初めての外泊
それからの日々。
由依は、相変わらず「茶人」でのアフター5を楽しんでいる。
浩成は、「茶人」で夜、時々ウエイターのバイトをやっていて、週に一、二回顔を合わせる。
しかし、「茶人」はそうお客が多い方ではないので、バイトの傍ら、お喋りしている時間も長い。
由依と浩成は、共に音楽が好きというだけで話が尽きない。
由依はクラシックが好きで、浩成は流行りの曲はなんでも聴く。お互い、知らない音楽について吸収するその時間が有意義なのだ。
又、浩成が大学院で研究している分子生物学は、由依も大学時代、関連科目でマジメに勉強していたので、その方面の話もそこそこついていける。
何より、二人は相性が良かった。
何を話しても楽しく、会話が弾む。
浩成は、どこをとっても嫌味のない好青年だった。
二人は、「茶人」で同じ時間を共有し、お互いを理解していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
由依と浩成が知り合って、五か月が過ぎる頃。
「由依ちゃん、帰り、送っていくよ」
浩成が、「茶人」から家へ帰ろうとしているところに声をかけた。
「浩成さん、バイトは?」
「ああ。今日は早じまい」
そう言って、浩成と由依は二人で「茶人」を出た。
季節は三月。
早春の花冷えの夜、空気はまだ肌に冷たく、なんとなく無口に二人は歩いていた。
その時。
不意に、浩成は立ち止まった。
「由依ちゃん。俺の家、寄って行かない?」
「え?」
「俺のアパート、この近くなんだ」
「でも……。私、門限が……」
そう言い澱んだ由衣に、
「責任は俺が取る」
きっぱりと浩成は言った。
浩成は、そのままじっと由依の瞳を見つめている。
由依は、その焦茶色の瞳の深さに吸い込まれていった。
「浩成さん……」
由依は、浩成を信じ、ついていくことに心を決めた。
そして──────
その夜。
由依は、浩成の部屋に泊まった。
それは、由依の人生にとって初めての外泊、門限破りだった。