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二十一話 『母衣衆ノ孫悟空』 一五五四年・土田弥平次



 祭りの準備は、見る見るうちに進んでいく。


 気づくと梅雨も明け、日照りの強い日が連日続く。その気が滅入るような暑い日々に、私は暦が夏だと実感する。


 今年は、特に暑い気がする。元々美濃、冬には雪が積もる山国の出だからかあまり暑いのは好かないのだが、暑ければ暑いほど稲はよく育つ。秋の実入りを想像すれば、暑さぐらい少しは我慢してやるかと私は思いつつ。


 そんな、梅雨が明けた夏。天王祭は、もう目前だった。




 もう祭りの準備も終盤となり、私にとっては忙しい日々が続いていた。


 織田家が執り行う『仮装踊り』の出し物。それが私の担う出し物だ。仮装踊りの舞台をどう用意するのか? 演目は? 舞台に上ることを望む者は? そういった細々とした調整を、城の政務をこなしがら進めていた。


 特に昨日からは舞台の設置が始まり、私は城と津島を往復する羽目になって本当に忙しない。



 織田の城も津島の町と変わらず、近づく天王祭に盛り上がっていてどこもかしこもそわそわとした雰囲気に包まれていた。


 誰もが、天王祭を楽しみにしている。尾張全体が、祭り一色になっている。


 これまでも毎年天王祭は行われてきていたが、これほどまでに盛り上がったことなどはないと私は思う。


 これは、殿が祭りに参加を表明されたからなのか・・・


 織田が、大々的に祭りを仕切っているからなのか・・・



 いや、もっと根本の部分からだ。


 尾張が、著しく豊かだから。


 民百姓に、祭りを盛大に楽しむ余裕があるから。



 殿が触れを出した楽市令の成果が、祭りの盛り上がりとなって出ているのだ。



     『栗』ですっ!!



 殿が楽市令を発布したときのことを思い出す。


 あの場に私はいたのだから知っている。楽市令は、殿がお一人で考え出されたものではないことを。殿に、献策をした者がいることを。


 栗がもったいないと、そんな話を殿の前でしていたことを。



 ・・・吉乃殿は、こうなることがわかっておられたのだろうか?



 だとすれば、本当。なんて。



 吉乃殿は、なんて非凡な方なのだろう。



 凡庸な私とは真反対のお方だななどと、自虐めいたないものねだりを考えながら城の縁側を歩いていたとき、



「・・・っ!! そんなこと認められるか内蔵助!!」



 厩舎の近くで、そんな叫び声を聞いた。


 何の揉め事かと驚いて駆け寄ってみると、内蔵助と犬千代が馬の前でなにやら言い争っており。



「おい、どうしたというのだ犬千代、内蔵助・・・?」



「「っ、弥平次様・・・」」



 言い争っている内蔵助と犬千代は、どうやらかなり頭に血が上っているようで互いが互いの肩をつかみ合い今にも殴りあいそうな雰囲気で。


 私が慌てて止めに入ると、二人とも罰が悪そうに互いの手を離して視線をそらせる。



 はぁ、どうやらただの喧嘩か・・・



 私はがっくりと肩を落とす。


 母衣衆は若くて血の気の多い者も多い。犬千代と内蔵助はその典型で、互いに功を競う相手ということもあって衝突することも多いのは知っている。


 けれども、城内での諍いは本当にやめてほしい。母衣衆同士が城内で喧嘩などと、古参のお歴々の耳に入ればどのような小言を言われるか・・・



「一体、何があったのだ?」



「聞いてください弥平次様!! 内蔵助の奴、この俺に『豚のほうがお似合い』などと申すのです!!」



 ・・・・・・はい?



「犬千代が、この俺に『内蔵助に主役は荷が重い』などと抜かしたからではないか!!」



「だってそうではないか!! 内蔵助よりも槍の扱いに秀でた俺のほうが、孫悟空に向いている!!」



「そんな図体のでかい孫悟空がいてたまるか!! お前には猪八戒あたりがお似合いだ!!」



「それを言うなら、狡賢い内蔵助は河童の沙悟浄のほうが似合うではないか!!」



「なんだとっ!!」



「なにがだっ!!」



 こいつらは一体何で揉めているのだ・・・?



 私の前でくだらない言い争いを続ける二人に呆れながら、事情を聞いてさらに呆れた。



「・・・つまり、どちらが仮装踊りの主役をするのかで揉めていたということか?」



 犬千代たちは、仮装踊りの舞台で芝居をするらしい。演目は、『西遊記』。私は知らなかったのだが、神仏妖怪が登場する唐土の古い話らしい。


 明国では人気があるそうで、明に船を出す津島の商人を通じてその西遊記とやらを犬千代たちは知ったらしい。


 主役は、天下無双の強さを誇る猿の妖怪、孫悟空。


 その主役をどちらが演じるかで、この二人は揉めているようだった。


 ・・・ちなみに、『玄奘三蔵』という高僧の役は五郎左で決まっているそうだ。



 内蔵助も犬千代も、自ら前へ前へと出る功名心の強い男だ。芝居をするなら主役で活躍したいと思うのも当然だろう。結果、互いが互いに譲らず話が全くまとまらないのも内蔵助と犬千代なら当然の話だ。



「どちらが孫悟空に合うと思われますか!? 弥平次様!!」



 不意に、内蔵助が私に尋ねる。



 いや、私はその孫悟空とやらを知らないのだが・・・



 二人に問い詰められて困っていると、ふと誰かがこちらに近づいてくる。



「・・・藤吉?」



「・・・ありゃ? 弥平次様、内蔵助様、犬千代様? 殿より厩舎の掃除を命じられたのですが、わしゃあお邪魔でしょうか・・・?」



 水桶を手に首を傾げる藤吉の様は、まさに『猿』で。


 私は内蔵助と犬千代、二人の肩を優しく叩いた。



「私は、藤吉の方が孫悟空とやらに似合うと思うぞ」



 二人は、藤吉に目を向ける。


 そして、一緒にがっくりと肩を落として



「「・・・そのようです」」



 声を合わせてそう言った。


 こうして、主役の孫悟空は藤吉に決まったのだった。



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