二十六話 『祭りノ始まり』 一五五四年・吉乃
日が沈むまではまだまだ時があるというのに、津島神社はもうすでにそれはそれは大きな賑わいを見せていた。
歩くのも大変なほど見物客でごったかえしていて、喧騒と笑い声が幾層にも連なって聞こえてくる。
今まで天王祭には何度か足を運んだことはあるけれど、こんなに賑わっていたことなんてないはずだ。初めて見る光景に、私は初め目を丸くしてしまった。
道々には数え切れないほどの露店が並んでいて、威勢の良い客引きの声があちらこちらから聞こえる。甘味処から甘い匂いが漂ってくる。
焼き鮎の店に、甘い野いちご。蜜柑から絞った果実水やら、麦飯の握りやら・・・道樹山で取れた干し栗の露店もあって、とても私は嬉しい気持ちになって。
こんな、大きなお祭りになっている。
こんなに、みなが楽しそうな顔ではしゃいでいる。
それだけで胸がいっぱいになる。
楽市が、自らが進めてきたものが間違いではなかったのだと思える。
商人として、これほど嬉しいことはない。
・・・なんて楽しそうな、賑わいなのだろう!!
心が躍る。楽しそうで楽しそうで堪らない!!
これでこそ、日ノ本一の祭りだ!!
どの露店も美味しそうで、目移りしてしまう。思わず、帰蝶さまと一緒にあれやこれやと食べ回ってしまった。
とても美味しくて幸せだったのだけれど、もうすでにお腹がいっぱいで。
殿様に帰蝶さまのお姿をお見せしたくて仮装踊りの舞台へ向かっているのだけれど、寄り道ばかりで一向に辿り着かなくて。
在原業平が、町娘扮する帰蝶さまのお手を引く。
素朴な着物を着ても損なわれない帰蝶さまの美しさに、周囲から大いに注目を浴びる。普段お城の外に出ない帰蝶さまの顔を津島の者たちは知らないから、「あの美人は誰だ!?」と口々に噂して。
「あんなべっぴん、津島にいたか・・・?」
「いや、俺は知らねえぞ・・・あんな女子見かけて、忘れねえはずねえんだけどな・・・」
「声、かけてみるか・・・?」
「やめとけやめとけ。側にいる平安装束の優男、よく見ると生駒屋の女主人だぞ」
「あの『商人の姫』・・・巴御前かよ・・・迂闊に声かけて、なんて言われるかわかったもんじゃねえぞ・・・」
・・・失礼な。
私だって帰蝶さまと同じか弱い女子なのにこの扱いの差はなんだ。
「・・・のう、吉乃? みな、妾たちを見ておるぞ・・・やはり、変なのではないか・・・?」
帰蝶さまはそんな私の心を知ってか知らずか、不安そうに私に尋ねる。
その恥ずかしそうな顔が、なんだかとても可愛くて。
帰蝶さまのような美しい女性の手を引くことに、私は誇らしさを感じて。
「大丈夫ですよ。帰蝶さまがお綺麗だから、みな見惚れてしまっているだけです。ほら、行きましょう!!」
私は女子だけれど。
せっかく男装をしているのだから、今日ぐらいは男みたいに振舞ってみようかなんてことを考えていた。




