八十一話 『天ノ邪鬼』 一五六十年・吉乃
「大丈夫ですよ、殿様!!」
私は、目いっぱいに明るい笑顔をつくって、元気よくそう口にした。
「殿様は、今川に負けたりなどしません!!」
太鼓判を押すように。
私は胸を張り、自信をこめて殿様にそう申し上げたんだ。
大丈夫だ。殿様には、私がいるから。
「稲生原のときも、倍ほどの信勝の軍勢に殿様は勝ったではないですか。それも、美濃の騒乱で大変だったあのときに、です。それに比べれば今川がなんですか。此度も必ず勝ちますよ、殿様なら」
それに、あの頃とは違う。
あの戦は尾張が割れた内乱で、林柴田といった殿様に弓引く家中も武士がいた。殿様にお味方する者も少なかった。
今は、違う。殿様は尾張国を平定なされて、みなが殿様の味方だ。この尾張に住むみなの力が合わされば、今川ともきっと充分に戦える。
そんな話を私は力強く殿様にお伝えすると、殿様はふっと軽い笑みを零されて
「そうだな、何も問題はない」
殿様は、ぐっと顔を近づけて私の顔を覗き込む。
突然のことに、私は驚いて。
急に殿様の端正なお顔が近くに来るから、胸が高鳴る。
殿様っ、なに・・・!?
「俺には、お前がいる」
えっ・・・
「勘十郎の軍勢も一人で打ち破った女だからな。お前ならば、今川の大軍も一人で打ち破ってくれるのだろう?」
って、はぁ・・・!?
「ちょっと、殿様!! 私をなんだと思っているんですか!?」
殿様まで、町の噂みたいなことを言って・・・っ!!
あなたさまが好いた女でしょう!?
その物言いは、少し酷くありませんか・・・!?
「この信長すら裏で統べる、尾張の女傑であろう?」
「違います!! 私はあなたさまのお子を三人も産んだ、か弱い女です!!」
まさか、己の主人にすらそんなことを言われるなんて・・・!!
腹を立てている私を見ながら、殿様は可笑しそうにくくっと腹を抱えて笑っていた。
この男・・・全てわかっていて私をからかって楽しんでいるな・・・
本当、こういうところは相変わらず無邪気な人なんだから・・・
普段は厳格なお殿様だけど、こうして二人きりでいる時だけは、まことの信長さまを見せてくださる。
国主さまじゃない。『天魔』なんかじゃない。
人の子としての、織田信長というお方の本当のお顔を。
その『お顔』見せるのは、殿様にとっては二人だけ。
私と、弥平次さまだけなんだって私は知っている。
だから私はいつもこのように殿様にからかわれることが多いけど、やっぱりどこか憎みきれないんだ。
それが殿様にとって、愛情の裏返しであることを知っているから。
「くく・・・自らか弱いなどと申して、恥ずかしくないのか・・・いい年をして・・・」
「もうぅ・・・笑わないでください!!」
本当・・・どうして私はこんなお方を好いてしまったのか・・・
自らの男運のなさに呆れてしまう。
でも・・・
どれほどからかわれても、笑われても。
この人を憎めないのだから、腹立たしい。
からかわれているはずなのに。
殿様の笑みを目にしてしまうと、嬉しいだなんて思ってしまう。
私はやはり、このお方を好いているのだと、自覚してしまう。
三年経っても、未だ。
私は十四、五の生娘のように。
殿様のことを、好いて好いて堪らない。
人の縁ってものは、本当に不思議だ。
どれほど深く縁を繋いでも、その本質はずっとわからないと思う。
私があの織田信長さまの愛妾になって、子を三人も産んでいるのだから。
愛妾になってすぐに生まれた嫡男、『奇妙』の他に私は殿様のお子を一男一女授かった。
奇妙が生まれた次の年に次男、『茶筅丸』を、
その次の年に殿様初めての女子である『徳姫』を、私は産んでいる。
奇妙と同じく、織田の血を引く信長さまのお子として。
茶筅丸も徳姫も兄と同じように帰蝶さまの下へと預けられ、大事に育ててもらっている。
数年前までは婚期を逃した行き遅れた女だなんて思っていたけれど、気づけばもう四児の母になっていた。
本当、私は子を身ごもりやすい身体なんだなぁ・・・
毎年毎年孕ませる殿様に「どれだけ孕ませるんですか!?」とは正直思ったけれど・・・改めて考え直せば側女はお子を産むのがその役目だ。
なのに孕まされて怒るのもそれはそれで変な話で。
まぁ、毎年子を産まさせるのも、殿様が私を寵愛してくれている証拠なのかもしれないって、近頃はそんなことを思うようにもなって。
まぁそのようなこと、天の邪鬼な殿様はきっとお認めにならないとは思うけど。
未だ可笑しそうに笑う目の前の男は、私より年下のはずなのに・・・
なんだか私が殿様の手の上で転がされているようで腹が立つような、けれどそれがどこか愛おしく思うような、そんな、混ざりあった不思議な想いを私は殿様に感じながら。
このお方には勝てないなぁ・・・と、そんなことを考えながらお酌をしていたんだ。




