第13話 「魔王様、世界樹に引導を渡す」
前話のあらすじ:”核”との戦闘です。
私とレイによる全力援護を背に、デモナが”核”めがけて特攻をしかける。
そんな私たちに応じるは、天井と壁から飛び出して来る枝の群れ。
私の蒼雷付与によりデモナの攻撃力が増しているために、彼自身が蒼刃で切り払い、切り捨てており、その彼の死角から強襲する枝の雨を、私とレイが確実に迎撃する。
しかし枝の数は無尽蔵であり、いくら迎撃しても次から次に新しい枝が伸びてきて、”核”へと近づけば近づくほどに枝の攻撃は苛烈なものになっていき、私たちの特攻は勢いがそがれていってしまう。
「ち……っ」
蒼刃で捌き損ねた枝の一本がデモナの頬をかすめすぎ。
「クレアナード様!」
「っ──私に構うな! デモナの援護を優先してくれ!」
脇腹が枝によって浅く裂かれた衝撃で態勢を崩した私へと駆け寄ろうとするレイを押し留め、私は踏み込むことで態勢を立て直し、飛来してくる枝を一刀両断に返り討ちにする。
レイは一瞬だけ不満そうな顔をしたものの、指示に従って先を行くデモナの援護へと。
彼女もわかってはいるはずなのだ。
ここで私の援護をしたところで、”核”を破壊しないことには意味がないことを。
(身体が重くなってくる……まったく不甲斐ないな)
自嘲したくなるが、いまは後回しだろう。
いま優先しなければならないのは、”核”の破壊なのだから。
気持ちを切り替えた私は枝の群れを切り飛ばしながら駆け出すと、間もなくして先行していたデモナとレイに合流する。
どうやら、私が欠けたことで枝の攻撃がふたりに集中してしまい、彼らは足止めされていたようである。
そんな彼らの身体の各所には、軽微ながらも真新しいダメージが。
(いまの私でも、被弾役は務められるみたいだな)
内心で苦笑いする私へと、枝を切り払ったデモナが非難の声を飛ばして来る。
「遅いぞ! いまはひとりでも欠けたら先に進めない! それくらいわかっているだろう!?」
「すまない」
「黒の近衛騎士! 言い過ぎですよ!!」
「いや、私の非だ。デモナは悪くない」
「ですけど……っ」
「慣れ合いはいい! いまやるべきことだけに集中しろ!!」
私が合流したことで枝の攻撃が分散したことで、鋭い声で吼えたデモナが突撃を再開した。
顔をしかめたレイが続き、伸びてきた枝を切り捨てざまに私も続く。
私とデモナが体捌きと蒼の斬撃で、レイは構える盾で防御してから白の斬撃で、間断なく襲い来る枝の群れを迎え撃ち。
そこで私は、今更ながらも気が付いた。
レイが武器にしている剣身が、薄っすらとした光に包まれていることに。
それにより、ただの鋼の剣では切り裂けない枝を割と簡単に切り裂いていたのである。
(魔剣の類だったのか)
まあ、彼女は王の近衛騎士なのだから、魔剣の一本は持っていても不思議ではないだろう。
現に、デモナですら氷の魔剣を所持していたのだから。
その後も私たちは、思いはそれぞれ違うものの一丸となって”核”へと突き進む。
しかし、そんな最中だった。
ダメージを負いながらも後少しで”核”へと到達できる距離まで来たところで、何の前触れもなく、”核”からの攻撃が突如として変化したのである。
”核”の頭上にある天井付近から、人型の頭が複数飛び出してきたのだ。
『『『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』』』
耳障りな咆哮と共に放たれるは、衝撃波を伴う魔力光線。
「「「な……っ」」」
咄嗟に回避行動をする私たち三人。
初撃はどうにか躱せたものの、枝からの攻撃に加えて頭上からの緩急ある魔力光線を前に、”核”が目前だというのに、私たちは思わず足が止まってしまう。
「くそ! ここにきて攻撃方法が変わるだと……っ」
「これじゃあ……一旦、後退しますかっ?」
忌々しそうに顔をしかめるデモナと焦慮の顔で指示を仰いでくるレイに、私は屹然と言い放つ。
「チャンスはこれ一度だと思った方がいい。向こうも追い詰められているからこそ攻撃方法が変わったんだ。ここで一気に決めるぞ!」
「わ、わかりました!」
「言われるまでもない!」
決死の突撃が再開される。
”核”まで後一歩なのだ。
ここまで来て後退してしまえば、消耗を隠せなくなってきている私たちには、もうチャンスはないだろう。
後方にて枝への応戦で手一杯となっているドラギアたちからの援護が期待できない以上、ここで無理をしてでも決める必要があったのだ。
”核”にとっても後がないことは理解しているのか、私たちへの攻撃が今までにないくらいに苛烈なものへとなってきた。
枝を切り払い、切り捨て、切り飛ばし。
頭上からの魔力光線は受け止めることはせず、回避に専念。
しかし劣悪なことに、魔力光線が穴を開けた床から新たな枝が飛び出して来るために、このまま悪戯に時間をかけては、手数に劣る私たちが不利になるのは目に見えているだろう。
私と同じ判断をしたのだろうデモナが、手早く白銀の鎧を脱ぎ捨てた。
「デモナ? お前、何を……?」
「動きづらい!」
「それはそうかもしれないが……」
「クレアナード! これから俺は特攻をしかける! 背中は任せたぞ!!」
「なに──」
私の返答を待たずに、目つきが変わったデモナが氷の床を疾駆する。
その彼へと枝の群れと魔力光線が襲いかかっていき──
「一方的だな! くそ!!」
急いで駆け出した私は、デモナの背中を狙う枝を切り飛ばすものの、私めがけて頭上から飛来する魔力光線に対して対応が遅れてしまう。
回避しようとはしたのだ。
しかしながら、ここにきて疲労感から足に力が入らなかったのである。
弱体化の影響……であった。
「しま──」
「クレアナード様!」
私を突き飛ばす形で場所を入れ替わったレイが盾をかざすが、魔力光線の威力はやはり高かったようで、盾が粉砕されていた。
「あぐう……っ」
咄嗟に光る剣で直撃は避けたようだが、その衝撃まで殺しきれなかったらしくレイが大きく弾かれる。
彼女に救われた私だが、礼を言う暇はなかった。
ひたすら特攻するデモナの死角から、一本の枝が急襲していたのだ。
彼は全神経を前方に向けているために気付く様子もなく──
「間に合ぇえええええええええええ!!!」
距離的に疾走しても間に合わない私は、その場から蒼刃を投擲。
その一撃は見事、枝を撃墜することに成功するものの。
無手となった私へと、狙ったように枝の群れが群がってくる。
「無手だからと舐めるな!!」
指輪からの魔力を使い、上級魔法にて枝の群れを爆砕・それでも襲いくる枝に対しては、腕輪を発動して物理の盾を出すことで防御する。
しかし枝の攻撃は止まることなく、攻撃と防御の手段をなくした私へと襲撃が敢行され。
牽制で自身の魔力による攻撃魔法を放つものの、所詮は下級のために何ら効果を得られなかった。
「く……っ」
打つ手がない私は、どこまで効果があるかわからないが両腕でガードしようとするも──その瞬間。
私へと群がってきていた枝の群れは、私の影から飛び出してきた影の手によって拘束されていた。
「アテナ……?」
見ると、全身を貫かれているアテナが、私と目が合うとグッと親指を立てた後、その姿が掻き消える。
自身の防御よりも私の安全を優先してくれたのだろう。
そして限界が来たことで、彼女は精神世界に戻ったというわけだ。
「……助かったぞ。アテナ」
私が呟くのと、ほとんど同時だった。
「っおおおおおおおおおおおおお!」
裂帛の声と共に、デモナが”核”へと肉迫していた。
その彼へと頭上や壁から無数の枝や魔力光線が撃ち込まれてくる。
もはや誰も彼を援護する者はおらず──
しかし。
突如として彼の動きが変わったかと思うと、騎士とは思えない機敏な身のこなしでもってそれらの攻撃網を搔い潜り、ついには”核”へと到達。
そのまま蒼の斬撃が宙に軌跡を描き──
”核”が、真っ二つに両断されていた。
※ ※ ※
”核”が破壊されたことにより、部屋には静けさが戻っていた。
ほっと安堵の息を吐く面々。
天井や壁から伸びていた枝は朽ちて枯れ果て、天井から出ていた人型の頭部も落下してきて、ぐしゃっと叩き潰れていた。
「やれやれ……一時は、どうなることかと思ったわい」
「ご無事ですか、ドラギア様」
近衛騎士の顔に戻ったレイが腰をトントン叩くドラギアへと駆け寄っており。
「予想以上に”難敵”だったな……」
傷だらけのドーエンスが顎を伝う汗を拭う。
「……難敵……」
彼の言葉を耳にした私の脳裏に、ふいにある言葉が甦る。
──難敵を倒した瞬間こそが、最大の隙となる──
うまく説明できないが、第六感とでも言おうか。
私は即座に動いていた。
”あいつ”の手口を知っていたからこそ、私の動きには何の迷いもなかったのだ。
直後に上がるは、金属音と蒼の火花。
ドーエンスが絶句する。
無理もないだろう。
今まで臣下だと思っていたデモナが、前触れもなくいきなり彼へと切りかかっており、寸前で飛び込んでいた私がその斬撃を真っ向から受け止めていたのだから。
「な……ど、どういうことだ!? デモナ!!?」
ドーエンスの驚愕の声を耳にしつつ、”デモナ”と蒼の刃をかみ合わせている私は、冷静な声音で問いかける。
「いつから入れ替わっていた? ──暗殺者ウーア」
そう。
デモナを装っているこの男は、紛れもなく暗殺者ウーアだったのである。
いまにして思えば、彼の言動にはいろいろと違和感があったと言わざる得ないだろう。
アテナにあれほど執心だったというのに、無関心とさえいえるほどの態度だったのだから。
私にちらちらと視線を向けていたのは、私に不意打ちを食らわせるためではなかった、というわけだ。
”デモナ”という演技を辞めた暗殺者は、軽い動作で肩をすくめてきた。
「さて、いつからだろうな?」
トボけてくる彼を前に、私は考える。
デモナがひとりきりとなった時だろうから……
「……そうか。あの時か」
世界樹に向かう道中で、休息をとっている時にデモナが街道に隣接する森へと、トイレの為に入っていったことがあったのを思い出す。
タイミング的には、あの時以外には在り得ない。
その時から、この暗殺者はデモナとして暗殺のチャンスを伺っていたということなのだろう。
「予定では、もっと早くに始末するはずだったんだがな。お前を少しでも見ていたいという欲求に負け、ずるするとここまで来てしまった」
自嘲的にデモナの顔で笑う暗殺者は、改めて私を見直してきた。
「クレアナード。なぜ、俺が”そいつ”を狙っていることに気が付いた?」
「勘、としか言えないが……前に、ドーエンスを突き落そうとしたレイと鉢合わせしたことがあっただろ。あれはもしかして、お前も突き落そうとしたんじゃないのか?」
「ククク……お見通しというわけか、さすがだな」
「……暗殺者よ。本物のデモナはどうした?」
問いかけるドーエンスの声は厳しかった。
返答次第では、ただちに攻撃するとばかりに戦闘態勢を取る彼に合わせるように、ドラギアやレイ、白エルフたちが暗殺者を取り囲む。
しかしすぐに誰もしかけないのは、”核”との戦闘による消耗が大きいためだ。
周りを取り囲まれる状況の中、暗殺者は何ら動じた様子もなく、平坦な口調で応えてきた。
「簀巻きにして森の中に転がしている。俺は依頼以外の無用な殺しはしない主義だからな」
「デモナは……無事なのか?」
「魔獣の餌になっていなければな」
「貴様……っ」
もはや他人事のような言い回しに、ドーエンスが憤慨する。
「依頼主を吐くとは思えんしな。生きてこの場から出られると思うなよ!」
「ククク。威勢がいいようだが、果たしてお前に俺を倒せるのかな」
「カッカッカ、空気が読めぬ暗殺者よ。儂らがいることを忘れておらぬか?」
「偽物である以上、容赦なく斬ります」
ドラギアが片手を、レイが切っ先を、暗殺者へと向けた。
ボロボロの状態ながらも、白エルフたちも逃がすまいと身構える。
「ふう……これでは、依頼失敗だな」
まるで危機感を抱いている様子のない暗殺者は、溜め息を吐いた後、私へと目を向けてきた。
「まさかお前に邪魔をされるとは思っていなかったが、まあお前にならば、俺の経歴に傷をつけられたとしても許せるがな」
「……余裕だな? いまのお前には、もう逃道はないぞ」
「クレアナード。まだ俺のことをわかっていないようだな?」
にやりと笑った暗殺者の手には、まるで手品のように黒い球が現れており。
それを無造作に床に落とした刹那、たちまちその場が煙幕に包まれる。
「「「──!?──」」」
突然視界を塞がれ。
しかも突然の煙の為に、吸い込んてでしまった一同がせき込む中。
「クレアナード」
煙が立ち込める中、ふいに私の眼前に顔を見せた暗殺者が、抵抗する間もなかった私の唇を奪っていた。
「──っ!?」
一瞬何が起こったかわからなかった私だが。
すぐに我に返ると、暗殺者の唇をかみ切っていた。
顔をしかめ私から顔を離した暗殺者は、唇から血を流しながらも満足げに笑む。
「いまは、これだけで我慢しておくとしよう。また会おう」
その言葉を残し、暗殺者の姿は煙の中へと消えていった。
やがて爆煙が晴れると、もう彼の姿はどこにもなく、私を除く一同がキョロキョロと周囲を見回す。
私は……無意識に自分の唇に触れていた。
(あいつ……なんだかんだで、私を守ってくれた、ということか……?)
”核”とは激戦だったのだ。
依頼を優先するならば、そのドサクサに紛れてドーエンスを殺れたはずなのだ。
しかし彼は結局、最後になってから行動に移していた。
それが手口ということあるが、効率的とはいえないだろう。
(馬鹿か私は。暗殺者のあいつを良く評価するなど……)
ふいに唇を奪われたことで、思わず動揺しているのだろうと判断する。
私もいい歳のくせに……まだまだガキである。
ただ、ひとつ言えることは。
あの暗殺者──ウーアがいなければ、”核”を破壊できていたかどうか。
魔族領で彼に狙われていなければ。
そして彼に執心されていなければ。
今回の件は、どうなっていたかわからないだろう……
(めぐり合わせ……か)
複雑な心境に、私は悩まされることに。
「まあ……なにはともあれ、だ」
居住まいを正してきたドーエンスが、私へと近寄ってきた。
「クレアナード、俺を守ってくれたんだな」
純粋に感激してくる彼に、私は苦い顔で。
「……そういう依頼だったしな」
と、答えるのみだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
その魔物は疲れ果てていた。
神々の戦いの中、最前線にて矢面に立っていた魔物は、長きに渡る戦いにより、心身ともに疲弊していたのである。
だがやがては。
その魔物の奮戦も空しく、主側の敗北という結末を迎えることに。
生き残った魔物は──生き残ってしまった魔物は、敗北の悔しさよりも安堵感を覚えていた。
これでようやく安らかになれる、と。
安堵する魔物は、深い深い眠りにつくことに……
………
……
…
眠っていたために、どれほどの年月が経ったのかは定かではなかったが。
夢現の中、魔物は違和感を覚えた。
しかし取るに足らない事だったために、魔物はこれといって気にすることもなく、寝返りを打つのみ。
………
……
…
眠りの中、再び魔物は違和感を覚えた。
同胞の気配が間近で感じられたためだ。
それと同時に、魔物は非常に不快感を味あわされることになる。
その同胞が無遠慮に侵食してきたのである。
そのせいで叩き起こされることに。
長きに渡る気持ちの良い睡眠を邪魔されたことによる怒りと、寝ぼけていたこともあり。
魔物はうろ覚えだったが、自身をかじった種族へと怒りの矛先を向けることに。
しかしすでに身体は大地と一体化していたことで、その場から動くことは出来なかったが。
その後は、流れ作業だった。
もとより、その魔物にはもう何の目的もなかったのである。
主が去った以上、自分には何の使命もないのだから。
なので、ただただ早く眠りにつきたかった。
しかし叩き起こされた影響からか、なかなか寝付けない。
苛立ちから、少しだけ暴れる。
そんな最中、自分の体内を突き進む一団を認識した。
一刻も早く寝たいのに、体内を動き回る”虫”のせいでムズ痒く、よけいに寝られない状態に。
虫を排除するべく動くものの……予想外に、自分が倒されることに。
それでも魔物は、満足感を覚えていた。
これでようやく、安眠を得られるからだ。
これでもう二度と、誰にも邪魔されることはないだろう。
神々の時代は終わり、そして自分の役目も終わったのだ。
だからもう、自分は眠るだけでいいのである。
あの長きに渡る戦いで、疲れ果ててしまったのだから……
後に残るこの身体は、もはや大地と同化しているために、このままただの樹木としての形を残すのみだろう。
まあ、残った身体がどうなろうが、もう魔物にとっては関係ないことだったが。
そして魔物の意識は、安堵感と共に、二度と覚めることのない夢の中へと沈んでいくのだった。
世界樹は普通の樹木と成りました。




