父と一緒にする捜査
直矢が警察に電話をして、管轄の刑事が来た。哲哉が管轄の刑事に同じ警官で、警視だと伝えると現場の空気がキリッとなった。
ペンションにいた全員は、玄関からすぐの小さな部屋に集まり、事情を聞くために片倉刑事と丸刑事の二人の警官が入ってきた。
篤史と哲哉以外はせっかくの休日なのに……、という思いがあった。直矢に関しては、自分が経営するペンションがこんなことになるとは思っていなかったのか、ショックが大きいのが表情に出ていた。
管轄の刑事はペンションに来ている全員の名前を聞くと、手帳に書いていく。
「小川警視、お久しぶりです。私の事を覚えていらっしゃいますか?」
定年間近だと思われるややぽっちゃりの体型で白髪交じりの片倉刑事は、哲哉に自分の事を覚えているかと問う。
そう問われた哲哉は、もちろんです、と答える。
片倉刑事の隣にいる三十代前後で女性の丸刑事は、知り合いなのかと驚いている。
「前にうちの管轄と小川警視の管轄で、女性ストーカー殺人事件が起こって、その合同捜査で小川警視と一緒に仕事した事があったんや」
片倉刑事は親子ほど年の離れている部下の丸刑事に教える。
「あの時は片倉刑事のおかげで事件が解決する事が出来ました」
哲哉は意外なところで、しかも、一度しか仕事をした事のない自分の事を覚えていてくれた事が嬉しかったようだ。
「いえいえ、とんでもありません。小川警視と一緒に捜査が出来て光栄でしたよ。今でもそう思ってます」
片倉刑事は謙遜する。
自分の父親と片方の管轄のベテラン警官の再会話を聞いていた篤史は、仕事での父親の人望は厚いんやな、と思う。
「再会話はそこまでにして、被害者が亡くなったのは毒物ですよね?」
二人の管轄の刑事に聞く哲哉。
「そうです。その毒物が青酸カリです。二人の近くに青酸カリ入りのコーヒーがこぼれていました」
丸刑事が答える。
「確かにコーヒーがこぼれていたな。それにしてもなんで川田さんと寺岡さんは二人で同じ部屋にいたんやろうな? 昼食時は知り合いってわけやなさそうやったけどな」
哲哉は二人の関係性がわからないようだ。
「不倫やと思うで」
篤史は哲哉と二人の警官に言う。
「不倫……?」
息子の言葉に聞き捨てならないという表情をしている。
「うん。昼食では知らない者同士って感じやったけど、オレの目から見て、それが隠し通せてへんかったで。初対面の二人の事を聞くのも失礼やし、ただの思い過ごしやったいいのになって思ってたけど、まさかオレの思い過ごしが的中するなんて思ってへんかったけどな」
篤史は昼食時にはわかっていたと話す。
それを聞いた哲哉は、二人の事を見抜けなかったな避けない思いと同時に、息子の見る目はずば抜けている事に感心していた。
留理と里奈も事件が起こった事で、もしかしたら篤史の勘が戻ってきたのかもしれない、と思っていた。
「そうか。宇多川、二人がここに来た事はがあるんか?」
哲哉はは亡くなった被害者の事を聞いてみる。
そう聞かれた直矢は、来た事がないと答える。
「初めて来たんですね。ここでは知っている人がいないから密会にはうってつけってわけですね」
片倉刑事は不倫となると話が変わってくると言う。
「二人が亡くなった時間はわかっているのですか?」
「午後一時から一時半までの間です」
丸刑事が答える。
「二人は午後のキーホルダー作りに参加してへんかったな。コーヒーは二人が宇多川に淹れてくれって言って、自分で持っていったな」
「もしかして、不倫してる二人が一緒になりたい一心で心中したってわけですか?」
映利子は話の流れを聞いて、心中説を警官に聞く。
「確かに状況ではそうでしょうね。でも、まだ殺人の線も捨て切れません」
丸刑事が全員に言う。
「さっきキーホルダー作りをしていたと言っていましたが、被害者以外のみなさんは参加していたのですか?」
続けて、丸刑事が問う。
「篤史は参加してへんかった。部屋で一人でいた」
「そうですか。心中でしょうが、今のところ小川警視のご子息だけがアリバイがないのですね」
片倉刑事は他殺の場合、さすがに篤史の犯行はないだろう、と思いながら話す。
(殺人やったらアリバイがないオレは疑われるんか……)
キーホルダー作りに参加しなかったのだから、万が一、殺人なら疑われても仕方ないな、と思う。
そこに一人の男性警官が入ってくる。
「被害者の持ち物を調べたのですが、川田さんの持ち物から青酸カリが見つかりました」
入ってきた男性警官は管轄の刑事に報告する。
「そうか。川田さんのほうから心中を持ちかけたのか」
片倉刑事は心中で決まりだなという口調だ。
「もしくは寺岡さんに知らせずに青酸カリを飲ませ殺害して、その後に川田さんも後追い自殺をしたってところやな」
哲哉はもう一つの家庭を述べる。
「やっぱり心中なんやな。昼見た時はそんな感じじゃなかったのにな。ホンマ、人間ってわからへんもんやな」
清は見た目ではわからないなと言う。
その場にいた篤史と哲哉以外は、そうやな、と思う。
(いや、これは心中とかそんなやないで。二人を殺害した他殺やで)
篤史は心中という状況を否定するように思う。
「篤史、心中やと思うか?」
哲哉はそっと息子に聞く。
「いいや。これは他殺やで。この中の誰かが殺害したって見てる」
篤史は小声で答える。
「オレもそう見てる。きっとあの誰かが殺害したって見せかけて殺害したんやな」
哲哉は対象人物を見ながら、自分も息子と同じように解釈していたと言う。
「親父は誰が犯人やと思ってるんや?」
「まだ他殺と断定したわけやないから誰が犯人やとは言えへん」
息子の問いに、状況から見てどうも言えないと答える。
篤史もそうやな、と答える。
「もし、気になるなら独自に捜査してもいいで。片倉刑事と丸刑事には言っておくで」
哲哉は気になる事があるのなら、調べてもいいと言う。
「いいんか? 宇多川さんのペンションでもあるし、勝手に触れられたくない物もあるやろうし……」
父親の知人のペンションのため、勝手に調べる事に抵抗してしまう。
「そうやろうけど、宇多川は篤史が高校生探偵やって事は知ってるから、この事態で調べても全然構わないと思うが……」
念のため、言っておくがそこまで気にしなくても構わない、と言う。
「篤史君、調べても構わへんで。心中にしろ何にしろきちんと調べてもらわへんとペンションの経営が出来ひんからな」
二人の会話を聞いていた直矢が憔悴しきった様子で言う。
「宇多川さん……」
「金銭的なもの以外なら今のところ触れられたらアカン物はない。だから、篤史君が気になった事があれば遠慮なく調べてもいいで」
篤史の事を知っている直矢は言う。
「宇多川、ありがとう」
息子の代わりに父親である哲哉が礼を言う。
そして、篤史は二人の警官の許可を得て、現場に向かった。
純一が宿泊する部屋は六畳の洋室だ。入ってすぐのところにトイレと洗面台。奥に進むとテレビと机、ベッドが置いてある。どこにであるペンションの部屋だ。
篤史は二人の遺体を発見時、疑問に思った事がいくつかあった。
なぜ二人は別々に宿泊して、なぜ知らないふりをしていたのか。不倫旅行だから別々にしたのか。
それならどちらかの名字で統一して、夫婦として宿泊しても良かったのではないか。別々にしないといけない何か理由でもあったのか。
二人が亡くなった今、そんな疑問を投げかけても何一つ答えはわからないのだが、それは一つずつ解くのが高校生探偵である自分の課せられた問題なのだ、と篤史は思っていた。
(宇多川さんが作ったコーヒーに青酸カリが入っていた。二人の所持品にも青酸カリが見つかっている。オレも親父も他殺と見てるけど、一体、誰がどうやって心中に見せかけて、二人を殺害したんや?)
純一の部屋を見ながら、ため息をついて思う。
「鑑識さん、心中なんですか?」
篤史は近くにいる鑑識官に他殺とは言わずに問う。
「今のところはね」
鑑識官は簡潔に答えると作業に戻る。
(他殺の証拠はまだ出てへんのやな)
篤史は何かわかれば鑑識官が報告してくれるやろう、と思い、現場を出て部屋に戻る。
自分に座っていたイスに座る篤史に気付いた哲哉は、
「何か見つかったんか?」
息子の耳元で聞く。
その問いには、何も見つかってへん、と答えた。
哲哉はそうかと頷くと、他殺の場合、そんなに簡単に証拠は見つからへんやろう、と思っていた。
「他の刑事がそれぞれの家族に今回の事を連絡したところ、お互いの家族は二人の不貞行為は知っていて、揉めている最中だったようです」
片倉刑事はあらかじめ他の刑事に二人の家族に伝えろと指示しておいたため、その連絡を受けたようだった。
「ダブル不倫で揉めてたって事なんですね?」
知和が確かめるように聞く。
「そういうことです。川田さんには妻と二人の子供がいて、寺岡さんには子供はいなかったものの夫と二人暮らしです」
「お互いの家族はどこで二人の不倫に気付いたんですか?」
丸刑事が家族について言った後に、ゆりがお互いの家族がどの時点で不倫の事実に気付いたのかを問う。
「川田さんは奥さんが川田さんの携帯を見て知った。寺岡さんは共通の知人から聞いたそうです」
その問いには片倉刑事が答える。
「それでお互いの家族で揉めていたわけやねんな。二人の出会いはどこかわかっているんですか?」
哲哉はダブル不倫となったきっかけを二人の警官に問う。
「同窓会です。二人は高校時代の同級生だったようです。三年前にその同窓会が行われ再会した。その時に連絡先を交換し、最初はお茶をする程度だったのですが、不倫に発展した、と寺岡さんの夫が電話口で話していたようです」
そう答える片倉刑事は、なんともいえない思いが駆け巡っていた。
「それでお互いの家族間で話し合いが行われていたんですね?」
留理が聞く。
「そうです。川田さんは子供がいるため離婚しないでなんとか修復したいと言っていて、寺岡さんは夫のほうから離婚を申し出ていたようです。先週の話し合いでは、当の二人は別れるという方向で話は進んでいたようなんです」
片倉刑事は別れるというのは口先だけだったんだろうという意味合いを言葉に含めた。
「宇多川のペンションに来たという事は、二人で会う最後の旅行のつもりやったのか。それとも別れるつもりがなかったのか……」
哲哉は二人の気持ちがわからないというふうに言う。
それはその場にいた全員も同じだった。
「宇多川さんにお聞きしますが、二人は一緒に宿泊予約をされたんですか?」
「いいえ。川田様はネットで、寺岡様は電話で予約を承ってます」
直矢は別々の予約を承ったと答える。
「ダブル不倫やと悟られへんように細心の注意を払ってたっていう事やねんな」
篤史はダブル不倫のためやろう、と思いながら言う。
(だから宿泊部屋や名字は別にして、知らないふりをしてたんやな)
二人の遺体発見時に疑問に思ったことが一気に解けたような気がした。
そして、しばらく話を聞いた後、篤史は哲哉と共に二人の管轄の刑事と直矢に承諾を得て、事件の事を調べる事にした。
小川親子が最初に向かったのは受付だった。受付に置いてある宿泊名簿を見る。だが、特に変わった事はない。
そして、その奥にある事務所に入り、過去の宿泊名簿を見る。もしかしたら、前にも二人が来た事があるかもしれない、と考えたからだ。
「篤史……」
哲哉が過去に二人が来ていたのを見つけ、息子に宿泊者名簿を見せる。
「宇多川さん、さっき二人は初めて来たって言うてたやんな?」
直矢の言った事が矛盾していると篤史は指摘する。
その指摘に頷きながら、
「この日付だけを見ると約二年半の前のものやし、宇多川が覚えてへん可能性もあるけどな」
と、ペラペラと宿泊者名簿をめくっていく。
「あれ……?」
哲哉は二人の最初の宿泊記録から約半年後にも名前がある事に気付いた。
「また二人の名前があるな」
「うん。定期的にここに宿泊してるみたいやな」
哲哉はその後の宿泊者名簿をめくりながら、何度か順一と今日子が宿泊していた事を知る。
「定期的に宿泊してたって事は常連やんな。なんで宇多川さんは知らんなんて言うたんやろ?」
篤史は直矢がなぜ二人の事を知らないと答えたのかわからないでいた。
一方、哲哉は今回の事件は知人である直矢が犯行なのではないか、と直感的に思っていた。
そして、次に食堂に向かった二人。知人の犯行を払拭したい思いの哲哉は、なんとか知人の犯行じゃない証拠を探したい、と思っていた。
二人は直矢が使用しているキッチンをくまなく調べていく。
「親父!」
篤史は何かを見つけて哲哉を呼ぶ。
「どうしたんや? 何か見つかったんか?」
別の箇所を捜査していた哲哉は息子に近付く。
「青酸カリ入りのビンが食器棚の奥から見つかったで」
食器棚の奥に隠すように置かれていて、それをいつでも使えるようにしていたようだ。
鑑識官が調べていないのもあるため、まだ発見されていなかった。
「そうか……」
哲哉はそう一言言うと黙ってしまう。
「宇多川さんがあの二人を殺害したんやな」
「これだけでは言い逃れされてしまう可能性がある。他に確実な証拠がないと宇多川が犯人やと言えへん」
知人に犯行だと思いたくない哲哉は、他の証拠も必要だと言う。
「他の証拠か……」
父親にそう言われた篤史は、これ以上の証拠はないと思いながら、頭をフル回転させながら考える。
(確実な証拠……。何かあるかな?)
篤史はペンションに来てからの事を思い出す。
篤史には今日子が昼食時に言った言葉が思い出された。
それは今日子がチキンを褒めている時に、宇多川さんの食事が一番美味しい、という言葉だった。
その時は気にも留めていなかったが、今思えば、何度かこのペンションに来て食事をした事があるという意味にも取れる。
いくら直矢が初めて来たと主張したところで、宇多川さんの食事が一番美味しい、と今日子が言ってしまったため、ペンション以外で食べたと考えにくいし、否定したところで何の意味も持たなくなってしまう。
「昼食時に寺岡さんが宇多川さんの食事が一番美味しいって言うてたやんな?」
「そういえば、そんなこと言うてたな」
昼食時の事を思い出す哲哉は、今日子がそんなことを言っていたな、と思いながら答える。
「このセリフが宇多川さんを追い詰める事が出来る材料になるかもしれへん」
篤史は確信したような目で哲哉を見て言う。
哲哉も瞬時に息子と同じ事を思っていた。