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十五話 『津島ノ筆頭商人』 一五五四年・吉乃



 (せわ)しなく、日々は過ぎていく。



 朝起きて、店先に立って、暖簾を掲げて。


 入れ替わりうちの店に訪れてくれる馴染みのお客に、誠心誠意の商いをして。


 私自ら商いの外回りに出て、道樹山の村々に寄って。織田のお城から呼び出されて。


 生駒屋に戻って、日が暮れて。今日も一日無事に終わったと一息をついて。



 そんな、目まぐるしい毎日を私は送っていた。


 生駒屋の主人として、店のことも見なきゃいけない。織田家との商いのやり取りも、私が出ないといけない。私が言い出したことだから、楽市令のことだって放ってはおけない。


 織田の殿様と初めて会ったあの日から、気づけば私はたくさんの案件を抱えることになってしまっていた。あまりの忙しさに目が回ってしまいそうだったけれど、そんな日々に商人として大きなやり甲斐を感じていて。一日一日が今まで以上に充実しているって思えて。



 無我夢中で日々の商いに精を出していたら、気づくと一年が経ってしまっていたんだ。




 この一年で、尾張は大きく変わった。


 楽市のお触れから始まった、みなが儲かるような新しい商いの形。初めは困惑とともに迎えられた楽市令も一年を経つ頃には尾張中に広がって、その形が色々な場所で実を結ぶようになっていた。


 特に、津島の町はそれが顕著だ。



 とにかく、一目でわかるぐらい繁盛している店が増えた。津島に店を持つ旦那衆はみな、「儲かってしようがない」とか「近頃本当に景気がいい」とか、いつも嬉しそうに話している。


 座に遠慮する必要もない。自らが考えた商いを、好きなように実践できる。みなが様々な新しい商いを始めたのだから商売敵は数多く増えたはずなのに、殿様が関所を廃してくれたお陰で今まで以上に商いがやりやすくなっている。


 今までの商いと違い、百姓や町人、お武家さまにも銭が回る。みなが儲かるから、みなが余計に銭を使いたくなる。だからますます、ものが売れていく・・・


 そんな嬉しい循環が、尾張国を駆け巡っていた。尾張に住む一人一人が儲かり、潤い、それが尾張国自体の国力を増していく。織田家に入る年貢の実入りも、大幅に増えたらしい。


 尾張で暮らしたいと隣国から流れてくる商人や百姓も結構いるらしい。そうやってさらに、人とものと銭が尾張に集まってくる。ますます尾張は豊かな国になる。



 それは、間違いなく織田の殿様の力だった。


 殿様が出した楽市のお触れが、みなを幸せにしている。



 当然、殿様の評判はうなぎのぼりだ。



 『織田のうつけ殿様』と侮っていた連中も、その考えを見直すようになったって聞く。


 尾張国主である殿様にとって、評判が良くなったことはそのまま国主としての力に繋がる。


 特に殿様は百姓たちから大人気のようで、『信長に害をなせば領地の百姓たちから反感を買う』と敵対する清洲や岩倉、鳴海の山口などは織田家に手を出しづらくなったって聞いた。



 自国を豊かにして。敵対する連中を押さえつけて。


 この一年で、殿様は名実ともに尾張の国主に恥じない大名になった。



 一方、私は・・・




「・・・おう、お嬢。今日も『商人の姫様』は忙しそうだな」



 朝から店先で忙しく働いていると、小六と将右衛門が野武士を引き連れてやってきた。


 将右衛門はあからさまに馬鹿にするような口調で朝から私をからかう。



「・・・はぁ、その呼び方はやめて将右衛門」



「でも、津島の連中はみな言ってるぞ」



「知ってます!! だから嫌なんです・・・!!」



「何故だ? いいじゃねえか『商人の姫様』。実際、津島の町を仕切ってるのお嬢だろ」



「それは、そうなのだけれども・・・」



 だからこそ、頭を抱えたくなる。


 本当、どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・



 初めは、会合衆からの呼び出しだった。


 私個人、生駒吉乃を会合衆の列席に加えたいという申し出で。



 ・・・どうして、女の私が?


 ・・・生駒屋の正式な主は父なのに?



 変だとは思ったけども、『織田の殿様の楽市令について、楽市に一番詳しい私の話を聞きたい』『そのために会合衆に入ってほしい』と言われてしぶしぶ承諾した。


 要は、楽市令専門の相談役のようなものだと思っていた。



 ところが、蓋を開けてみれば・・・



『生駒屋さんは津島有数の大店として、今までも町に多大な尽力を尽くしてくださった。また織田家との諍いを取りなしてももらった。さらには楽市令、関所の廃止を織田家から出させたのも生駒屋さんだ。故に今までの生駒屋さんの功績を称え、生駒屋さんを我ら会合衆の『筆頭』としたいと思うがどうか?』



 ・・・え?



『それはいい!!』



『私も賛同する』



 ・・・いや、ちょっと待って。



『このように会合衆全員の賛同もある。よって生駒屋さんには会合衆の筆頭商人をお願いしたい!!』



 やられたっっ、と思った。


 わざわざ私を呼び出して言っているんだ。この『生駒屋さん』は父ではなく私のことだ。


 会合衆の面々は、父は隠居していて実際に店を仕切っているのは私だと知っている。


 私を、筆頭商人にしたいんだ。



 会合衆の筆頭ってことは、津島の商人の長ってことだ。


 確かに織田の殿様と繋がりを持っている私が津島の長になれば、津島の町として織田家との取次ぎも出来る。津島全体の商いもしやすくなるだろう。


 けれど『筆頭商人』なんて聞こえはいいけれど、要は面倒事は私に仕切らせて自分たちは自分たちの商いに精を出して儲けたいって話だ。



 ・・・あぁ、また私の役目が増えていく・・・



 結局私は押し切れるまま、会合衆の筆頭商人を請け負ってしまった。

 


『・・・聞いたか、生駒屋さんの女主人の話』



『あぁ、会合衆の筆頭になったんだって』



『生駒屋さんは今津島で一番儲けている商人だからな・・・これで名実共に尾張一の商人だよ』



『女の身ですげえよな・・・織田の殿様ともやり合ったっていうし』



『楽市令を織田に出させたのも、生駒屋のお嬢さんなんだろ』



『噂だと、美濃の濃姫様とも仲が良いらしいぞ』



『木曽川の野武士どもも従えているだろ生駒屋さんは。前にあのお嬢さんが荒くれを一喝しているところを見ちゃったよ・・・』



『源平合戦に出てくる巴御前のように男勝りな女子なんだろ・・・そんなお方がわしら商人の筆頭。津島の『商人の姫様』って訳か』



 ・・・誰が巴御前だっ!! 私はこんなにか弱い女子なのに・・・


 

 筆頭商人になったことは、すぐに町中の噂になった。


 女の身でありながら商人の長になった私を、みなは『商人の姫』なんて呼んで噂した。


 わたしはただの女商人で、『姫』だなんて柄じゃないのだけどなぁ・・・


 ましてや巴御前って・・・本当、そりゃ嫁の貰い手が来ない訳だ・・・



 そんな愚痴を小六相手に長々と零してやる。


 私の愚痴を小六はずっと呆れた顔で右から左に聞き流して



「まぁ、それがお天道様が決めたお嬢の天命ってことなんだろ。諦めな、『商人の姫様』」



 そんな適当なことを言いながら私の頭をとんとんと叩いた。


 小六のやつ、他人事だと思って・・・



「まぁ、そんな気を落とすなって。今日は、お嬢に手土産を持ってきてんだよ」



 えっ・・・手土産?



「小六と将右衛門が私に手土産? 珍しい」



 そんな、気の利いたようなことをするやつらだったかな・・・?


 不思議には思ったけれど、わざわざ私のために手土産を用意してくれているなんて素直に嬉しい。


 一体、何を持ってきたのだろう・・・?



「まぁ、せっかく持って来てくれたのならありがたく受け取ります」



「おぉ、そうか!! なら、早速お披露目といくか!! おいっ、入ってもいいぞ!!」



 手土産とやらは外に待たせてあるのか、将右衛門はすぐさま外に向かって大声で呼びかける。


 果たしてどんな手土産なのかな・・・(かんざし)? (くし)? 反物? ・・・なんて色っぽいものは、あの二人からは期待できないか・・・小六と将右衛門のことだから、もしかしたら鹿とか猪肉かもしれない。山に入って取ってきたとか。


 肉は私の大好物だ。けど近頃はもう全然食べてないなぁ・・・もしそうなら、嬉しい!!


 今日は御馳走だ・・・っ!!



 期待に胸を膨らませていると、外から小柄な男が駆け足で寄ってきて、私の前で立ち止まる。



「お嬢、それが手土産だ」



 将右衛門に言われて、私は目の前の男に視線を向ける。


 ぼろぼろの麻を着た、小柄な男。顔立ちは若い、五郎左殿や内蔵助殿と同じくらいなのだと思うのだけれど、とにかくそのしわくちゃな顔が印象的だった。身体は小さいのに手足は妙に長くて、よく見ると指も片手に六本ある。みすぼらしい姿なのも相まって、まるで猿みたいな男だなって思った。


 そんな男が、手ぶらで私の前に立っている。



 ・・・あれ? 手土産は?



「あの・・・手土産は?」



「わしゃあ中村の木下弥右衛門が子、藤吉でございやす。以後、お見知りおきくだせえ」



 ・・・え?



 藤吉と名乗る男は、私の話も聞かずにしわくちゃな顔でにこりと笑った。


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