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第1話 「魔王様、狼少女のために決意する」

前話のあらすじ:黒エルフ国で狼少女と再会しました。

「で、どういうことなんだ? ウル」



 狼の少女──ウルと再会した私は、彼女が指し示す方向へと馬車を走らせながら、馬車内でちょこんと正座する彼女に問いかけた。


 ウルから「あいつらと距離が離れすぎるとまずいから走りながら!」と言われたものの、状況が分からない状態で下手な事態に巻き込まれると対応できないという判断から、私はアテナに絶妙の速度を命じていた。


 アテナからは「相変わらず無理難題を」と愚痴られるが、ちゃんと指示通りな速度を維持している。



「えっとね……」



 よほど喉が渇いていたのだろう。

 ウルは私が渡した水を一気に飲み干してから、一回だけむせてから答えてきた。



「お姉ちゃんが、連れてかれちゃったんだ」

「お姉ちゃんというと……レアンのことか?」

「うん……」

「詳しい状況を頼む」

「えっとね……」



 ウルの話によると。


 森の魔女宅にて姉と居たところ、村からの追手が来てしまい、戦闘になるもレアンが負けてしまい、そのまま連れて行かれた、ということだった。

 ウルは森の魔女が自宅に結界を張っていたおかげで難を逃れており。

 追手も、どちらかひとりさえ連れ帰れればいいらしく、レアンを拘束したことで無理に結界を破ることはせず、結果的にウルは見逃されたらしい。


 しかしウルは森の魔女の制止を振り切り、姉を助けるべく追ってきた、というのが事の顛末だった。


 ちなみにダミアンは、ウルと面識はあるがレアンのことは知らないものの、口を挟むつもりはないのか沈黙を守っていた。



「レアンが負けたのか……相手は、それだけの実力者ということか」



 彼女はかなりの実力者だったと認識しているだけに、私は驚きを禁じ得ない。

 それだけ追手側も本気、ということなのだろう。

 

 うつむいたウルは、ぎゅっと拳を握りしめた。



「勇者レオが相手だったんだもん。いくらお姉ちゃんが”獣化”したって、負けちゃうよ……」

「勇者……そういえば、以前言っていたな? 村に勇者がいると」

「……うん。根はいい人なんだけど、村のためになることには、全力を尽くす人なんだ」

「なるほど。それで、お前たち姉妹を追って来たってわけか」



 勇者という響きに、私は苦い感情を思い出さされる。

 種族は違うものの人族の勇者によって、私は弱体化してしまったからだ。

 だがそれとは別に、気になるワードがあった。



「”獣化”とはなんだ?」

「あたしたち狼族──その部族長の血筋にのみ受け継がれてる、特殊な力だよ」



 両手を広げて、身振り手振りで説明してくる。



「なんていえばいいのかな……別に狂戦士ってわけじゃないけどさ、一時的にこう……バビューン! って感じでさ、戦闘能力が劇的に向上するんだよね」

「それはすごいな」

「うん! とってもすごい能力なんだよ! 獣化ってさ!」



 自分のことのように自慢するウルに、私は改めて視線を向けた。



「ウル。お前は獣化できないのか? お前も部族長の血筋なんだろう?」

「……あたしは、まだ出来ないよ。いずれは出来ると思うんだけど……」



 いろんな意味で、まだまだウルは未熟ということなんだろう。

 まあ、無理もない。

 彼女はまだ幼い子供なのだから。



「そうか。……しかしだ。その獣化とやらを発動させても、レアンは勇者に敵わなかったということなんだな?」

「うん……大人数でお姉ちゃんひとりを取り囲むんだもん。あんなことしなくたって、レオさんなら一対一でもお姉ちゃんに勝てるはずなのに……酷いよ」

「そうか……それだけ強いレオという勇者すらもが、生贄を差し出さないと村を守れないという判断を下したってことか。ということは、レアンが言っていた”贅肉”とやらは、勇者以上ということなのか?」

「……んー……たぶんだけど、レオさんのほうが強いんじゃないかなー」

「ん? どういうことだ? その勇者の方が強いのならば、なぜ素直に要求に従う必要がある? 勇者とその”贅肉”は繋がっているということか?」

「たぶんレオさんは……”後”のことを考えて、要求に従うのが最善だと判断したんだと思う」



 ウルの口調からは、たとえ姉を攫ったとしても、そのレオ当人への悪い感情は抱いていないことが伺えた。

 このことから見ても、勇者レオとやらは、それなりの人格者、ということなのかもしれない。



「後、というのは、”贅肉”を倒した後のことか?」

「うん……”贅肉”──バモンズはさ」



 ウルは、答えるのに一拍の時を置いてから。 



「王弟なんだよね」



 予想外の発言をしてくるのだった。




 ※ ※ ※




「王弟……ということは、獣王コルモンデスの弟ということか?」



 獣人国の王であり、またの名を百獣の王として、広くその名を知られている獅子族の猛者である。


 さすがに魔族国と獣人国は距離が離れていることもあり、残念ながら魔王だった頃の私には面識はなかった。

 タイミングが悪かった、の一言と言えるだろう。

 獣人国への表敬訪問の準備を進めていた最中、私は失脚してしまったのだから。


 獣王に弟がいるという情報は耳にしていたが、詳細を知る前にすべてがご破算となっていたのだから、私がそれ以上の情報を知ることができなくても仕方がないのである。



 ウルは、こくりと頷いてきた。



「素行が悪くて王宮から追放されたって聞いたんだけどさ、王族だからってことで街ひとつを与えられたみたい。んで、そこでやりたい放題してるって感じ」

「なるほどな……そういうわけだったか」



 つまりは、王弟を倒せる実力がありながらも勇者レオがおとなしく従うのは、追放されたとしても曲がりなりにも王の弟を害した場合、王族に牙をむいたということで、獣王からの報復を恐れているということなのだろう。


 王の怒りを買うということは、国そのものを敵に回すということであり。

 ウルたちの村は、あっと言う間に潰されることだろう。

 だから……不平不満を抱きながらも、生贄を差し出す選択肢を選んだのだろう。


 仮に王弟の要求を蹴ったとしても、彼からの怒りを買うことで村の結末は変わらないだろうから、やはりウルとレアンのどちらかを生贄に差し出すしか、村にとっては方法がなかったのだろう。



「あたしたち狼族ってさ、少数民族なんだよね。だから大きな勢力には逆らえないってのはわかってるんだけど……でもやっぱり、嫌だったんだ」



 両手で持つコップをぎゅっと握り締めたウルは、暗い表情となって俯く。



「あたしが犠牲になれば村が救われるのはわかるけど……でも、でもやっぱり……あたしは……」

「ウル、そんなに自分を責めるな。嫌がるのは当然だ。むしろ、子供のお前にそんな重責を負わせた村に責任があるといえる」

「……でも、さ。そのことで村が危険になって、しかもお姉ちゃんがあたしの代わりに……」



 震える声で俯いたままのウルを前に、私はダミアンと目を合わせた。

 深刻そうな表情で無言で頷くことから、彼も私と同感なのだろう。


 つまりは……事は、思っていた以上に厄介、ということである。


 ここでレアンを奪還したとしても、ウルの村は何としてでも彼女たち姉妹を狙うことだろう。

 生贄を差し出さねば、王弟の怒りを買い、その結果として狼族の村が滅ぼされるからだ。

 かといって王弟を倒すと、百獣の王の怒りを買ってしまう……まさに八方ふさがりといえた。



(面識はないが……獣王コルモンデス。なぜ愚弟に好き放題させているのか……愚王なのか?)



 獣王の考えがわからない以上、下手な行動は出来ないだろう。

 最強魔王だった頃の私ならばいざしらず、いまの弱体化した私では、獣王と戦闘になった場合、万に一つも勝ち目はないのだから。


 とはいえ……


 このままウルとレアンの姉妹を見捨てるという選択肢も、私の中にはなかった。

 それに、生贄を差し出して生き残るというやり口も、正直なところ私は好きではないのである。



(そんな最低な村、滅んでしまえと思ってしまうが……)



 さすがにウルの手前、発言は控えたほうがいいだろう。

 仮にも、彼女にとっては故郷なのだから。


 それに、一概に村を非難することもできないだろう。


 彼らには彼らの人生があり、守るべきものがあるのだから。

 私と村の連中、どちらが正義であり悪、と簡単に割り切れる問題ではないのだ。

 私にとってはウルたちを犠牲にする村は悪と断定するが、村にとっては自分たちを滅ぼす原因を作る私を悪と断定することだろう。


 結局のところ、自分が信じた正義を貫き通した側が、望んだ結果を手に入れる、ということなのだ。


 なので。

 当然ながら私が優先するべきは、面識のない村の安否などではなく、親しくなったウルたちの幸せだ。

 生贄を選択した村に対する嫌悪──私情が多少なりとも挟まれているが、いまの私はただの冒険者なのだから、自分の正義を押し通すことに躊躇はないのである。



「アテナ」



 彼女の考えを聞きたく思った私が問うと、彼女は影馬を操りながら、皆まで言うなとばかりに。



「私はクレア様のご判断に従うだけです」

「……そうか」

「クレア……」



 ウルが心配そうな声と視線を向けてくる。

 落ち着いたことで、いまになってようやく気が付いたのだろう。

 今回の件が、私にとってはリスクが大きいということに。



「あの、その……」



 しどろもどろになって落ち着きがなくなったのは、自分の想いだけではなく、ちゃんと私のことも考えてくれてのことだろう。

 子供にそんな態度をとられては、さすがに私は苦笑いを隠せなかった。



「ウル、お前は運がいいぞ」

「ふえ……?」

「お人好しの私と知り合えたんだからな」

「クレア……?」



 目を丸くするウルに不敵に笑った私は、アテナとダミアンに向けて言う。



「レアンを奪還後、私たちで獣王の愚弟バモンズを始末しようと思う」

「ええっ!?」



 絶句するウルとは対照的に、私の反応を予測していたようで、アテナとダミアンはこれといって驚いた様子はなかった。


「クレアナード様なら、そう言うと思ってました。俺に異存はありません」

「クレア様、確認のためにお聞きしますが、本当にそれでよろしいので? クレア様が獣王の怒りを買うことになると思われますが」

「なに。愚弟を()った後、すぐに獣人国から逃げ出せばなんとかなるさ」



 今回の件、愚弟バモンズが生きているからこその問題であり。

 そいつさえいなくなれば、問題は解決するのである。

 逆をいえば、愚弟が生きている限り、レアンを奪還したとしてもこの問題が解決することはないのだ。



 解決するためには、誰かが手を汚さねばならないだろう。



 狼族が手を汚しては意味がなく、流れの冒険者である私であれば、さっさと他の国に逃げてしまえばそうそう追手が向けられることはないだろう、という判断だ。


 安易に他者の命を奪う行為は褒められたことじゃないが……愚弟が生きている限りウルたちが不幸になってしまうというのであれば、私は喜んで手を汚そうと思うのだ。

 むしろ逆に、魔王という立場じゃないからこそ、私が何をしたとしてもそれは私個人の問題であり、魔族国には何の影響もないのだから、私のいまの身分は都合が良いとも言えるだろう。



「クレア……ほんとにいいの? あたし、考えなしで助けを求めちゃったけど……」



 潤んだ瞳で見上げてくる狼の少女に、私はひとつ頷く。



「ただまあ、問題があるとすれば、勇者レオだな。ウル、お前は勇者と戦えるか?」

「ふえ? あたしも頭数に入れてくれるの?」

「その勇者の戦い方に関しては、お前のほうが詳しいだろう?」

「それはそうだけど……」

「まあ、同郷の者と戦いたくないというのであれば、無理強いはしないが……」

「ううん! あたしも戦うよ! レオさんには悪いけど、お姉ちゃんを助けたいもん!!」



 元気よく答えてくるウルには、何ら気負いは感じられなかった。

 恐らく彼女が気にしたのは、自分が戦力になるのかどうか、といったことなのだろう。


 勇者レオと初見の私としては、少しでもその勇者のことを知っている者の助力は得たかったのである。

 レアンを奪還する以上、間違いなく勇者とは戦闘になるだろうからだ。



(できればレアンにも戦力となってほしいところだが……)



 隙をついて奪還した彼女が協力してくれれば、私たちの勝率はぐっと上がることだろう。

 しかし……懸念があった。

 勇者と戦い敗北した彼女が、戦えるだけの体力を回復しているかどうか。



(アテには、しないほうがいいかもしれないな)



 無理をして彼女を先に奪還するよりは、脅威たる勇者レオを先に排除することを優先したほうがいいかもしれない。



 と、御者を務めるアテナから声がかけられてきた。



「クレア様。前方に、目的の集団が見えてきました」

「なに? 思っていたよりも早いな」

「どうやら、私の”影ちゃん”のほうが移動スピードは速いようですね」



 影馬のネーミングセンスが悪いな……と思いつつも今言及するべきことではないので、そのことについては触れない私へと、アテナが影馬を操りながら指示を仰いでくる。



「如何いたしますか? このままだと間もなく距離はなくなりますが」

「恐らくは、向こうも気づいているだろう。だったらこそこそしないで、堂々といこうじゃないか」



 御車席に移動した私は、前方を走る一団めがけて、火炎球を放っていた。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




「閣下。件の狼族から連絡がありました」



 豪華な造りの大広間にて、屹立する獣人が報告してきた。


 その大広間には何人もの多様な獣人が直立不動で壁際に佇んでおり、贅沢を極めている広間の中央には、何人もの薄着の女獣人をはべらせている人物が、大きな長椅子に深々と腰かけていた。


 でっぷりとした腹に脂ぎった顔。

 贅肉だらけの大柄な体躯。

 まさに肥満を絵に描いたかのような醜悪な獣人だった。


 立派な耳とたてがみが、ある意味では滑稽に映るのだが……その場には、そのことについて嘲笑する者は誰一人としていなかった。


 それは、その人物への忠誠からではなく。

 この場にいる者たちは、皆が、何らかの形で”甘い汁”を吸っているからだった。

 不況を買って、甘い汁を吸えなくなることを警戒してのことだったのである。

 それゆえに彼らは、内心で何を思っていようとも、沈黙を守る……



 贅肉の獅子族の獣人──王弟バモンズは、野太い指で傍らにいる女獣人の胸をまさぐりつつ、別の女獣人から果物を食べさせられながら、報告をもってきた獣人を横柄な態度で睥睨する。



「聞こうじゃないか。早く言え」

「はっ。では、ご報告させて頂きます。問題が発生したとのことで延期していた閣下との婚礼の儀についてですが、どうやら目途が立ったらしく、準備が終わり次第”花嫁”を閣下のもとに送ると。その時は事前にまた連絡をしてくるらしく、今しばらくは時間が欲しいとのことです」



 その報告を聞いて怒りを表現したのは、王弟ではなく、取り巻きたちだった。



「まだ時間を欲するというのか!?」

「どれだけ時間をかければ気が済むのだっ、あの少数民族は!」

「閣下のご慈愛とご慈悲を馬鹿にしおって!」

「閣下! これ以上待つ必要はありません! 配下の私兵を送り込み、あの少数民族の村を滅ぼしてから、花嫁を連れ帰りましょうぞ!」



 息巻く取り巻きたちだったが、それは上辺だけであり、王弟へのただのご機嫌とりである。

 そのために、王弟が軽く片手を上げるや、途端に沈黙へと。



「ぐふふ……別に構わんよ。所詮は、戯れで側室のひとりに加えようと思っただけのこと。”獣化”を我が血筋にとりれようと思ったのも、ただの思い付きだしな。そこまで是が非でもほしい能力じゃあない」



 にやりとイヤらしく哂う王弟には、余裕があった。


 獅子族は獣人族において、最強の種族なのである。

 そのために、”獣化”という特殊能力は別にあってもなくても構わなかったのだ。

 確かに”獣化”という能力は面白いものがあったが、族長の娘を側室に迎えたところで王弟自身が使えるようになるわけでもない以上、言葉通り、ただの戯れなのであった。



「まあ、焦らされた分、一日で()()()しまうかもしれんが……子さえ産めるならば問題はなかろうさ、ぐふふ……」



 下卑た笑みを見せる王弟のなんと醜悪なことか。

 しかしその場に控える者たちは、ひたすらにご機嫌とりをするのみであり、非難する者はいなかった。



 王弟の戯れに巻き込まれた狼族にとっては、非常に迷惑極まりないことだった……



王弟にとっては戯れの一環に過ぎないのでした。

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