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四十九話 『根無し草ノ最期』 一五五六年・土田弥平次




 死んではいけないと、強く思う。


 生きなければと、胸の奥から強く思う。




 美濃の山中を、ここがどこかもわからないまま私は死に体の力を振り絞って歩いていく。


 敵の矢が刺さり動かなくなった右足を引きずりながら、戦場に落ちていた槍を杖代わりにして、それでも私は一歩ずつ前に進むことを止めなかった。


 やめることなど、出来なかった。



 この足を止めれば、そのまま倒れてしまう。


 この足を止めれば、そのまま死んでしまう。



 私は、このようなところで死んではいけない・・・



 生きて、吉乃殿の下へ・・・




 敵兵に斬りつけられた左肩から、ぽたぽたと血が流れている。


 その先に付いている腕は、骨を潰されたのか全く上がらない。


 馬に吹き飛ばされた際に五臓に刺さったあばらが、苦しいほど酷く痛む。



 それでも、私が生きているのは、


 立っていられるのは、



「・・・っ、吉乃・・・殿・・・」



 会いたい。


 吉乃殿に、会いたい。



 その願望だけが、私の頭の中に埋め尽くされている・・・



 戻りたい・・・


 可愛い娘がいる家に。


 愛しい奥方がいる家に。



 生きて、


 必ず生きて、


 戻りたい・・・



 吉乃殿に、『戻る』と言ったのだから・・・



 朦朧として回らない頭で、ただその想いだけが強く強く募っていく。



 前へ、進まなければ。


 きっと近くには、新九郎殿の手勢が残党狩りをしているはず。


 見つかる訳にはいかない・・・



 ぜいぜいと呼吸にもならずに息を切らせて、私は一歩ずつ前へ進む。木々の切れ間から見え隠れするお天道が傾く、その反対の方角へと。


 ここさえ、切り抜ければ・・・


 この山さえ越えれば・・・



 その先にあるのは確か・・・長山城・・・


 長山城の城主は、確か道三派だったはず・・・


 土田の家とも古くから懇意にしてくれていたことをかすかに覚えている。


 だから、そこまでたどり着くことが出来ればきっと・・・



「どちらに向かわれるのですか、弥平次殿」



 なっ・・・



 不意に、背後から声をかけられる。


 とっさに振り返ったとき、



 すっと、喉元に冷たい感触がした。


 何かはわからないけども、とても冷たい、冷たいものが私の喉元へ入っていく。


 それが刀の刃であることを気づいたとき、私はすでに口から大量の血を吐き出していた。



 苦、しい・・・


 息が、出来ない・・・


 ここで・・・死ぬ、のか・・・



 目前の景色でさえ歪む視界の中、私は私に刃を突き立てた目の前の者をじっと凝視する。


 その、見知った顔を。



「・・・っ、あ・・・なっ・・・は・・・っ!!」



 言葉にもならない声で私は呻き声を上げる。


 意識が途切れていく中で、その者がにやりと笑み顔を歪める様を私は信じられない想いで見つめていた。






「ここで死んでおきなさい、土田弥平次」





・・・以上で、『長良川』編が終了となります。


弥平次の死。

大切な人を失った吉乃。そして信長。

大敗北を喫し、混乱する尾張の政情。


蠢き始める、黒い影・・・


次回より、『稲生原、尾張争乱』編に突入します。

お付き合い、よろしくお願いします。

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