ勢に勝てるというプレイヤーはPSプレイヤースキルが高いという証明になるため一概に野良がいけないというわけではなかったが……。


 しかし、自分自身が所属しているレギオンは所属人数だけ見れば非常に少ないが、ガチガチの対人戦闘《PvP》に特化したところに在籍しているのでどちらかと言えば立場的に野良否定派に属しているのだろうと思えた。


 そうこうしている間にレギオンメンバーがログインしたとシステムメッセージが表示されメンバーリストを確認する。


 オンラインになっているメンバーは自分ともう一人『シャッハ』だった。

彼はこのゲームで知り合った友人のひとりで、アクション系の対人コンテンツ好きの大学生だ。前衛職を得意としておりレギオン内のメインタンカーだ。


 タンカーとはタンクの役割を行う者を指すがタンクとは前衛の盾役でパーティーの規模にもよるが通常のパーティー構成であれば二人くらいだがウチのメインパーティーでは基本1トップである。


「クオンってばここで何を難しそうな顔してんのさ?」


 と、聞き覚えのある声に視線を向けると、ソコには銀色の鎧に身を包んだ緑髪の好青年が首をかしげていた。


「いや、丁度ログインメッセージを見てレギオンメンバーのリストを確認してたんだよ。ちなみに俺とシャッハしかいないから」


 そういうとシャッハは苦い表情を浮かべる。


「やっぱ、皆はアッチに行ったんだろうね……」


 少し寂しげな表情をして彼は言った。


 アッチとは最大手ゲームメーカーの超人気シリーズの最新オンラインゲーム『ファンタシー・ノヴァ・オンライン』のクローズドβテストが同日からスタートしていてレギオンメンバーの殆どがそのβテストの抽選に当選していた為だ。


 当然、正直クソゲーなトゥルー・リング・サーガへ来ることは考えられなかった。


「でも、クオンも当選してるって言ってなかった?」


 彼は真っ直ぐな瞳をこちらに向ける。


 実際、俺もクローズドβテストに当選していて、サービス開始すれば暫くはソコに棲もうと思ってさえいた――しかし、今は正直やりたいと考えておらず出来ればあまり接続オンしたくない気分であった。


 また、その理由を他人に教える気もなかった。


「まぁ、ちょっとアッチをやろうって気分じゃなかったんだ。それに募集人数からいって、どうせ今日は鯖メンテを繰り返してゲームにならないんじゃないかと思ってる」


 そういうとシャッハは「なるほど」と納得するような表情を浮かべ頷く。


 いいヤツだなぁ。と、思いながらひとりで頷いていると彼は不思議そうな顔をしていた。

 ちなみに鯖メンテとはサーバーメンテナンスの略だ。


「ともかくだけど、レギオン内でこっちに来そうなメンバーって、アコちゃんと……うーん、ウチらのゲームコミュ勢って殆どがアッチのβ受かってるんだよね」


 そう言うとシャッハは苦そうな顔をする。彼は募集期間を逃してしまい応募できなかったと悲しそうな顔をしていた事を思い出す。


「あ、シャッハごめん……」


 そう言うと彼は照れ臭そうな顔をして首を振った。


「気にしなくていいさ、でもメンバーが集まらないと野良でどこか行くしかないかな? 闘技場で1on1とか2on2するってのも微妙だしさ」


 シャッハはそう言いながら手元にwebコンソールを広げ公式サイトの情報を確認し始める。


「このゲームってさ、ソロ用のコンテンツとか圧倒的に少ないよね」


 彼は出来そうなコンテンツの検索と攻略情報を確認し続けつつ、そう呟いた。


 確かにこの作品には多くの対人戦《PvP》と対魔戦《PvE》のコンテンツが有るがソロ用のクエスト等は皆無と言っていいくらいで、一人用のコンテンツがチュートリアルしかない。と、クローズドのテストの最後にあったサーバー負荷テストの時から参加したユーザーの声で判明したばかりの結構新しい話だ。


「それにしても人気ひとけも疎らだよなぁ」


 と、俺はwebコンソールを一所懸命に眺めるシャッハを横目にそう言った。


「ってぇー、キミタチ何してんの?」


 ふと独特の声に俺とシャッハは振り返る。


 ソコにはレギオンメンバーのカレンが居て、二人の視線に怪訝な顔をする。カレンは非常に整った顔をしている驚くほどの美少女なのだが、皆の認識として【カレン】という生命体である。と、いうのがレギオンメンバー内では定説となっている。


 変わった声の美少女――カレンは少し楽しそうな表情を浮かべつつ口を開く。


「何? キミタチはぁ、私はキミタチにはあまり興味ないっていうのが本音なんだけど?」


 どこからの情報でその答えが出たのか、全く俺には理解できないが確実にいえることは会話が噛み合っていないということだろう。


 そんなことを考えているとカレンは訝しげな表情を浮かべる。


「クオン? ナニその会話が噛み合ってない的な表情?」

「気のせいじゃないけど気のせいだってば」


 そう言うとカレンはプンプンと言いながらメイド服を揺らした。


 カレンのメイン職はガンナーで特にスナイプを得意としている。


 メイド服はαテストの特典の一つなのだが、装備としてはあまりにも性能が残念なので装備するものはほぼ居ないという変わり種であるがスナイプがメインの魔銃士ガンナーとしては被弾する時は負けている時だと言って、このゲーム内ではずっとこの装備をしている。


 突然やってきた不思議生物カレンに対してシャッハは思ったことを口にする。


「カレンもPNO受かったって言ってなかった?」


 PNOとはファンタシー・ノヴァ・オンラインの略で多くのオンラインゲームでは略称で呼ぶことが一般的であり、このトゥルー・リング・サーガだとTRSもしくはトゥルー・リング・オンライン、TROとも呼ばれている。人によっては指輪とか言われている事もあるようだ。


「あー、一応キャラメイクだけはしてきたわよ。チャンネルが混みすぎ、且つラグが酷すぎて遠距離職だと現状死ねる状態なのよね」

「マジで!? PINGどれくらい?」

「ん~、あの感覚だと確実に10フレ以上は確実にずれてるんじゃないかな、一歩間違ったらネットダイブが強制終了されちゃうレベルだよ。それにPINGもネットワークの設定弄っても100以下にならないし……せめて安定してPING100くらいで動作してくんないかなぁ」

「それはキツイ、前衛でも流石にソコまでラグってたら不具合報告レベルだよ。それにラグの感覚って気持ち悪いっしょ」


 カレンとシャッハは楽しそうにネトゲスラングを交えながら会話を弾ませる。PNOやTRSのようなアクション要素の高いオンラインゲームでは処理負荷や回線負荷によるラグ――特に遠距離での攻撃が主なキャラクターでは微妙なタイミングのズレが致命傷となる。フレーム数はある程度人によって許容範囲があるが、一般的には一秒を60フレームで表すことが多い。技術者に言わせると実処理的には万分の一秒で処理をしているので、アクションゲーム好きな人間くらいしかフレーム数を考えることは実はあまりない。


 実際はプログラム上である程度は補正されているフレーム数なのだが、10フレーム近く遅れても感覚的には「ちょっと反応が遅れてる?」と、違和感があるくらいのイメージなのだ。


 これが20フレーム付近まで遅れるとネットダイブの性質上、現実世界の方に影響が出る恐れがあり強制的にアプリケーションが終了されてしまうようになっている。


 ちなみに、俺は数フレームの微妙なラグでもイラっとしてしまうけど、意外と皆は心優しく自分は狭量ではないかと思ってしまう。


 なお、PINGは応答速度のことで50~100の数値だと問題ない状態で100を超えるとラグが発生したりする。特にこの数値はオンラインゲームでは重要な要素である。


 ただ、このPINGに関しては自身のネットワーク環境の方が重要な場合が多い。しかし、基本的にオンラインゲームなどでは他のプレイヤーとのラグを出来るだけ生まないように同期させたりしていることがあるので、一概に自分の所為とは言えない。


「あ、そう言えばもうすぐアコちゃんが来るハズだよ」

「あれ? カレンに連絡あったの?」


 アコちゃんはシャッハと並ぶα時代からストライカーメインでPT内のアタッカーの一人だ。彼は非常にシャイで滅多に連絡を取ってくるようなタイプでは無いのだが……特にカレンのようなちょっと毛色の違うタイプって苦手そうなんだけど。


「たまたまだけどねぇ。私がさっきPNOにぶちギレてスカイボックスで文句を垂れ流してたら、アコちゃんがたまたまリアルタイムで見てたみたいでダイレクトメッセージを飛ばして来たのよねぇ」

「珍しいこともあるんだねぇ」


 と、シャッハ。


 ちなみにスカイボックスとはSNSのひとつでチャットと掲示板などのサービスを利用できるアプリケーションで、DDS版、携帯版など様々なコンソールから連携使用出来る便利なコミュニケーションツールである。


 話は戻るがシャッハは特にアコちゃんと仲が良く、α時代からこのゲーム内のトップ戦士ストライカーとして技術を競い合っている。彼はタンカーとしても優秀だが、攻撃役アタッカーとしても非常に優秀で盾スキルを上手く利用して相手の行動を抑え込みながら戦う。なお、アコちゃんは遊撃タイプで素早い動きや立ち回りで相手の懐に飛び込み、両手剣で恐ろしいほどのコンボを繰り出す。どちらも非常にテクニカルで高いPSを持ったプレイヤーだ。


「あら、来たいみたいよ」


 カレンの声に皆、初期出現位置を見ると栗毛の軽装戦士がこちらに走り近づいてくる。


「クーさん、シャッハ。カレンさんも、ちわーっす!」

「よく来たねぇアコちゃん。待ってたぜ!」


 と、シャッハがニヤリと何かを企んでいたと云わんばかりの表情をする。


「ナニナニ? 何かあるの?」


 カレンは彼の企みを興味深そうにしてメイド服をヒラヒラとさせる。

 シャッハはWebコンソールをこちらに向けて、皆に見えるように見せる。


 そこには新規コンテンツ『悠久の塔』と書かれているページだった。


 実は俺もアップデート情報を見ていた時から気にはなっていたコンテンツだが、事前に調べていた時に確認していた内容と少し変わっていた。


「あれ? これってフルPTが必要なコンテンツじゃなかったの?」


 どうやらカレンも同じことに気が付いたようだ。


 フルPTとはパーティー限界値の8名パーティーを指す。レベル上限キャップに到達していたクローズドβのプレイヤー人数がそもそも200名ほどしかいないのは運営も分かっているハズなのだが、フルPTでレベル制限もある特殊ダンジョンというのはハッキリ言って設定がオカシイというよりも狂っているとしか思えない。しかし、『悠久の塔』の売りとしてレベル上限キャップを迎えたプレイヤー向けのコンテンツとして作っていると宣伝していたのだ。


 さすがにオープンβで実装は無いのではないかと噂されていたが、宣伝と違う方向で修正を入れて実装してきたのだ。


「まぁ、この運営ではよくあることだけど、直前に問題があることに気が付いて変更してきたんでしょ……レベル上限キャップに達している場合4人から入れるようにしないと、正直、前回のテストでの最終人数から考えてそうしないと絶対に誰も出来ないって」

「確かにそうだよね、8人のフルPTで最低レベル30からって、今日からのテストだとほとんど誰も出来ないんじゃないかな?」

「だよな。普通にプレイしてたら一日で上げれるレベルってレベル20位だからな。それにしてもこのダンジョンってIDじゃないんだ……」


 と、俺が言うと皆が不思議そうな顔をする。ちなみにIDとはインスタンスダンジョンの略でMMORPGではよくあるMOタイプのコンテンツで一定の人数で小規模のダンジョンを攻略するモノだ。


 場合によると毎回ランダムで作られるダンジョンとか、超絶に強いボスが出現するダンジョンなどゲームによればメインコンテンツともなっているモノだ。


 なお、MMORPGとは『マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム』の略で大規模多人数同時参加型のオンラインゲームの事で複数のプレイヤーがひとつの世界に参加するって概念は1970年代後半に作られたモノで祖父の時代にすごく流行ったことがあったと聞かされたことがある。


 それに対してMOとは『マルチプレイヤー・オンライン』でMMOとの大きな違いはゲーム内の参加人数を制限した仕組みと考えると分かりやすいだろう。


 シャッハとアコちゃん、そしてカレンの3人はWebコンソールを疑問に満ちた表情を浮かべながら見ていた。


「え? なんで? IDじゃないとこのコンテンツって……」

「あ、ここにさ。不思議なことが書いているわ」


 何か面白い事が書かれていることを発見したのか、カレンはそう言ってWebコンソールを指さしニヤリと悪戯な微笑を浮かべた。


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