五十話 『五月晴れノ葬儀』 一五五六年・吉乃
わざわざ、こんな日に晴れなくたっていいのに。
その日は、嫌になるくらいの晴天で。
弥平次さまの葬儀は、静かに、静かに行われた。
遺骸のない葬儀はとてもとても寂しくて、哀しいもので。
弥平次さまの戒名が書かれた木の板に手を合わせるだけの儀式は、ただただつらくて堪らなかった。
だって、
私は、弥平次さまが死んだだなんて実感も湧いていないのだから。
弥平次さまがそのお命を落とすところも、その亡き骸も、私は何も見ていない・・・
ただ、流されるように弥平次さまの死を告げられて、葬儀の喪主にさせられて・・・
・・・わかっては、いる。
全て、私の逃げでしかないことくらい。
私は、武家の妻なんだ。
いつか、この日が来ることは覚悟しなくてはならない。
それは、頭で理解していたはずなのに。
理解していた、はずなのに・・・
「・・・大丈夫か、吉乃」
「っ、はい・・・心配をかけて、申し訳ありません」
帰蝶さまが、喪主の私に優しく声をかけてくださって。
その帰蝶さまの優しさが、痛いほど私に突き刺さる。
帰蝶さまは、私なんかよりずっと古くから弥平次さまと過ごしてきたのに・・・
とても、とても、おつらいはずなのに・・・
私のことを、労ってくださる。
その優しさが、痛い。
・・・そうだ。
しっかり、しないと。
気をしっかりと持たないと。
私は、弥平次さまの妻なのだから。
武家の嫁として、最後の務めを果たさないと。
この、葬儀を・・・最後まで。
弥平次さまの葬儀は、小折の屋敷でひっそりと行われた。
織田家に大打撃を与えた美濃での負け戦。他にも多くのお侍さまが美濃の地で散っていった・・・それなのに、弥平次さまの葬儀だけを大々的に行うことは出来なくて。
それでも、今まで弥平次さまとお付き合いを積み上げてきた方が、たくさん焼香に来てくれた。
五郎左殿、内蔵助殿、犬千代殿、与兵衛殿、勝三郎殿、籐吉・・・母衣衆の方々たち。
小六、将右衛門・・・川並衆や生駒屋のみな。
そして、帰蝶さまも。
私の顔も知らないような、お城勤めのお侍さまも数多くいらっしゃった。みな、口々に弥平次さまへの感謝やお悔やみのお言葉を嫁である私にかけていただいて。
改めて知る、私の知らない弥平次さまのお姿。
みな、弥平次さまを親しく思い、頼りにして・・・
弥平次さまはご自身のことを、美濃者の余所者の根無し草だなんていつも卑下していらしたけれど・・・
立派に、尾張のお武家さまではないですか・・・
本当に、弥平次さまは素晴らしいお方だったのだなって改めて気付かされる。
だけど、ただ一人だけ。
一人だけ、殿様は
織田信長様は、
この葬儀の場には、来なかった。
桜もとうに散り、新緑が至るところで芽吹いていく頃に。
弥平次さまは、黄泉路へと旅立っていった。
私は弥平次さまの妻として、
葬儀が終わるその最後まで、決して泣かなかった。
武家の嫁として、泣いてはいけないと思った。
ただ・・・葬儀の最中、この腕に抱いたお類が、突然泣き出したとき。
私はつらくてつらくて、胸が張り裂けそうなほどつらくて仕方がなかった。
まだ立つことも話すことも出来ない、何もわからない年頃のはずなのに。
まるでお類の泣きじゃくる様は、父を失った哀しみで泣き叫んでいるようにしか思えなくて。
我が子に、こんな苦しい想いをさせていると思うと私も思わず涙が出そうになった。
けれど・・・
泣いてはいけない。
私は、弥平次さまの妻だから。
お類の母だから。
弥平次さまは、もういない。
私一人の手で、お類を育てなければ。
お類を守らなければ。
弥平次さまとの、この子宝を。
土田の、血筋を。
私が・・・
後家になった私は、哀しみに沈みそうになりながらも。
前を向いて、生きなければと思ったんだ。
お類の、ために・・・
弥平次さまの、ために・・・
私は、一人で歩く決意をしたんだ。




