坂の上の景色
翌朝の土曜日の朝八時。
由依は浩成と二人、家の最寄りのバス停でバスを降りた。
「この上り坂を登っていくの」
由依の言葉に、浩成は由依の右手を握った。
由依は、そんなさりげない浩成の優しさが嬉しい。
早春の朝はやはり肌寒く、二人は寄り添うように仲睦まじく歩く。
坂の勾配はかなり急で、しかも長い。
二人は、これから待ち受けていることを思い、やや固くなりながら黙々とその段だら坂を登って行った。
そして、ようやく坂を登り切った時。
「わあ……」
由依は思わず小さな声をあげた。
ああ。
太陽が……。
目の前には朝焼けの大きな太陽が昇っている。
それは紅く、オレンジ色の光の塊で、酷く目に眩しい。
その時、由依は深い感動すら覚えた。
陽は高く、太陽の光が燦燦と降り注ぐ。
いつも、夜目の暗い時間しか見たことのなかった坂の上の景色。
それは、どんよりと暗い闇の底に沈んでいて、由依は年老いていく両親と自分の行く末を想い、いつもやりきれなかった。
けれど、今朝の眩さはどうだろう。
それは、いつも由依が見てきた景色とは全く違う。
それは、希望に満ち溢れた朝の風景だった。
何より今、隣には浩成がいる。
あの古い家で年を取っていくだけの自分たち家族に、ひょっとしたら、浩成と由依の子供だって生まれてくるかもしれない。
それこそは間違いなく、由依にとっての「希望」だ。
お父さん。
お母さん。
門限を破ってごめんなさい。
でも、由依は浩成さんとこれから二人で生きていきます。
由依は浩成の左手をそっと握り返した。
これから二人で生きていく人生の幸福を心から噛みしめながら。
坂の上の古い家に眩しい陽の光が射しこんだ朝だった。
了
挿絵は、秋の桜子さまに描いて頂きました。
桜子さま、素敵な挿絵をありがとうございました。