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幼馴染と婚約破棄したい騎士団員

作者: 桜草 野和

 ヴィオティーネ王国の騎士団に入隊してから3年。


 首都ラディディアから北西に80kmほど離れた生まれ故郷のレイル村に、俺は久しぶりに帰省した。


 幼馴染で恋人のエマに、婚約破棄を伝えるために……。


 道中で魔物に襲われていた商人を助けたこともあって、レイル村に着いた時には、すっかり夜が更けていた。


 故郷の匂いはどうして、まだ帰って来たばかりなのに、またここから離れる寂しさを感じさせるのだろう。


 今すぐ会いに行きたいけれど……。


 今日は小川近くで野宿して、明日の朝、実家に帰り、エマに会いに行くことにしよう。


 小川の水で顔を洗う。まだ暑いこの季節。冷んやりとした川の水で顔を洗うだけで、だいぶさっぱりとする。

 このきれいな水が、血で汚れぬように守らなければならない。


 俺は川魚を手掴みで獲ると、火の魔法を使って丸焼きにする。

 器用な方で、専門は剣士だが、中級程度の魔法なら使うことができる。


「うーん、旨いっ!」


 レイル村の川魚はあいかわらず絶品だ。臭みがなく、身の味が上品でほのかな甘みが癒しを与えてくれる。


 エマと食べたかったな。美味しすぎたので、明日まで川魚を食べるのを我慢すればよかったと後悔した。


「ああ、やっぱり、ここにいたー。ズルいなー、ライルだけ食べちゃって」


 エマ、変わらないな。瞬間的に子供の頃に戻った気分になる。


「私はライルが帰って来るの何も食べないでずーっと待っていたんだからね! 一緒に食べようと思っていたのに、もう、ライルのバカ!」


 エマは雷の魔法を俺に食らわせようとするが、小川に落雷が直撃する。

 エマの魔力は極めて高かったが、命中率の低さが難点だった。


 感電死した川魚たちが、浮き上がって来る。


「よし、狙い通りだわ。ライル、私の分も魔法で焼いてちょうだい。お腹空きすぎて、お星様がお肉に見えるわ」


 はいはい、わかりましたよ。俺は川魚を集めると、エマのために魔法で焼いてあげた。



「ああ、お腹いっぱい。ゲポッ。おっと失礼。お帰り、ライル」


「ただいま、エマ」


 本当に美味しそうに川魚を食べるエマを見ている幸せな時間だった。


「戦争になるのね」


 もうこんな片田舎の村にまで噂が広まっていたのか。


「私、未亡人になるのは絶対に嫌よ」


「だから……」


「でも、ライルと結婚できないのはもっと嫌だからね」


「きっと長い戦争になる。いつ死ぬかわからない。エマとの結婚はでき……」


「あのね、ライル。魔法を教えてくれたケイト先生が、寝言で死の魔法を唱えてしまって亡くなられたことを覚えているでしょ。戦争になって戦うことになろうが、田舎の村でのんびり暮らしていようが、いつどうなるか誰にもわからないわ」


「でもさ、この戦争は間違いなく大勢の犠牲者が出る」


「ライル、今すぐ私と結婚して! 教会に牧師さんを待たせているわ。荷造りだってもうしてある。ライルの奥さんになって、一緒にラディディアに行くんだから。もし断ったら、私、ルドルフと結婚するわよ! この3年間で5回もプロポーズされているんだから」


 なんだって! この一帯を治める伯爵子息のルドルフと結婚するだと! あいつの女グセの悪さは有名だ。あんな奴にエマを奪われてなるものか。


「エマ、教会に行くぞ!」


「はい」


 俺はエマの手を引っ張って、教会に向かって駆け出した。エマはローブの下に、ウエディングドレスを着ていた。



 教会には、牧師さんだけではなく、俺とエマの親族をはじめ、たくさんの村人たちが集まっていた。


 俺とエマは誓いのキスを交わし、永遠に結ばれる夫婦となった。

 結婚初夜は大切な思い出となったが、俺とエマの結婚を祝してどんちゃん騒ぎしている村人たちの声も入れ混じっている。



 結局、戦争は起こらなかった。

 俺が魔物から助けた商人が、実は敵対国の使者で、和平を申し伝えてきたのだ。


 もし、俺がエマに婚約破棄を伝えるために帰省していなかったら、戦争になっていた。


 俺はその功績が認められ、騎士団の副隊長に任命された。


「お帰り、ライル」


「ただいま、エマ」


 愛には不思議な力がある。それをコントロールすることはできないけれど、信じることはできる。


「ねぇ、見て、ずっと晴れているのに虹が出ているわよ」


「ああ、この虹はね、泣いている子供を見かけた時、大賢者様が架ける虹なんだ」


「ライル、私たちもちゃんと泣こうね」


「えっ?」


「ケンカする時はケンカして、ちゃんと泣こうね。ちゃんと笑えるように」


「うん。今日のご飯は何?」


「目玉焼きとゆで卵とTKG。私、優しいでしょ。ライルがすぐ食べられるようにTKGにしておいたから」


「またこの組み合わせか……」


「何、私のメニューに不服でも?」


 近くの時計台に雷が落ちる。


 エマとケンカする時は、街から出ないと周りに迷惑をかけてしまうな。


「美味しい」


「でしょ〜」


 エマと一緒に食べるご飯は本当に美味しい。


 なぜなら、エマは本当に美味しそうにご飯を食べるから。

 そんなエマを見ながらの食事は、いつも幸せな気分になる。


「エマ、最近ちょっと太ったよな」


「…………」


 あれっ、急に雨雲が。


「ライル、私、未亡人になるかもしれない」


「えっ?」


 エマの言う通り、戦地にいようが、新婚の食卓にいようが、どこに危険があるかわからない。


 ドドドドーンッ!


 砲弾ではなく、落雷を回避せねば!

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