坂の上の古い家
バスを降りると、すぐ北の道に折れ、上り坂を登っていく。
坂を登り切ったところの東側の家が、由依の家だ。
古い二階建ての家屋。
そこには、五十歳を過ぎた父と母。そして由依の三人暮らし。
母親はいつも手の込んだ夕食を用意し、普段は三人揃って夕食を摂る。
その晩。
「由依」
父親の啓司が、好物の大根とお揚げの味噌汁を吸いながら、切り出した。
「最近、帰りが遅いな」
「そう? 気に入ったカフェに寄ってお茶してるから」
「デートしてるわけじゃないの?」
塩焼きした秋刀魚の身を箸でほぐしながら、母親の佳津子が口を挟む。
「まさか。そんな相手いないもの」
「由依ちゃんはずーっとこの家にいていいのよ。お父さんとお母さんがいますからね」
「はあい」
そう返事した後、
「ご馳走様」
と、由依は二階の自分の部屋に引っ込んだ。
”ずーっとこの家……”
佳津子の言葉がリフレインする。
でもね。お母さん。
お父さんとお母さんは、いつか先に逝ってしまうのよ。
そしたら、由依は一人ぼっちになってもいいの?
今夜もぐるぐると同じわだかまりが由依の心を渦巻く。
それは、拭っても拭っても拭いきれない汚れのようにいつのまにか由依の心にこびりついたしこり。
由依の溜息は深く、いつしか部屋の片隅に消えて行った。