第9話 「魔王様、地下迷宮攻略中。後半戦②」
前話のあらすじ:我が儘王女を調教しました。
上層に進むように進路を取る中、時刻的なこともあり、私たちはちょうど辿り着いた広間の隅っこにて休憩をとることにしていた。
その場にはすでにキノコテントが張られていたが、私は外にて、焚き火を前に壁を背に座り込んでいた。
「プリメラ王女。君は中に入らないのか?」
私の横にちょこんと座る王女へと話しかけると、彼女は両手で頬張っていた干し肉を呑み込んでから。
「……ワタシ、昔からキノコ汁って苦手で」
「なるほどな」
いまこの場にザオームの姿がないのは、現在進行形でテントの中で”栄養補給”をしているからだ。
彼女に勧められてきたが、さすがに遠慮した私は、こうして焚き火を前に食事中というわけである。
……まあ。
食事といってもアテナのように料理が出来るわけじゃないので、道具袋で保存している原材料を適当に火で焼いて、適当に調味料をかけるといった、大雑把なものだったが。
そのために味の保証は……言うまでもないだろう。
(お前の味が恋しいよ)
いかにアテナが重要な存在だったのかを、痛感させられるというものだった。
逆に、私は料理ひとつもできない女子力0だったんだな、と思い知ることに。
もはや仕方ないことだったが、落ち込みそうになる気持ちを紛らわせるように、会話を続ける。
「ギーノ君のキノコ汁、栄養満点だとザオームは言っていたぞ?」
「そうみたいだね。でもさ……すっごく苦かったんだよね!」
「苦い、か……」
「これが大人の味なんだって言われたけどさ……ワタシには無理だったよ」
「そうか」
「クレアさんは、あの味を知らないの?」
「私は、遠慮しているからな」
「じゃあ……ギーノ様に身を委ねる幸福感も?」
「……遠慮しているよ」
薄っすらと恍惚の瞳になった王女を前に、私は苦い顔に。
(興味がないといえば嘘になるが……でも、な……)
そんな私の言葉を受けて、プリメラは思い切り溜め息を吐いてきた。
「もったいないなぁ。ほんと、マジで人生観変わるよ? 今までのワタシって何だったのって感じ」
「そうなのか。確かに、ザオームに教育的指導を受けた後から君は、まるで別人みたいだしな」
「うん。今までのワタシってほんとバカだったみたい。ちっぽけだったよ。井の中の蛙って感じ? まあとにかくさ。あの体験はほんとにすごかったんだよね……」
しみじみ呟いてくる彼女の頬は、ほんのりと朱に染まる。
「……その、あれだ。ちなみに聞くだけなんだが、どういう感じなんだ?」
決してやましい気持ちがあったわけではなく。
純粋に興味本位というやつである。
問われたプリメラは、その幼い外見には不釣り合いな妖艶な笑みを見せてきた。
「うふふ……自分が自分でなくなってく喪失感。間断なく押し寄せる圧倒的な喜悦感。身体の感覚に心が付いて行けなくてパニックを起こしちゃう恐怖感。全部の感情がごちゃ混ぜになっちゃって……あとはただただ純粋に──中毒性の悦楽感」
「それは……なんとも、すごいな」
「クレアさんも”あれ”を一度経験したらいいと思うよ。もう思いっきり人生観が変わるから!」
「いや、さすがに私はいいよ……」
「もったいないなぁ。年増って変なところで守勢に回るトコあるよねぇ」
「……っ……」
無意識なのだろう。悪意は感じられなかったが……
私が思わず押し黙ったことで、その場に沈黙が。
失言だったことに何も気づいていない様子でプリメラが干し肉の咀嚼を再開。
私もあえて会話を続ける気もなかったので、焚き火で焼いた肉等を食べる。
「……あの、ね」
しばしの沈黙の後、何と気なしに王女が口を開いてきた。
「ドワーフ族ってさ、種族性から魔法とは相性最悪でしょ?」
「ああ、そうらしいな」
「でも、さ。ワタシってなんか魔法を使えるよね? しかもけっこうな実力者っぽい感じで」
「ああ」
「……周りからは『すごいだの』『天才だの』言われてさ、それはもうね、ちやほやされちゃって」
「まあ、そうなるだろうな」
「天狗に、なってたんだろうね……」
「……そうか」
王女からの告白に、私は内心では驚いてたりする。
ザオームがいないにも拘わらず、プリメラが反省の弁を口にするなど……
本当に彼女は、手段はどうあれ改心したということなのだろう。
「ワタシ、さ……みんなに酷い事いっぱい言ってたと思う……その時はなんとも思わなかったのに。みんな……許してくれるかな……?」
「んー……言葉で言ったとしても、すぐには伝わらないだろうな」
「……そっか。そうだよね……」
「これまで酷い事をしてきたという自覚があるのなら、そう簡単に許してもらえないってことはわかるだろう?」
「……うん」
「反省の弁を口にするよりも、行動で示してわかってもらうしかないだろうな」
「行動、かぁ……大変そうだね」
「まあ、仕方ない。それに本当に反省しているならば、きっと周りのみんなもわかってくれるさ」
「……そっか。うん、そうだよね……」
しゅんとなり、まるで借りてきた猫のような態度になるプリメラ。
私は表面上は平静を装ってはいたが、驚きを隠せなかった。
(ザオーム……お前、本当にすごいな)
というよりよもギーノ君が、なのかもしれないが。
と、そんなやり取りをしていると、キノコテントから当事者が出来てきた。
例によって、恍惚とした名残を纏っていたが。
メンツが揃ったことで、私と王女が食事をしながらも、今後についての打ち合わせを。
「せめて、他の冒険者と会えればな。ここが何階層なのかわかるんだが……」
あの貯水庫からこの広間までの間、冒険者には誰一人として遭遇することはなかったのである。
つまりは、ここまで潜ってきた冒険者はいないということなのだろう。
「キシシ……それだけ、下層に流れてきたってことなんでしょうねぇ」
「……でもさぁ」
プリメラが、疲れた溜め息を吐いてくる。
「自分らがどこら辺にいるのかわかんないのって、精神的にキッツいよね。あ~……太陽が見たい……」
「太陽、か……」
世界樹では壁をぶち抜いたことで拝むことができたが、さすがに地下迷宮ではそんな荒業が出来るはずもない。
下手をしたら地下水が流れ込んできて、それこそ今度こそ溺死してしまう。
「まあ、不安な気持ちはわかるが、生きてさえいれば何とかなるだろうさ。食料に関しても、当分は心配いらないしな」
言葉ではそう述べるものの、実際のところは私自身も不安を抱いていたりする。
しかしまあ、年長者ということで、不安を顔に出すような真似はしないが。
弱体化して落ち目の私とはいえ、なけなしの矜持くらいはあるということだ。
「食料、かぁ……でもさ、もしなくなっちゃったらどうしよう……」
「キシシ。ぶっちゃけ、別に食料が尽きても何の問題もありませんよ?」
揺れる瞳の王女の言葉を受けて、いつもの不気味な笑みを見せてくるザオームが、肩に担ぐキノコを示してきた。
「ギーノくんは魔力と体液を摂取することで、体内で栄養豊富な特殊な汁を精製するのです。ですから、ギーノくんが居る限り、私たちが飢え死にすることだけはないでしょう」
「魔力と体液……か」
私は顔が引きつってしまう。
最悪の場合は、手段なんて選んでいる余裕などはないのだろうが……
「キノコ汁……苦いよぉ……」
子供のように顔をしかめるプリメラに、ザオームが楽し気に笑う。
「キシシ! プリメラにはまだ大人の味は早いのかもですかねぇ。その点、クレア氏ならば私と同じく、好物になると思うのですがねぇ。一度味わうと、もう病みつきになりますよ?」
「おいおい、中毒性があるのか」
ならばなおの事、一度でも味わうわけにはいかないだろう。
まあ、興味がないわけではないが、だからといって……
一瞬でも”その光景”を想像してしまった私は、かぶりを振る。
(……早く、アテナたちと合流しないとな)
回避するには、それしかないだろう。
そんな私を、不思議そうな面持ちでプリメラが見てくるのだった。
※ ※ ※
「はあッ!」
『ギィイイィ……』
私の裂帛の一撃が決まり、上級蜘蛛が断末魔を零して床に崩れ落ちる。
私たちは現在、複数の上級蜘蛛と交戦状態だった。
天井が高い広間に出たところで、その天井から魔獣が降ってきて奇襲を受けたのである。
すでに天井に張り付いていたのかもしれないが、先行偵察をしてくれていたダミアンとはぐれた弊害、と言ってもいいだろう。
(ダミアンが居たら奇襲なんてまず起こり得ないからな……)
油断はしていなかったつもりだが、密偵職の警戒心ほどには、私たちは鈍感ということなのだろう。
改めてダミアンの存在感を痛感させられるというものだった。
ちなみに。
私たちの陣容は、ザオームが前衛であり私が中衛、そしてプリメラが後衛。
この陣容は、弱体化している私よりもザオームのほうが前衛に適任と考えたからであり、くだらない見栄を張るために前衛を務めて無理をするなど、愚の骨頂だからである。
数の利で劣る私たちなれど押し切られないのは、やはりザオームの存在が大きかったりする。キノコから伸びる触手の群れや広範囲を攻撃できるキノコ爆弾が、予想以上に効果抜群だったのだ。
どうにかザオームの攻撃圏内を突破してくる蜘蛛に対しては、中衛の私がしっかり対応。
負担をザオームに敷いている以上は、私も気を抜けないというものだった。
「こんのぉっ!」
王女が両手に持つ杖の先端が輝くや、解き放たれるは眩い光弾。
火炎球と違い、威力は低いものの速度が速い為に、いくら俊敏性が高い蜘蛛とはいえ、回避しきれないようで脚に命中する。
「ナイスだ!」
動きが鈍ったところへ私が踏み込み、蒼雷刃を一閃。
すでにザオームからダメージを受けており、尚且つプリメラの援護射撃もあるのだから、弱体化している私でもそれほど苦になるような戦況ではなかったりする。
とはいえ、息を切らしていないふたりとは対照的に、いつしか私は肩で呼吸するようにはなっていたが。
「キシシ! 無駄ですよ!」
蜘蛛たちが吐いてくる糸に対してキノコ爆弾をぶつけて豪快に一掃。
そして反撃とばかりに繰り出すは、触手の乱舞。
蜘蛛たちは近づくに近づけない様子で威嚇の咆哮を向けてくるも、触手とキノコ爆弾を前に完全に劣勢となっていた。
(さすが、と言うべきか)
私は、ザオームの戦闘センスに感心させられていた。
最初こそ上級蜘蛛の動きに苦戦していたものの、いまではすっかり対応しきれており、最初のような後手後手感がなくなっていたからだ。
それはプリメラも同感であり、威力よりも速度を重視した攻撃魔法に切り替えているあたり、センスがあると言えるだろう。
(若者ってのは上達が早いな……)
私とてまだまだ若者といえる(ような)年齢だったが、どうしてもやはり、弱体化の影響で必要以上に”老い”を感じてしまう。
そしてそれと共に常に脳裏に付きまとうは……一抹の不安。
(私は……自分が思っていた以上、あのふたりに依存していたんだな)
私の現状を理解して助けてくるアテナとダミアンと離れたことが、こんなにも不安感を抱かされるのは、まったくの予想外だった。
私は……本当に弱くなったのだろう。
戦闘力の面だけでなく、精神面においても。
遠慮なく頼れる仲間が傍にいただけに、頼っている内に、知らず知らずの間に依存していたのだろう。
(……まったく。こんな想いを抱いているなんて知られたら、アテナに墓場まで揶揄われ続けるな)
気持ちを切り替え、戦闘に意識を向ける──
………
……
…
ザオームの広範囲型攻撃とプリメラの的確な攻撃魔法、そして程よい感じの私の蒼雷撃により、その場の蜘蛛たちは殲滅されることに。
「もう! なんで上級蜘蛛ばっかなのさ!! ワタシたちって上層に向かってるんだよね?! だったら出てくるのは中級とかになってこないのっ?」
「いや、私にキレられても困るんだがな……」
「キシシ。しかしクレア氏。プリメラは核心をついたと思いますよ?」
「ん? どういう意味だ?」
「私たちは本当に、上層に向かっているのでしょうかねぇ?」
「それは……」
明確な下層へと繋がるようなスロープを通っていないのだから、これ以上は下層に降りるはずはないのだが……
しかし言われてみると、確かに妙ではあった。
というか、それ以前に気になる点があったりする。
「というか私たちは、下層に向かうスロープどころか、上層に向かうスロープにも出くわしていないよな?」
「あ! 言われてみればそうかも……」
「……キシシ。まさかとは思うのですが、上層に向かうつもりでいてその実、下層に向かっているのではないですかねぇ?」
「……上級種しか出て来なくなった以上、その可能性は高いな……」
「なんでっ?! 下層に向かうスロープを降りてないのに……っ」
愕然とした叫びをあげた王女がペタンとその場に座り込むや、子供のように手足をバタつかせてきた。
「もうヤ゛ダああああああああ! 疲れたよおおおおおおおおおお! 上級種は嫌いーーーーー!!」
「おいおい……」
「キシシ……まあ、気持ちはわかりますけどねぇ」
床に寝転がって独り暴れれる彼女は、とりあえずスルーでいいだろう。
私は顎に手を当てて考えて、ひとつの可能性を導き出した。
「もしかして下層部では、気付かない程に緩やかな傾斜ということか……?」
「ということは、私たちは道を間違えたということですかね?」
「かもしれない。ここまでの道中で、分帰路はいくつかあったしな」
「キシシ……では、早急に引き返したほうがよさそうですねぇ」
「ああ、そうだな。いまは一刻も早く、仲間と合流しないといけないからな」
頷き合った私とザオームがさっさと来た道へと引き返していくと、慌てて立ち上がったプリメラが非難の声を飛ばしてくる。
「ちょ! 置いてくとか酷くない!?」
「私とザオームの話は聞こえていたな? とりあえず、引き返すぞ」
「いや、だから……」
「キシシ。早く付いてきてください」
「あ~ん、もう! お姉サマとクレアさんのイジワルぅー!」
こうして私たちは、来た道を足早に引き返す──
※ ※ ※
※ ※ ※
「なんだよこりゃあ……」
地下10階層に到達した冒険者パーティは、愕然としてた。
三か国の共通部分であるフロアが、崩壊していたからである。
「おいおい……何があったんだよここで」
ここまで崩壊するなど、並大抵のことではないだろう。
想像すらできない”何か”があったことは、一目瞭然だったが。
「あれは川……地下水脈か」
一階層下を流れる急流を見やる。
「あんな所に落ちたら、どこに流れ落ちるかわかんねぇな」
「ってか、普通に生きてねぇだろ」
急流の先は暗い穴の中へと繋がっており、どこへ繋がっているのかは皆目見当もつかない。
「降りられそうか?」
「ああ、瓦礫の山をうまく伝えばなんとか……」
なんとか下へと降りる面々。
実質的には、地下11階層ということになるのだろう。
「「「…………」」」
瓦礫から人間らしき手足が見え隠れしていることに顔をしかめる面々。
魔獣にやられたのか、瓦礫によって圧死したのか。
まあどちらにしても、もはや生きてはいないだろうが。
「ふう……どうにか降りられたな」
「あっちの通路は塞がっちまってるけどよ、まだ生きてる通路がいくつかあるな」
「どうするよ? 戻るか進むか。これ以上進むのは、ヤバそうな感じだけどよ」
進退を悩んでいると、ひとつの瓦礫の山が動くや、そこから1体のアンデットが姿を現してきた。
「ん? なんだよ、なんでアンデッドが」
「赤銅色じゃねぇってことは、ロード種ってわけじゃねぇか」
「なら楽勝だべ」
剣を抜いたひとりが余裕の態度で近づいて行く。
「死にぞこないは、おとなしく埋まってろ」
次の瞬間、宙に舞うは赤い血糊だった。
「あ、が……」
振り落とした切っ先を砕いた骸骨の手刀が、冒険者の胸を貫いていたのである。
「「な……っ」」
絶句する面々。
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………』
絶命した男が倒れたことで、骸骨の眼下に宿る不気味な光が、残りの冒険者たちを見据えてきた。
逃がすつもりはない、という意思表示なのだろう。
「……ちっ」
動揺は一時だった。
伊達に危険を生業とする冒険者ではないのである。
己の得物を構えた冒険者たちの表情は、鋭いものへと。
「油断するなよ! こいつ、ただのアンデットってわけじゃなさそうだ」
「わかってる。あいつの二の舞は御免だからな」
警戒心を最大限にした冒険者たちと骸骨が、真正面から戦闘を開始する。
そんな戦闘の模様を、一階層上に位置する入り口から、のぞき見る別の冒険者の一団があった。
「おいおい……なんだよ、あのアンデットは……」
「あれは、ヤバいな」
「あんなバケモノが徘徊してるなんて話、聞いてねぇぞ」
ダメージが瞬時に再生する骸骨。
明らかに、自分たちの手に負える存在ではなかった。
「引き返すぞ。まだあいつらが生きてる内にな」
「だな。あいつらには悪いけどよ、見捨てさせてもらおうぜ」
「くわばらくわばら……」
眼下で繰り広げられる死闘をしり目に、その冒険者の一団はさっさと引き返すのだった。
勝利した骸骨は迷うことなく1本の通路へと消していきました。




