第一章 現実 TRS OBTdate.1 その1
室内の設定温度を最適にして、空気清浄機のスイッチを入れる。
これはネットワーク世界へログインする為の儀式だ。
そして、俺は世間的には比較的に珍しいデスクトップ型のPCの電源を入れる。電源が入るとPCは機械とファンが回転する時に発生させる小さな低音と高音の入り雑じった複雑な音を鳴らす。
現在、主に普及しているPC系デバイスの殆どは携帯可能なモノか超小型のスリムなスティック型が一般的だ。あえて大型のデスクトップPCを使用している理由は当然ゲームをする以外にネットダイブ用のアバター制作などの創作活動を行う為だ。
最近のPCはスティック型以外にもヘッドマウントディスプレイ一体型の物も多い。
これは一般的に小型で持ち歩きや特殊な装置などが必要にならないという利点もあるが、ヘッドマウントディスプレイ一体型が流行っている最大の理由はDLNDS(ダイナミック・リンク・ネットワーク・ダイブ・システム)、略称DDSを利用した仮想空間いわゆるVR空間へ人間の精神をダイブさせるシステムの普及だ。
今では様々な場所でネットダイブをすることが出来、多くの体験型コンテンツやネットワークを利用したライブコンサートなど、様々なコンテンツが産み出され消費される巨大マーケットとなっている。
それに伴った違法性溢れるコンテンツや技術も多く一部では問題になっている事も多くあるがそれはまた別の機会で語ろう。
最近ユーザーがさらに急激に増えている要因として、巨大で街中で使用していると周囲の視線を釘付けにしてしまうようなヘッドマウントディスプレイではなく、ちょっと大きめのサングラスサイズのヘッドマウントディスプレイの登場のせいだ。
見た目も非常にオシャレで革新的だと多くの専門家が高い評価のレビューをネット内で論じていた。
しかし、小型化し一般的になったといえども一体型のPCはデスクトップPCと比べると随分スペックが落ち、グラフィックスが売りの最新ゲームや映像作品を鑑賞するには力不足を感じてしまう。また、ネットダイブ関連のアバターやホームロビー、ゲーム制作などで使用する3Dモデルなどを制作する為にはデスクトップPC、またはノートPCが必須と言わざるを得ないだろう。
冷却用のファンが回転する音と、最新OSのキラキラとしたエフェクトがワクワク感を誘う。
先日、祖父が部屋を訪れた時に見せたら昔と形状があまり変わっていないデスクトップ型のPCを見て、彼は懐かしそうな表情を浮かべ『昔は起動に5分以上掛かるのは当たり前』と言っていたが正直、全く想像することは出来なかった。
起動したPCにネットダイブ用のヘッドマウントディスプレイと各種装置を繋ぐ。そして、お気に入りのリクライニングチェアに腰掛ける。
通常の画面出力はディスプレイに表示されるが、ネットダイブを行う場合、自分自身の精神が電脳空間へ移動する。正確には脳波をPC上で検知しOS側で電脳空間にフィードバックし、ソフトウェア上でアバターを自身の肉体として操作し仮想空間を体感することが出来るのだ。
ヘッドマウントディスプレイにネットダイブコンソール起動の承認が表示される。俺は視線を〈OK〉に向けると簡単なサウンドが鳴り同時に耳鳴りのような音が一瞬して、世界が歪んでいく。
デジタルの世界へ誘われて行く時のドキドキ感はいつまでたっても、童心に帰ったような気持ちになる。
そんなことを考えていると、小さな耳鳴りと共に眩い光に吸い込まれるように視界が真っ白な光に包み込まれる――
そして、静かに耳鳴りは止み視界が開かれ、3Dで作られたデジタル空間をフワリと空中から降り立つように自分専用のホームロビーに到着する。
視界に端にチューニングと表示されているのを確認する。これは仮想空間に接続した直後は浮いたような感覚が1分間くらいの間続くのだが、調律といって仮想空間での肉体であるアバターの操作をする為、現実での肉体操作とあまり変わらないように設定をOS側が行っている為に『まだチューニング中ですよ』を知らせる為の表示だ。
調律を行わない事はOS上の問題というより、法律上の問題で出来ない。DDS黎明期にいくつもの問題が起きたという情報だけ断片的に聞いたことがあり、特に多くの犠牲者を出した事件があった為に法整備されたという歴史が調律をしなければ現実世界の肉体に影響が出る可能性があるということを立証していた。
なお、現在見えている映像は仮想空間に作られた3D映像で、PCの性能によって見え方が大きく左右される。高性能なPCを使えば、現実とほとんど変わらない映像を作りだせる。実際、自身のホームロビーも感覚的には現実世界とあまり変わらない視覚認識で操作出来ている。
また、メインのOSとVRシステムは結び付きが強いと言われているが、システム系に詳しい人に話を聞くとVRシステム側にOSのコア部分が存在するらしい。それは基本的にVRを使用する為のシステムが大きいところを占めている為と言われている。
近年のPCにおいてネットワーク必須なのだが、ホームロビーに関してはスタンドアロンで基本的には回線に繋がっている必要は無くオフラインでも動作する。これは、セキュリティー上の理由でそういう作りになっているらしいが全く通信を行っていないというわけでは無いらしいがシステム関連の詳しい事は分からない。
ホームロビーや自身の肉体であるアバターは様々なカスタマイズをする事が出来、その仮想空間上で動作する様々なソフトウェアやアプリケーションを起動する事が出来る。まさに仮想空間上の超プライベートルームと考えて間違いない。
見た目的な部分に関しては現実世界と違和感が発生しないように自身の肉体をベースにデザインされたアバターを使うのが一般的であり、自身の性別とは違う肉体や自身からはかけ離れた骨格を持つアバターを長時間使用していると、現実世界に戻ってきた時に大きな影響が出る可能性が高いのだ。
人には真面目すぎると言われているが、自分としては使用推奨されている時間やルーリングは可能な限り守るようにしている。過去の事件・事故が多くあったことを祖父や父親から幾度も聞かされているせいもあって自分は守っている。
しかし、現在でも法で規制されていても、多々そのような事件が発生している。
法を無視している人たちがいる一方で事件が発生したりしている影響もあり、多くの人達は自身の写真などから自動生成するシステムを使ってアバターを用意するのが一般的である。
仮想空間での作業はゲーム以外ではデジタル造形系の作業やCADなどの作業に関しては仮想空間の方で行うと作業効率が高いと言われている。自分自身もゲーム用のアバターを作る時など、この空間に篭っている事が多い。
そんな事を考えながらも今日の目的を思い出すのであった。
連休に向けてサービスを開始する大手ゲームメーカーのオンラインゲームのサービス開始ラッシュとなっていて、今日はαテストから付き合っているゲームのオープンβの開始日なのである。
普通、良くあるパターンであれば初日はサーバー接続人数の多さにサーバーが耐えきれずパンクして緊急メンテナンスをしているところなのだが、これから立ち上げるゲームではそれは無いと確信していた。
この作品はαテスト含めて幾度とテストを行い、サーバーへの負荷テストも何度も行われ、それ以外にも幾度も行われた限定的なテストも何度もあった。
面白いことに殆どのテストで、はじめは多くの人数がいるのだが、数日後には数えられるほどの人数しかおらずメインコンテンツの1つである対人戦を行う闘技場は複数人数で対戦することも満足に出来ないくらい接続者がいない状況であった。
はっきり言えばクソゲーなのだが、要素やゲームクォリティが低いワケではなく、あまりにもゲームのセッティングがマニアック過ぎるせいで、世間で最も多いであろうカジュアルユーザーを完全に排除するような作りに仕上がっており、驚くほどに門が狭いゲーム仕様となっていた。
それでもクローズドのテストでは人数制限があった。しかし、オープンβテストでは誰でもアカウントさえあれば接続可能なのだから多少は人数も多くなりサーバー負荷も増えるだろう。そのような事を考えながらゲームの実行を行うと、ロビーが細かい粒子に分解されていき自身の身体に光がまとわりつく。
そして、視界に小さなウィンドウが開き、ログイン認証のメッセージが流れる。
深呼吸をしてからログインパスワードを秘匿音声で呟くと、身体にまとわりついていた光が弾け、視界全体が一気に光へと包み込まれていく。
ゆっくりと光から抜けると空に浮かぶ小さな神殿の前に降り立つ。
ここはトゥルー・リング・サーガの世界の入り口で13英雄が神の神託を受けたと言われる『ハジマリの神殿』で多次元の世界に存在する場所。と、いう設定らしい。
いわゆるゲームの開始用のロビーで、使用するアバターとなるキャラクターデータの選択、またはチャンネル設定やゲームの環境設定などが行える。
普通ならば、クローズでのゲームデータは一度破棄され、新たに新規のキャラクターを作るのが一般的なのだが、今回のオープンβは前回テストで一定条件を満たしたプレイヤーはデータをそのまま引き継げるという特典がついていたおかげで、すでにレベル上限まで成長させたキャラクターデータが存在していた。
「最初からやり直すのって面倒だからな。これはありがたい……」
ひとりでそんな事をつぶやきながら、目の前の壁に触れる。
壁に触れると、白い壁が流体となり、ゆっくりと人間の形に変化していき、目の前に自分の分身たるキャラクターが造形を成す。
インターフェイスにはキャラクターネーム『クオン』と表示され、職業は妖術師、トータルレベル60とある。ちなみにレベル60は現在のレベル上限で最高レベルのキャラクターだ。
クローズ中、廃人と呼ばれていた人間達は軒並み、短い期間でレベル上限までキャラを育ててしまうモノだ。ちなみに、もう1キャラ別の職業のキャラをレベル上限まで到達させている。
このトゥルー・リング・サーガには職業というのは大きく分けると3種類あり、近接戦闘に長けた戦士。中距離で支援や高威力の魔法を使う魔杖士。そして、遠距離攻撃や罠を利用した戦闘を得意とする魔銃士。
この3種類ではあるが、見た目では判別がつきにくいが二次職が存在し、戦士なら槍戦士、双剣士。魔杖士なら魔術師か妖術師。魔銃士であれば、狙撃手か猟兵。それぞれに味付けが大きく違い、槍戦士は槍と盾のスキルが多く、ランスの攻撃力よりも盾を使ったタンクとしての役割が強い。双剣士は剣撃系のスキルが多く突破力では最強であり、唯一両手に武器を装備できる。魔術師は攻撃系の魔法主体、妖術師は支援系の魔法が主体である。狙撃手は遠距離や魔弾による攻撃系のスキルが多く、猟兵は近接戦闘も可能なトリッキーな職である。
実はこれ以外にもサブクラスを取得する事が出来、1キャラクターで2系統レベル30まで取得でき、その種類が実は多い。これによって近接戦闘可能な魔杖士や魔法メインの戦士も作成する事が出来る。しかし、そういうキャラメイクは基本的にネタでしかない事は繰り返しテストしている中、多くのプレイヤー達は気づいている。
なお、サブクラスは騎士、侍、盗賊、狩人、モンク、僧侶、魔導師、呪術師、錬金術師、細工師、鍛冶屋、帽子屋、料理人、商人、吟遊詩人、ダンサーなどである。錬金術師、細工師、鍛冶屋、帽子屋、料理人、商人は戦闘に影響するスキルを全く持ち合わせていないがゲーム内で様々な効果や生産系のスキルを多く持ち、戦闘用キャラとは別にサブキャラで生産系のキャラを作るときに取得されるものである。
ちなみに自分のキャラクターはサブクラスに僧侶と魔導師を取得している。こちらもレベルキャップに到達しており、パーティーでの戦闘支援に特化したキャラメイクだ。
キャラクターを選択する為にそっと触れると再び光に包まれるように全てが分解されていく。分解されていくといっても感覚的な話であり、実際には何も感じない、いわゆる映像演出というやつではあるが、人間とは不思議なモノで見ているだけで何かを感じとるような感覚を持っている。これは仮想空間でもよくある不思議な感覚だ。
一部ではPC内のVR系システムを改造して、強い感覚を得られるような仮想空間を楽しむコンテンツなども存在するが、これは当然と言っていいだろうが肉体的フィードバックが発生する可能性が高い為に違法となっている。
そうこうしていると、緑豊かな森が見え、そこを抜け小さな町へ降り立つ――