五話 『織田ノ城』 一五五三年・吉乃
私は小六と将右衛門、そして菊屋さんを連れてその日のうちに織田のお城に向かった。
詫びに行くなら、早ければ早いほどいい。「行きたくない」と暴れる菊屋さんを無理やり羽交い絞めにして、すぐに津島の町を発った。
詫びの品として、伊勢の海で取れた鰯の干物を五百枚。塩気の効いた鰯は酒の肴としても逸品で、お侍にも良く売れる人気の品らしい。
それを津島の魚河岸で手に入れて、馬に引かせてある。
織田のお城は津島から東の名古野にある。荷があるから馬をゆっくり走らせて一刻半ほどかかった。もうとっくに日は昇りきってしまって、菊屋さんのことがもう信長に聞こえてしまっていないか、私は心配で仕方がなかった。信長に知られる前にお城に辿り着かないと。ただ気だけが焦ってしまう。
織田のお城は、思ったより小さなお城だった。殿様の住む本丸屋敷と、そこを基点に広がるお侍が住む屋敷や足軽長屋、馬小屋などが広がっている。
尾張の国主さまの居城だと身構えていた私は、なんだか拍子抜けしてしまう。平野の上に立てられた平城だからあまり『城』という雰囲気もなく、むしろ津島に似た『町』のような空気が漂っている。でも細かく観察してみると、わかる。城を囲む堀がとても深いこと。敵を防ぐ柵が何重も組み立てられていること。その物々しさが『城』であることを、ここがお武家さまの巣窟であることを物語っていた。
私たちは長屋通りを抜けて本丸屋敷へと向かうと、城門で殿様への拝謁を願い出た。
突然の来訪にこのまま追い返されかねないかな・・・とも思ったけど、番兵は城の中へ取り次いでくれた。持ってきた鰯の干物が、魚の献上に来た商人だと思ってもらえて番兵の警戒心を和らげてくれたようだった。
・・・持ってきて良かったなぁ、干物。
門の前で少し待たせてもらうと、城の中から弥平次殿が出てきてくれた。
「よくいらっしゃいました、吉乃殿」
「先日はありがとうございました、弥平次殿」
よかった・・・取次ぎは弥平次殿かぁ・・・
ここは信長の城・・・と張り詰めていた中で、弥平次殿の柔らかな物腰に私はどこか安心する。
「さぁ、中へどうぞ。殿は評定の間にてお待ちです。御案内致します」
弥平次殿に連れられて、私たちは本丸屋敷の中へと進んでいく。
「殿は待つことを極端に嫌われる方ですので、御免ですが急ぎます」
早足で進む弥平次殿の背を追いながら、私はふと思った。
随分すんなりと信長に会うことが出来たけれど、もしかして弥平次殿が・・・?
「殿様にお目通りできるよう、弥平次殿が取り次いでいただいたのですか・・・?」
「ええ、まぁ。私はあまり武功を競うような気性ではないので、そういった雑多な役回りが多いのですよ」
苦笑交じりに弥平次殿はそう言う。その背中を、やっぱり私は不思議な気分で見つめていた。
・・・やっぱり、変わったお方だなぁ。
信長や他の家来の方とは違う。小六や将右衛門、川並衆の野武士たちとも違う。
商人として色々な男の人と関わってきたけれど、そのどちらとも違う。
武士なのに、商人の私に対して対等で。
男の人なのに、女の私に対して丁寧で。
お侍が自らの功を競わないなんて、本当に変わっている。
なんというか、浮世離れした方だなぁと思った。
「・・・一つだけ忠告があります」
評定の間に向かう途中、弥平次殿が真面目な声でそう言った。
「殿は、全てを御存知です。言葉は、選ばれますよう・・・」
「っ、全てをですか・・・」
やっぱり・・・
菊屋さんこと、知られているのか・・・
弥平次殿の忠告に、私は一気に背筋が凍った。
小六も将右衛門も、一段と顔つきが固まる。
・・・全てを知られた。
もう、何も隠し立ては出来ない。
小手先の策を弄したって、きっと意味はない。
・・・さぁ。
・・・どうすれば、信長を納得させられる?
「・・・着きました。ここが、評定の間です。さぁ、中へどうぞ」
本丸屋敷の中でも特に大きな一室の前で足を止め、弥平次殿はそう言った。
真っ白な障子で閉じられたその向こう。それが評定の間。
この障子の先に、信長がいる・・・
・・・覚悟を決めろ。生駒吉乃。
私が、生駒屋が、津島の町が。
生きるも死ぬも、この場で決まるのだから。
さぁ、行こう。
商人の意地の見せどころだ。
私は大きく息を吸い込むと、障子に手をかけた。
そして、力強く障子を開く。