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新しいカフェ

「あれ? こんなところに……」


 その日、会社帰りに新しい冬物のグレーのチェスターコートを選んで買った帰り道、由依ゆいは一軒のお店を見つけた。


「新しいカフェ……」


 店の名前は「茶人(さじん)」。

 クールな店構えは、なかなか好奇心をそそる。


 由依は、ゆっくりとその店の木製のドアを開けてみた。


「いらっしゃいませ」


 迎えたのは、アラカン手前くらいの痩せたマスター。

 店はそう広くはなく、由依はカウンター席のマスターの前に座った。

 メニューを見ると、珈琲・紅茶の種類が多く、嬉しくなる。フードもサンドイッチやピラフ、ワンプレートフードなどがある。


「温かいロイヤルミルクティーとクロックムッシュを下さい」

 由依がオーダーを告げると、マスターは「はい」と返事をし、目の前で手際良く調理を始め、そして程なくオーダーが由依の目の前に並んだ。


 ポットでティーが供され、由依が一口飲むとミルクの割合が多い濃厚な味わいで、それは極上だった。

 クロックムッシュには、薄切りハムと癖のないグリュイエールチーズが挟んであり、本格的なベシャメルソースが塗ってある。熱々の作り立てのそれは、少しお腹が空いていた由依にはとても美味しかった。


 ティーとクロックムッシュを楽しみながら、由依は店の中をなんとなく眺めていた。

 マガジンラックに置いてある雑誌は、男性向けはよくわからないが、女性誌では、由依の好きな「25ans(ヴァンサンカン)」「CREAクレア」「MOREモア」「SAVVYサビィ」が目に付いた。

 他にも、三・四十代女性向けの雑誌に、「家庭画報」「美しいキモノ」まで揃っている。


「ここは、クラシック喫茶なんですか」

 由依は、思い切ってマスターに話しかけてみた。

 BGMがクラシックオンリーなのだ。由依が普段好んで聴いている音楽とそれは同じだ。

「そういうわけではないんですが。この音楽が一番落ち着くから、ここの有線をひいているんですよ」

 マスターはにこやかに応えた。

 その笑顔も気持ちがいい。


 由依はその夜、その空間を心から楽しんだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 その翌日から。

 由依は、会社帰りに「茶人(さじん)」に寄るようになった。

 美味しいお茶とマスターとのお喋りを楽しんだり、仕事がしんどかった日は静かに音楽に聴き入る。

 一人でじっくりと好きな雑誌を読み耽ったりするのも至福の時間ひとときだ。



 そんな日が二週間ほど続いた頃。



「こんばんわー」


 由依が、いつものカウンターの定位置で、カプチーノを楽しんでいる時、一人の若い男性が入ってきた。


「おう。浩成(こうせい)。久しぶり」

 マスターが、いつもの笑顔を更に崩して対応する。

「参ったよ、教授が無茶ぶりの研究課題出してくるからさ。ずっと大学泊まりだったんだ」


 見た目、二十七、八歳。由依とほぼ同年代のその彼は、178㎝くらいのスレンダーな長身。焦茶こげちゃ色の虹彩の優しい瞳が印象的で、さらさらの黒い髪が清潔感のある青年だった。


 彼は、由依の隣の隣の席にごく自然と座った。

 由依は、彼の気さくな話しぶりにやや親近感を持ち、見るともなしに横顔を見ていたら、ふと目が合って慌てて視線を逸らした。


 しかし、マスターが

「浩成。こちらのお嬢さん、最近のうちの常連さんなんだよ。由依ちゃん、こいつ僕の甥。京成(けいせい)大学の非常勤講師で……」

須田(すだ)浩成(こうせい)と言います。二十八歳。君は? 何、ゆい……?」

「あ……、私は河野(こうの)由依(ゆい)です。丸伊まるい貿易商社に勤めています」

「一流企業のOL嬢かあ。周りはエリートだらけでしょ」

「いえ、そんなことないです」


 ごく自然に、そんな会話を交わし、そして、マスターと浩成、由依の三人で他愛ない世間話をした。


 その内、他のお客さんが来たので、由依と浩成はお茶を飲みながら、二人でとりとめもない話に興じる。




「あ、もうこんな時間」

 気がつけば、午後八時を過ぎている。

「ご馳走様でした」

 薄い水色のニットのカーデを羽織りながら、由依はお勘定を済ませた。


「またおいでね」

 浩成がにこやかにそう言った。

 その笑顔は柔和で、愛嬌があり優しい。

「はい。また来ます」

 由依もにっこりと笑んでそう言うと、「茶人」を後にした。


 浩成さん、かあ。

 由衣は今、別れてきたばかりの浩成のことを思い出す。


 いいかんじ……だったよね。


 そんなことを思うと、自然軽くなる帰りの足取りを由依は一人楽しんだ。



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