父との対話
篤史の部屋に入ってきた哲哉は、意思表明したような表情だ。それを見た篤史は、再び自分と話し合うためなんだ、と直感的に思った。
そして、ベッドの上に座っている篤史の前に座る。
「今日は始業式やったな。部活もあったんやろ? 練習にはついていけたんか?」
哲哉は息子に学校の事を聞く。
「まぁ、それなりには出来た」
哲哉の顔を見れずにうつむき加減で答えた篤史。
「そうか。夏休みの間、部活を休んでたから練習についていくのは大変やったやろうが、そのうち調子が戻ってくる。ところでこの前の話の続きやけど、篤史はこれからどうしたいんや?」
夏休みに自分の実家に来た時、息子に反抗的な言葉を投げられた哲哉は、どうしたいのかを問う。
そう問われた篤史は、何をどう答えたらいいのかわからないまま黙ってしまう。
哲哉は黙る息子に何も言わずに見守るように見ている。
「これからの事は色々考えてるけど、今は勉強や部活とか頑張りたい。進学とかは三年になる前に話す」
篤史はそう答える。
夏休み中に関西以外の大学に進学すると考えた事は胸の奥に引っ込めた。というのも、夏休みの家出の成り行きでそう考えただけで、万が一、関西の大学に進学すると決めた場合、言った事と行動がブレているとなりうるからだ。いわば、自分の中で予防線を張ってしまったのだ。
自分でも卑怯やな、と思ってしまう篤史は、これからの自分の人生は自分自身が決めないといけないんだという思いと決意があった。
「わかった。時期がきたら話してくれ。それまで待ってる」
哲哉は篤史に気持ちが少しはわかったような気がしていた。
そんな哲哉は自分の子育て論がこれで良かったのか、と篤史が家出をした事で悩んでいた。
亜希奈と結婚した時、ある程度の子育て論の理想があった。その理想を元に亜希奈と共に子育てをやってきた。
それは篤史の姉や弟にも同じ事を言える事だった。三人の子供が病気一つなく無事に育ってきてくれた。亜希奈と懸命にやってきた子育ては間違っていなかったと自負するくらいだった。
しかし、この夏、自分の子育て論の理想が音を立てて崩れてしまった。篤史が家出をして、反抗的な言葉を言われた事で、子育てが多少なりとも間違っていたのではないか、と思うようになっていた。
「篤史の気持ちに気付かずにいてスマンな」
「別に謝ってもらったところでオレがした事の主張は変わらへん」
そっけなく言い放つ篤史。
それを聞いた哲哉は、そうやな、と思う。
それと同時に哲哉は、自身の学生の頃を思い出していた。
哲哉は公立高校の特進コースに在籍していた。部活はしていなかったものの、勉強が楽しくて家に帰ってでもしてるくらいだった。
それは小学生の頃から両親に言われる事もなく、自主的に家で勉強する癖がついていた。そのせいか、塾に行かなくてもどの教科もまんべんなく出来たほうだった。
その後、大学に進学したが第一志望に落ちてしまい、第二希望の大学に通う事になった。学部は希望の学部だったが、第一志望に落ちた事で、哲哉は人生初めての挫折を味わったのだ。
第一志望の大学に落ちた哲哉、第二希望の大学で大学の勉強に飲食店のバイトにサークル。何の気力も湧かずに過ごしていた。
そんな中、警官にという職に就きたいといういう思いが湧いていたのだ。それは元々、警官志望の大学の友人からの話を聞いての事だった。
それからというもの哲哉は警官になるために色んな努力をしてきた。そして、友人と共に警官の採用試験を受けて、見事に二人共採用となった。その後、友人とは別々の署に配属となった。
哲哉は第一志望の大学に落ちたものの、それ以外ではエリート街道まっしぐらにやってきて、警視まで登りつめた。
だが、大学受験の時、第一志望に落ちて挫折を味わったのが良かったのかもしれない。そうじゃなければ、ずっと、挫折を知らないまま過ごしていて、子供にまでエリートを求めてしまうかもしれないからだ。
実際、哲哉は子育てをする中で子供達をエリートにするつもりは全くなかったのだが、自分の言動などで篤史にだけはそういうふうに感じ取られていたのは確かだった。
「親父、なんで警官なんや? なんでエリートなんや?」
長い沈黙の後、篤史は哲哉にエリート警官という事に篤史なりに自分の父親の肩書きがエリート警官という事に自分なりに葛藤があった。
もし、父親がエリートじゃなかったら、小川家の長男だから……、とかそういう類の言葉は言われずに済んだのかもしれない、と思っていたからだ。
息子の問いに、哲哉は少し考えてから、
「警官は大学の友人の影響や。篤史が言ったエリートという言葉にいい気持ちにはならへんけど、学生から色んな努力をしてきたからや」
「人それぞれやと思うけど、努力してもどうにもならへん事はある。まぁ、親父の場合、その努力が実ったから今の地位があるんやけど……」
哲哉が言った努力という言葉に、誰もが当てはまるわけではないと反論する。
「確かにそうや。篤史もサッカーの練習を頑張ってるからレギュラーをもらえてると思うが、違うか?」
「そうやけど……」
哲哉の言葉に何も言い返せない篤史は、そう一言言った後、黙ってしまう。
(やっぱり親父には何を言っても敵わへんな……)
ぼんやりと思う。
「さっきエリートと言ったが、別にエリートを意識したつもりはないんやけどな」
ポツリと呟く哲哉。
それが耳に入った篤史は、自分がエリートだという自覚がないんやろうな、と思ってしまう。
「夏休みに篤史が家出をしてから、オレも反省しないといけないところもあるなと思った。だが、篤史も家出をしないで言いたい事は言って欲しい。そうやないと夏休みみたいな事があったら、家族全員は驚いてしまうからな」
自分の子育ての仕方も反省しないといけないのだが、篤史も言いたいことがあるのなら言って欲しいと願い出る。
そう言われた篤史は、わかった、と返事をする。
「オレから言いたい事はこれだけや」
哲哉は話はこれだけだと言う。
篤史からも何も言う事もなかったため、頭だけを動かしてわかったというふうに頷いた。
哲哉に言った言葉どおり、今は勉強や部活、高校生探偵探偵を自分なりにやっていきたい思いがあった。
もちろん、育江との事は忘れるつもりはない。自分が生きている限り、一生忘れる事はないだろう。
そして、二学期早々、哲哉との関係が少し縮まるような事件が起こったのだった。