二十話 『縁結びノ灯籠』 一五五四年・吉乃
数日して、私は織田のお城に登った。
用は、天王祭の打ち合わせだ。弥平次殿、五郎左殿、与兵衛殿、そして私。それぞれに分けられた役目の進捗を、殿様の前で報告する。
その席に、私は無理を言って帰蝶さまの同席を願い出た。私たち四名と殿様、それに帰蝶さまを加えて打ち合わせは進んでいく。
五郎左殿と与兵衛殿は、順調に祭りの準備を進めているみたい。津島神社との話も滞りなく進んでいて、これなら問題なく祭りの祭事を行えそうだと。
津島の町では、生駒屋や会合衆を中心に天王祭の呼びかけを行っている。今年は殿様が参加されるともあって、その反響はとても大きい。津島の者はみな、口々に天王祭の話をしているし、露店を出したいと手を挙げた商人も私が思っていたよりも大勢いた。
この盛り上がりが当日まで続けば、津島祭りの歴史の中でも最も盛大な祭りになるかもしれない。
「では次に、祭りの出し物ですが・・・織田家は、『仮装踊り』を行います」
祭りの目玉、出し物の話になったとき弥平次殿はみなの前でそう言った。
・・・仮装踊り?
「あの、仮装踊りというのは・・・?」
気になって弥平次殿に訪ねてみると、弥平次殿は困惑気味に首を傾げる。
「・・・さぁ? 私も委細は存じないのですが、殿が仮装踊りをするのだと仰って・・・」
つまり、殿様の一声で織田家はその仮装踊りとやらに決まったということ?
弥平次殿が的を得ない返事をしていると、それまでずっと黙っていた殿様がにやりと笑って「面白そうだろう?」と言う。
「津島神社に舞台を作り、そこで仮装した者による舞いや芝居を披露する。士分、商人、百姓、身分は問わぬ。仮装しておる者だったら、誰でも舞台に上がってもよい。そこで最も場を盛り上げた者は、俺から褒美を出そう」
えっ、殿様が褒美!?
私は銭に目がない商人だから、初めて殿様の口から『褒美』なんて言葉を聞いて思わず食いついてしまった。
でも、その『仮装踊り』とやら、祭りの出し物としてはとても良いかもしれない。
要は、仮装した舞い手による舞いを祭りで奉納しようということでしょう?
舞いの奉納は神社の人も喜ぶし、祭りを見に来た客だって絶対盛り上がる。
誰でも参加出来るってところも良い。褒美を求めて、きっとみな渾身の舞いや芝居を準備してくるはず。
その舞台を想像してみてわかる。きっとそれは、とっても楽しいはず!!
自分がやりたいだけなんだとは思うけど、殿様にしては案外良い出し物を考えてきたなぁって感心したんだ。
「・・・して、女。津島はどんな出し物を出す?」
この俺を超える出し物なのか・・・?
そんな雰囲気を交えた挑発的な口調で、殿様は私に尋ねる。
「はい!! 出し物、ではないのかもしれませんが・・・縁結びの灯籠を宵宮の川下りで流したいと思っています!!」
「「・・・縁結びの灯籠?」」
私の言葉に、みなが首を傾げる。
「津島の商人で、日ノ本一豪勢な竹の灯籠を作るのです。その灯籠の篝火に縁を結びたい者の名を書いて投げ込む・・・そして川を下って、灯籠を津島神社のご祭神であるスサノオノミコトにお届けするんです!!」
スサノオノミコトは天高原から出雲に降り立って、土着の神であるクシナダヒメと結ばれた。そして、この日ノ本の神となった。縁結びとしてもとても御利益のある神様なのだから、その神様に灯籠を奉納すればきっとみなの願いも叶えてくれるはず。
天王祭は、元々神社の祭神であるスサノオノミコトを奉る祭事なのだから。
「無論、男女の仲だけじゃなく武運、商運の縁結びもお願い致しましょう!! 殿様がますます国主として御活躍できるように!! 尾張がもっと豊かになるように!!」
元々、天王祭が津島神社のご祭神を奉る祭りなのだから、別段変な出し物ではないはず。
武家の方にも武運を信奉する信心深い方は多いって聞くし、商人だって年越し年明けの節目にはみな少しでも儲かるように商売繁盛のご祈願を一生懸命行っていたりする。
乱世で世が不安定な今じゃお侍も百姓も商人も、自らの身は自らで守らなければいけない。
それでも神頼みをしてしまう気持ちは、神様仏様に頼ってしまう気持ちはやはり誰にだって持っているはず。
祭りは、絶好の神頼みの機会だ。
「どう思いますか、帰蝶さま!!」
不意に私は帰蝶さまに話を振って、目配せで合図を送る。
「よっ、良いのではないのか・・・」
困惑気味に、緊張気味に、帰蝶さまは答える。
そして、私が意図した目論見を読み取って、うんと大きく頷いた。
私と帰蝶さまの、秘密の小さな謀事。
祭りで、殿様と帰蝶さまの仲を深める計略。
無論、そのための縁結びの竹灯籠だ。
祭りの夜の逢引きは、やっぱり男女にとっての憧れだと思う。
賑やかな祭りの喧騒。暗闇の上で、幻想的に輝く宵宮の藁巻舟。そんな甘く艶めいた雰囲気の中を、好いた殿方と並んで過ごす一晩・・・見つめる二人・・・触れ合う指先・・・
うん、とても素敵だ。
私だって女子だから、やっぱりそんな恋路に憧れない訳じゃない!!
そんな祭りの逢引きを、私が殿様と帰蝶さまに演出する・・・
そうすれば、きっと殿様だって帰蝶さまに振り向いてくれるはず。
我ながら、なんて良い妙案なんだろう。
「ほらっ、帰蝶さまもこう仰っていますし認めていただけますか殿様!!」
「・・・好きにしろ。津島の商人どもが仕立てる出し物なのだ、お前どもの裁量で決めればよい」
殿様は、無愛想に言った。
「ただし、祭りを盛り下げることは赦さん。死ぬ気で励め」
「はいっ!! この吉乃、商人の矜持にかけて日ノ本一の祭りにしてみせます!!」
殿様の前で、声高らかに私は宣言する。
こうして私は天王祭の準備とともに、殿様と帰蝶さまの仲を取りもつための計略を色々と練ることになったのだった。




