序章 悠久の塔 第十層 TRS OBTdate.5
ここは悠久の塔の第十階層。
特殊な迷宮で数々の仕掛けや魔物、そして同じく迷宮に挑戦している者達と戦い、また挑まれる。多くの者が倒れて、倒され無数の屍の山が築き上げられていく。
この塔を苦労して登ってきたにもかかわらず、眼前の光景に心折れ自分達がいかに無力であるかを痛感しながら薄暗い世界へ吸い込まれて行く。
自分達はこの階層に来るまで、ここまでの絶望感を味わったことは一度足りとて無かった。
この塔を攻略しようと言い出したのはこのパーティーのリーダーである男だった。
彼は屈強な戦士でありこの世界では指折り数えるほどの実力を持っているであろう人物だ。この男を含め、ここに集まった者達は皆、専門的に戦闘を行う専門家と言っても間違いは無い。また、どのような戦場に立とうとも生き残り、多くの戦価をあげることが出来るだろう。
だからこそ、反対する者など、誰もいなかった。
そう、自分達は魔物も含め、人間相手の戦闘においても簡単に殺されるなど、つゆ程に考えてもいなかった。
自分達はこの塔に入り、迷宮の構成が非常に変わったモノだとパーティーの誰もがそう思っていた。
多くの冒険者がパーティーを組み塔に挑戦する。塔の内部は多くの魔物が棲み、それらを狩るのだが、この迷宮『悠久の塔』では他の冒険者達も迷宮内でしか得ることが出来ない秘宝を求め、またはその秘宝を求める冒険者達を狩る為に迷宮内を彷徨っている。我々はそんな冒険者達も殺しながら、今回の旅の目的である上層へ向けて一気に駆け上がった。
そして、我々は多くの困難を二日掛けて乗り越え最上層である第十層へたどり着いた。
第十層を目指すキッカケとなったのは、とある集団が第十層を数日に渡り占拠していると街で噂を耳にしたからだ。そして、目的の集団と対峙し、まさか自分達が後悔をする暇さえも与えられずに狩られる側になるなど全く持って有り得ないと言うしかなかった。
あまり情報を持っていなくとも多くの結果を残してきた実績もあり、慢心していたと言われれば確かにその通りなのだが、噂を聞いたところでの判断では自分達なら彼等を排除出来ると思っていた。しかも、愚かしい事に、これは容易なことだと考えていた。
しかし、現実はそうは上手く行かないモノだ。
どのような戦いにおいても、自分達は専門家として戦ってきたプライドがある。故に簡単に敗北するようなことだけはしてはいけないと常日頃、語り合ってきたのだ。
「クソッ、こんな奴らがいるなんて」
もっと様々な表現の方法はあるだろうが、正直、そんな言葉しか出なかった。
この『化物達』はダンジョンの開けた所にモンスターの死骸を積み上げながら陣取り、お互いに総力戦を仕掛けるような動きを取っていた。
位置としては広めの部屋が二つ連なっているような構造で部屋と部屋の間には人が隠れるような壁が幾つか立っておりそこにも数人隠れ潜んでいることは見て取れる。
「リーダー、突っ込むのは危険すぎないか?」
そう言ったのはサブリーダーをやっている男だ。
彼の実力は俺よりも数段は劣るが慎重で堅実な男であるから信頼を置いている唯一の男である。彼は何かを感じたのか、真剣な視線を俺に向けてくる。
この時、彼の意見を聞いていれば――
あの『化物達』に対してもまだ色々とやりようがあっただろう。
正直、この時は彼らが『化物』であることにさえ、気が付いてなかったのだから。
彼らは俺たちを誘うようにジリジリと盾を持った戦士ともうひとりの戦士が前後に動き挑発してくる。自分達はそれにワザと乗ってやり、その実力差を味あわせてやろうと、ニヤけ顔で一気に突破するつもりだった。
オーソドックスな戦術であるが、先頭を行く二人の戦士が盾を構え突っ込んで行き。それにあわせて攻撃魔法、魔弾斉射と波状攻撃を行う――つもりだったが、そうはならなかった。
『化物達』は絶妙な動きで素早く後退し、左右に動く。
味方の戦士達はその動きに合わせてスキルを発動させ、衝撃波を飛ばし牽制しようとした瞬間、二人ともその動きを止め、ゆっくりと倒れた。
それはまるで魔弾でヘッドショットを受けた時のような動きであった。
全く信じられない光景で思わず何が起きたのか分からず数秒間固まっていたように動きを止めてしまう。
基本的な説明すると、先頭を行く戦士の役目は敵の注意を引き、高い防御力を生かし前線を押し上げる前衛職である。
そして、戦士の多くは魔銃士によるスナイプ対策としてフルヘルムを被っている。
フルヘルムは魔法による視界確保を行っている装備であり、頭の殆どの部分を覆い隠している為にヘッドショットを防止する効果が強い。確かに微妙な隙間は空いているが、動く相手に対して、その隙間を射抜く精度の射撃を出来る者などいないと考えるのが普通だ。
もし、あったとしても、それは運が悪いとしか言いようが無い。しかし目の前で二人の戦士が同じ手法で倒されたのだ……。
一瞬、何が起こったのかわからず固まっていたが、すぐに気をとり直す。
急いで体制を立て直さなければ、そのまま敵に押し込まれて全滅してしまう為だ。
「ここで押し込まれるとマズイ! 立て直すぞ!」
皆、声を掛け合い必死に体制を立て直す為の行動へ移行する。素早く魔杖士が魔法障壁を張り、攻撃役の戦士二人が前衛の代わりとして役割をシフトする為に前へ出る――はずなのだが、敵はすでにこちらへと間合いを一気に詰めて来ていた。
慌てて敵の双剣士と思われる戦士に銃を向け、魔弾を放つが敵のキャスターによる魔弾遮断により魔弾の攻撃力を無効化されてしまう。
正直、通常の魔法詠唱のタイミングからだと、視認してから魔法を掛けても絶対に間に合わない。魔弾遮断の魔法は非常にシビアなタイミングを要求される魔法で世間的に扱える者はあまりおらず、使用しても効果が大幅に軽減されるなど、場合によれば無防備な状態を生み出す可能性もあるという非常にリスクの高い魔法だ。
そんな魔法を完璧なタイミングで使用され、自身の攻撃を無効化されたのだ。
その事に衝撃を覚えながらも、その間に二人の敵戦士が迫ってきていた。
彼等は味方魔杖士によって張られた攻性魔法障壁を躱す為に左右に広がっていく。
それに合わせるように敵は盾を持った戦士が正面からジリジリと距離を詰めて圧力を掛けてくる。
戦士の後ろでは魔杖士が二人、合わせるように近づきながら、様々な支援魔法を幾重にも展開している。当然、こちらの魔杖士も次の攻撃に備えて強化支援などの魔法を唱える。ここは確実に相手の魔杖士を落としておきたいところだが、戦士が絶妙な位置取りでそれを防ぐ。早くしなければ、突っ込んで来ている敵戦士がやってきて、確実に虐殺されてしまう状況であった。
焦りを感じていると、突然に敵の女性魔杖士が座り、盾持ちの戦士がそれを守るように動く。これはチャンスと思い、戦士が付いていない方の魔杖士に魔弾を放った瞬間、さらにあり得ない光景を目の当たりにする。
「よ、避けた!?」
攻撃速度を上げるスキルを使用した状態での魔弾攻撃を見てから避けることは、ほぼ不可能である。それ故にガンナーの魔弾攻撃は非常に有効なのである。その魔弾攻撃をいとも簡単に避けてしまったのだ。攻撃時に発生するマズルフラッシュの光が発生した段階で魔弾は人間には反応出来ないくらいの速度で射出される。攻撃速度を上げるスキルを使用している場合、魔弾を発射する為のトリガーを引く動きさえ悟らせることは難しいハズであった。考えれば考えるほど余程の事が無い限り避けられない必殺攻撃だったのだ。それを『神掛かった回避動作』で避けられてしまい呆然とするしか無かった。
そうこうしている間に敵戦士二人が交差するように動きながら攻勢魔法障壁を躱し、味方戦士の居た場所まで到達し彼らと剣を交えている。敵の動きは非常に鋭く、こちらの攻撃の要である前衛役にシフトした戦士達――特に接近戦を得意としている男達なのだが、どうみても苦戦している様子だった。
そして、その様子を後ろから魔杖士が伺いながら、支援を行うが戦士達はジリジリと後退しはじめる。魔杖士はタイミングを見計らいながら素早く後退する。これはすでに総崩れという状態であった。
こちらが後退を始めた瞬間、これを狙っていたのか盾を持った敵戦士が攻性魔法障壁を突破し、猛烈なダッシュ移動でこちらに向かっている事に気がつく。焦りを隠せず素早く視線を味方魔杖士へ送る。彼もそれに気がついている様子で苦い表情を浮かべ首を振った。
そして彼は全力で逃げるべきだ、と言って逃げようとして足を進めようとするが、彼の逃げ道を塞ぐように足元に魔弾が着弾する。
「ひぃっ!?」
彼は情けない声をあげ、よろめく。
そして、先ほどまで味方の中で最強の腕を持つ男である戦士と戦っていたハズの敵の女戦士が魔杖士の前に現れる。ほんの僅かな時間で彼がそう簡単に倒されるようなことは無い。
そう信じていたのだ。
どんな戦場であっても自分達が手玉に取ることはあっても取られることなど考えてもいなかった。しかも、こんな短時間で倒されるようなことはありえない。考えれば考えるほど、一体何がおこったのか分からず思考が混乱する一方であった。
しかし、今ここで何かをしなければ味方の魔杖士が殺られてしまうと思い、破れかぶれで魔弾を放つ。彼女はそれを簡単に掠めるように躱し、ニヤリと笑う。
魔銃士の魔弾を躱すのは簡単な事では無い、ハズなのだがさっきの魔杖士にしても目の前の女にしても、自然な動きで簡単に躱したのだ。全く意味がわからない。
そして彼女は、いかなる抵抗も無意味だと言っているように魔杖士に迫り剣では無く拳を振るった。
「ダメダァ、彼奴らマジでチートなんじゃねー」
と、魔杖士は叫んだが、その声は凄い衝撃音と共に遠ざかって行き、まるで蛙が潰れた時のようなよく分からない声を上げた。彼は気持ちの良いほどの錐揉み回転しながら数メートル吹飛ばされたのだ。そして、地面を削っていくように地面に激突し派手な音と共にグニャリと身体を曲げ転がった。
当然だが、味方の魔杖士はピクリとも動かない。そして『化物達』が次にこちらに狙いを付けたと言わんばかりの殺気立った視線を向ける。
後方のスナイパー達に支援を求めようとしたが、すでにもう一人の戦士を倒した敵戦士と、嬉々として楽しんでいる風な表情を見せる盾を持った戦士が魔銃士達の元へ到着しようとしていた。
彼女は獲物を確かめるようにゆっくりとこちらへ一歩、そして一歩近づいてくる。
逃げ場はすでに無く、逃げようとしても容赦無く狙撃されてしまうだろう。
絶望に支配され、もうダメだと膝を折る。
「SADAOさんって、まだまだッスね~」
と、聴きなれた生意気な女の声に目の前の人物がいかなる『化物』だということに気がついた瞬間には時すでに遅く、彼女は楽しそうに笑いながら再び拳を振るい標的を吹き飛ばした。
この世界で最強の破壊力を持つと言われているモンクの秘奥技である武神撃のモーションに似た動きからの一撃を喰らって、さきほどの魔杖士と同じく錐揉み回転しながら地面や壁に激突し、視界は真っ暗に消失した。
ぼちぼちなペースですが、週一ペースとかで更新出来ればと思ってます。