二十九話 『弥平次ノ心』 一五五四年・土田弥平次
舞台の上で舞いを披露する殿と吉乃殿を、私はぼんやりと眺めていた。
華やかな舞台の上で、大勢の見物客がいる前で、吉乃殿はそれは楽しそうで。
お世辞にも上手いとは言えない舞いだが、その楽しそうな表情に見ている見物客もつられて笑っていて。
吉乃殿が躓いてふらつき、隣で舞う殿が吉乃殿の手を引いてすぐさま助ける。急に手を引かれた吉乃殿は舞台の上でくるくると回り、その様が滑稽に見えてまた観客が盛り上がる。自然に、笑い声と合いの手が大きくなる。
天王祭は、お二人の舞いで盛大に盛り上がっている。
その様を、私は呆然と見つめていた。
「吉乃殿。貴女は・・・」
わかってしまった。
わかりすぎるほど、わかってしまった。
目の前で、楽しそうに舞いを披露する吉乃殿を一目見れば。
殿と視線を交わす吉乃殿の表情を、一目見れば。
吉乃殿が、殿を好いていると。
胸に、異物が巣食うような心地だった。
満面の笑みを浮かべる吉乃殿と対比するように、私の頬は強張って動かせなくなっていく。
吉乃殿・・・
貴女は、殿のことを・・・
好いておられるのですか・・・?
吉乃殿は、舞台の上で実に楽しそうに笑っていた。
その目にはもう殿しか見えていないことが鈍感な私でもわかるほど、あからさまに嬉しそうな表情で。
殿と吉乃殿、舞いを披露する二人は実に似合っている。
きっと、そこに私が入り込める余地などない・・・
隣の帰蝶様に、視線を移す。
姫様は胸の上に両手を当てぐっと握り締めながら、舞台の上にいる二人をじっと見つめていた。
その表情は、切なげで。
瞳は、不安そうに潤んでいて。
その薄い唇を噛み締めて。
「っ、姫様・・・」
どう、お声をかけていいか見当もつかなかった。
姫様の表情を見れば、わかる。
きっと、姫様も私と同じことを察したのだ。
殿と吉乃殿の繋がりを。
それは、私達では踏み込めないことを。
祭りの喧騒が、とても遠くに聞こえて。
変な動悸と、胸を締め付けられるような違和感がどうしても拭えない。
吉乃殿の楽しそうな顔に、それは叶わぬ恋路だと苦しいほど思い知らされる。
冷え冷えとした感情を、抱えて。
止まらない胸騒ぎを、抱いて。
私と帰蝶様は立ち竦んで、舞台の上で舞う想い人をただただじっと見つめていた。




