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八話 『宮仕えノ憂鬱』 一五五三年・土田弥平次



 あぁ、本当に大変だと思う。


 宮仕えは、武士の家業は、私にとっては性が合わないと常々思っていた。武家の子息として生まれてしまったからにはこの生き方しか出来ないのはわかっているけれども、やはり私はそう思ってしまう。



 きっと、私は武士には向いていない。




 織田家中の面々が揃った評定の間で、私は憂鬱な気分でそんなことを考えていた。


 

 普段は閑散としているこの評定の間も、有力家臣が一堂に揃ったとあって冷たく張り詰めた緊張感に包まれていた。


 本日は、侍大将以上の者が全員集まって行われる評定の日。織田家における最終決定の場とあって、私も何度もこの場に座らせてもらっているけどもこの物々しい雰囲気には一向に慣れやしない。


 上座から見て左には、先代から織田家に仕える古参のお歴々が並んでいる。


 織田家の筆頭家老、林 佐渡守(さどのかみ)様。


 その弟の林 美作守(みまさかのかみ)様。


 『鬼柴田』の通り名を持つ織田家最強の勇将、柴田権六勝家様。


 『退き佐久間』こと佐久間信盛様。



 一方右側には私たち母衣衆の面々が、古参のお歴々と向かい合う形で並んで座っていた。


 母衣衆最年長の河尻与兵衛秀隆殿。


 母衣衆随一の知恵者で殿の参謀を務めている『五郎左』こと丹羽五郎左衛門長秀。


 最年少でありながら血気盛んで誰よりも功名を追い求める佐々内蔵助成政。


 内蔵助と同い年で、槍の名手の『犬千代』こと前田又左衛門利家。


 殿の乳兄弟である池田勝三郎恒興。


 そして末席に私、土田弥平次。



 古参の家臣と私たち『母衣衆』。向かい合う二組は今の織田家臣団を内情を表しているかのようだった。


 『母衣衆』とは殿直属の親衛隊だ。古くから織田家に仕える古参のお歴々とは違って、私たちは殿自ら見出して鍛え上げられた生え抜きの家臣で、その出自は家を継ぐことの出来ない次男や三男が多かった。


 だから自らの家を背負い長年織田家に尽くしてきた古参の方々は、私たち母衣衆のことを侮っているような節がある。


 それは殿の独断で功もない半端者を重用することに対する反発のようなものだ。


 また母衣衆の者は自らの腕だけを頼りに殿の下で一旗上げようと集まった若者ばかりだから、『織田』という家に仕えているというよりも『織田信長』という主君に仕えている意識が強く、それも古参のお歴々との溝を深めている一因だった。


 そしてもう一つ、織田家中を二つに割る要素がある。



「・・・遅い。兄は、いらっしゃらないのか」



 左側、古参の列の一番前で殿と良く似た顔立ちのその方は主のいない上座を眺めながら、そんなことを仰った。家臣がみな揃っているのにも関わらず一向に始まらない評定に、少し苛立っているようだった。


 先代織田信秀公の次子。同腹の、殿の弟君。



 織田勘十郎信勝様。



 末森城を居城とする勘十郎様は殿につぐ第二の実力者で、家中でも勘十郎様を評価する声は多い。


 若い頃から『尾張の大うつけ』と呼ばれて粗暴が多かった殿と比べて(当主となった今では大分マシにはなっているのだが)勘十郎様は対照的なほど礼儀正しく『品行方正』という言葉が似合う、まさに武家の御曹司の鏡のようなお方だ。


 家臣団の中でも勘十郎様に期待する者は多く、特に古参のお歴々は勘十郎様を支持する方がほとんどだ。中には「家督は信長様よりも勘十郎様がお継ぎになった方が良かったのでは?」などと公言する方もいるほどで。


 佐渡守様も柴田様も勘十郎様付きの家老だ。その影響力はとても大きい。



 織田家臣団は私たち母衣衆を始めとした『信長派』と、古参のお歴々を中心にした『勘十郎派』の二つの派閥に分かれてしまっている。



「・・・もう待てぬっ!! 殿はいずこにおられるのだ!?」



 当主不在の評定にとうとう佐渡守様は痺れを切らして、大声を上げる。


 そして末席に座っている私を睨みつけると、佐渡守様は鬼のような形相で「土田っ!!」と名を呼んだ。



「どうなっているっ!! ぬしは殿の目付けであろうっ!!」



 あぁ、やはり私に叱責が来るのか・・・


 わかっていたが、やはり怒鳴りつけられると憂鬱だ・・・



 私は不服な感情を表に出さないよう努めながら、何も言わずに平伏する。



「申し訳ございませぬ。殿にはきちんと、本日の評定のことはお伝え申し上げたのですが・・・」



「殿は何をしている!?」



「今朝早く、津島へ馬を走らせたきりで・・・」



「わからぬとっ!? おぬしはそれでも目付けか!! これだから『美濃者』は!!」



 『殿の目付け役』など、姫様が勝手に決めた名ばかりの役目でしかないではないか・・・


 内心疑念を抱きながら、佐渡守様の怒号を私はただ「面目次第もありませぬ」と頭を下げながら耐え忍ぶ。


 いつものことだ。


 殿の突拍子な言動に、何度頭を下げてきたかわからない。本当、私は損な役回りを仰せつかってしまったと思う。


 殿と、古参のお歴々。その間に入って、なんとか穏便に事が進むよう調整して・・・


 そういった家中の小政治は、正直不得手だ。私は五郎左のような知恵もなければ、与兵衛殿のように人付き合いの立ち回りが上手い訳でもない。これといった武功も武辺もない私では、犬千代や内蔵助のように槍一本でみなを黙らせようなどという気概もない。


 本当、私は武士に向いていないのだ。



 それでも織田家中で侍を続けているのは、殿のお側に(はべ)らせていただいているのは、



 殿を、『織田信長』という主君を、私は心の底から好いているからなのだと思う。



「っ、評定があると知っていながら津島に物見遊山・・・? 殿は評定を何だと思っておられるのか・・・当主としての意識がなさすぎる・・・」



「お気持ちはわかるが、家中のみながいる前でそのような言葉は慎まれよ。佐渡殿」



「しかし柴田殿・・・今、織田家がどのような状況かわかっておらえよう。鳴海の山口めの裏切りに、清洲と岩倉の離反・・・ただでさえ尾張が不安定極まりないときに、当主がこのような様では話になりますまい!!」



 殿がいないのをいいことに、佐渡守様は日頃溜まっていた不満を全て吐き出すように怒鳴り上げていた。


 だが、佐渡守様が仰っていることは至極正論で。



 先代の頃から南尾張を支配し『尾張の虎』と名を轟かせていた織田家は、殿の代になってその勢いは急速に低下していた。いや、はっきり申すなら織田家は内部から崩壊しかかっていた。


 元々尾張は先代信秀公一人の実力と実績でまとまっていたところが大きく、『大うつけ』などと呼ばれた殿の家督継承に反発する者は少なくなかった。


 鳴海城の山口教吉は織田を見限り駿河の今川に鞍替えしたし、織田一族の枝分かれである『清洲織田家』の織田信友、『岩倉織田家』の織田信安は殿に敵対を示した。


 現在の尾張は殿の『織田弾正忠家』と清洲、岩倉、それに鳴海と通じた今川による内乱状態になっている。



 そして、その原因もはっきりとしている。


 若くして跡を継いだ殿に、織田家当主としての統率力が足りていないからだ。


 先代と比べて、どうしても未熟者と侮られてしまっているからだ。



 尾張の国主としての成果と実績が殿には必要だ。


 周りが織田信長という人物を『尾張の王』と認めるほどの、実績が。



 だから佐渡守様が焦る理由も、つい声を上げてしまうお気持ちも理解は出来る。


 ただ、それが当の殿に届いているかというと・・・難しいところだった。



「佐渡、権六、それくらいにしておけ。この場でいくら文句を垂れた所で、兄がいないことは変わらぬ。詮無いことだろう」



「はっ」



「申し訳ありませぬ、勘十郎様」



 勘十郎様にたしなめられて、佐渡守様も柴田様も口を慎む。



「とにかく、当主が不在では何も決められぬ。今日はこれで仕舞いとし、また近くにもう一度評定を開くのはどうだ、佐渡?」



「勘十郎様がそう仰るなら、致し方ありませぬな・・・」



「母衣衆の面々はどうか?」



「構いませぬ。勘十郎様や林様方の都合が合うのなら、我々はそれに従いまする」



 勘十郎様に問われて、与兵衛殿が母衣衆を代表して答える。



「後々のことは兄と話し合ってから追ってみなに沙汰するゆえ、また集まるように。本日は兄に代わりこの勘十郎が仕舞いとする」



「「はっ!!」」



 終わりの言葉を述べる勘十郎様に、評定の間にいる者すべてが一斉に頭を下げた。


 形式的なだけのものとはいえその光景はまるで全員が勘十郎様に平伏しているようで、勘十郎様の統率力を示しているようだった。


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