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十六話 『中村ノ猿』 一五五四年・吉乃



「わしゃあ中村の木下弥右衛門が子、藤吉でございやす。以後、お見知りおきくだせえ」



 ・・・え?



 藤吉と名乗る男は、私の話も聞かずにしわくちゃな顔でにこりと笑う。


 私は訳がわからなくて、将右衛門を睨みつけてやる。



「・・・将右衛門、手土産は?」



「目の前にいるだろ、その藤吉がお嬢への手土産だ」



 ・・・はい?


 ・・・この男が、手土産?



「小六が拾った奴でな。中村で百姓していたのを、無理やり村を飛び出した浮浪者らしくてな。変な顔だったのを気に入って小間使いとして使ってやってんだ。なんでも、武家奉公して侍になりたいらしくてな」



「生駒屋のお嬢は、織田家のお殿様とも懇意になされとると聞きました!! ぜひ、お嬢に奉公したいと思ったんです!! 生駒屋のお嬢にわしが役に立つ男だと知ってもらって、織田のお殿様に紹介してくださるようにとっ!!」



 いやっ、急にそんなことを言われても・・・



 確かに私は殿様と繋がりがあるけども、それは商人としてだ。私に奉公したって、織田のお侍になれる訳じゃない。



「近頃こいつ『お嬢に会いたい会いたい』と五月蝿くてな。鬱陶しいから連れてきた」



「連れてきたって・・・私だって困るわ・・・」



「まぁ、思う存分使ってやれよ。顔は変だけども、ちょこまか動き回って結構使えるぞ」



 ちょこまか動き回る・・・もうそれはほとんど猿じゃない・・・



 「どのようなことでも喜んでやりまする!!」と藤吉は意気込んでいるけれど、私はただの商人だ。店の手代たちだっているし、別に小間使いは必要ない。



 私に奉公してもらってもなぁ・・・



「じゃあ、藤吉はここに置いて行くからなぁ。まぁ、好きなように使ってくれやお嬢」



「えっ、いや・・・ちょっと待ちなさい小六!! 将右衛門!!」



 私の制止も聞かずに小六と将右衛門は手を振りながら店を後にしていった。


 川並衆の野武士たちも小六について店から出て行って、本当に藤吉だけが一人残されて。


 私も、番頭に立つ手代も、困惑したまま途方にくれてしまう・・・



 好きに使ってくれって・・・どうすればいいのよ!!



 後で覚えてておきなさいよ、小六と将右衛門・・・!!



 小六たちにしろ会合衆にしろ、私に色々なことを押し付けすぎだ!!



 なんて怒っていても何も変わるわけもなく。


 私はため息をついて、仕方なく藤吉に声をかけてみる。



「・・・藤吉と言いましたよね。中村の出だとか」



「へぇ、中村で百姓をしておりやした」



 中村といえば、尾張でも数少ない米作りに適した地だ。織田のお城からも近く、野盗に襲われたり戦に巻き込まれたり、そんな心配をする必要のない織田家のお膝元だ。


 その中村の百姓なら、裕福とまでは言わずとも百姓としては悪くない。


 中村から飛び出してきたなんて、相当な変わり者なのでしょうね・・・



「お侍さまになりたいのだとか?」



「へぇ、そうでございやす」



 だから、どうしてお侍さまになりたいのに商人の私に奉公するのよ・・・



「どうして、お侍さまに?」



「死んだ親父(おっとう)が申しておったんです。わしの親父、木下弥右衛門は元々織田さまの下で足軽奉公をしておりやして、戦場で手傷を負って百姓になったらしいんですが・・・その親父が申しておったんです。『侍になって手柄を立てれば、ぎょうさん褒美が貰えるらしい』と。『褒美とは一家みなが腹いっぱい食っても食いきれぬほどの米らしい』と」



「腹いっぱい飯を食うためにお侍さまになりたいの・・・?」



 私が眉をひそめて怪訝に訪ねると、藤吉は「そうでございやす!!」と力強く頷いた。



「わしゃあが侍になって手柄を立てれば、お(おっかあ)も弟たちも、みなを腹いっぱい飯食わせてやれる。年老いたお袋にきつい土いじりをさせなくてもよくなる。そのためにもわしゃあ、侍になりてぇんです!!」



 つまり、親兄弟のためにお侍さまになりたいってこと・・・?


 自分が立身出世したいがためにお侍さまになりたいだなんて吹聴しているものだとばかり思っていたけれど、そっかぁ・・・親兄弟のためかぁ・・・


 意外な理由に、私も考えを改めさせられる。



 世間知らずのお上りな若造だと思っていたけれどこの藤吉って男、存外気骨のあるやつじゃない・・・



「なるほどねぇ・・・大体はわかった。それで村を飛び出したって訳ね」



「本当恥ずかしい話です・・・侍になると言ったらお袋から猛反対を受けて、結局喧嘩別れみたいな形になってしまいまして・・・それからあちこち転々と致しまして、針を売り歩いたり駿河に奉公したりしていたんですがどれも長続きしなくて・・・路頭に迷っていたところを蜂須賀の親分に拾ってもらって・・・」



「結構、苦労してたのね・・・」



 いつの間にか、私はこの藤吉に情が移ってしまっていた。


 故郷に残した親兄弟のためにお侍さまになりたいなんて、泣かせる話じゃない・・・



 気概がある。野望がある。必ず侍になるのだという向上心もある。


 そういうやつは私、嫌いじゃない・・・


 将右衛門が『使える』と言うくらいなのだから、本当に藤吉は『使える』男なのだろう。


 藤吉を殿様に紹介してもいいかな・・・? なんて思い始めていた。



 けど・・・



 問題は藤吉が百姓の出だってことか・・・



 誰しも、その家で生まれた者はその生き方しか生きられない。


 百姓の子は百姓として。商家の子は商人として。武家の子はお侍に。


 私が女の身でありながら商人でいることが出来るのも、生駒屋の娘として生まれたからだ。


 特にお武家さまの世界はそれを驚くほど重視する。武家に生まれた者だという誇りがとても強いのがお侍さまだ。百姓が侍になりたいなんて、聞き入れてくれるはずもない。


 私から殿様にとりなしたところで、きっと殿様が困り果ててしまうだけだろうなぁ・・・



 ・・・ん?



 ・・・困り果てる? 殿様が?



 ・・・それは、面白そう。困り果てる殿様を、見てみたい!!



 私はにやりと口元が思わずゆるむ。



「よしっ、わかった藤吉!! あなたが織田家に仕えられるよう、私が殿様にとりなってあげる!!」



「本当ですか、お嬢!?」



「もちろん、私に任せなさい!! その代わり藤吉、あなたに一つの役目を命じます」



「お役目・・・ですか?」



 殿様に取り合うと宣言した私に藤吉は目を輝かせる。



 私は不敵な笑みを浮かべて人差し指を藤吉の顔の前に差し出すと、こう言ってやる。





「藤吉。あなたはこれから、私の間者になりなさい」




 私の、小さな悪だくみが始まった。 



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