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再び始まった生活

九月一日、篤史の学校では二学期が始まった。一昨日まで哲哉の祖父母の家にいた篤史は、学校に行く足取りが重かった。

午前中に校長からの話があり、それが終わると、数学と社会の夏休みの宿題を提出した。そして、担任の由良幸太郎から簡単に話があり、それで解散となった。

午後からは部活がある。約一ヵ月半ぶりの部活に篤史は若干緊張していた。

始業式が終わった後、篤史は職員室に来るよう、幸太郎から呼び出された。幸太郎と共に職員室に行くと、奥にある個室に入った。そして、二人は向かい同士に座る。

「夏休みはゆっくり過ごせたか?」

幸太郎は夏休み中、部活を休んでいた篤史に問う。

その問いには、はい、と返事をした篤史。

「そうか。お母さんから電話で聞いたが、何があったんや? 知和は部活に出てたのに、兄であるお前は出てへんかったからな」

幸太郎は率直に夏休みに来なかった篤史の気持ちを聞いてみる。

それに対して、篤史は何も答えないようとしない。

「別に無理に話してくれなくてもいい。一学期まで何事もなく、しかも、夏休みは強化合宿にも参加してくれたから心配してなかったが……。夏休みの間、部活を休んだから何かあったんかなって思ってな」

幸太郎は篤史の気持ちを考えながら、何か気持ちの変化があったのか、何があったのかを聞き出す。

噂で育江と付き合っていた事も幸太郎の耳に入っていて、そのことも関係していたのだろうな、と思っていたが、あえて言わなかった。

篤史のほうは担任の言いたい事はわかっていた。

「両親の教育方針が受け付けなくて……。父は何をするにも小川家の長男やからって言ってばかりで、姉ちゃんや知和には全然そんなこと言わへんのが腹立ってたんです。あの家にいたらオレはアカンようになってしまうんやないかって思って家出を決行したんです」

自分の言葉で家出の経緯を話す篤史。

それを幸太郎はじっと聞いている。

「両親に何も言わずに行った先が父方の祖父母の家で、何も聞かずに受け入れてくれたんです。祖父母から両親にオレが来てる事を伝えてくれて、お盆前に両親が来て話す事が出来ました。でも、父に初めて反抗的な事を言ってしまって……。ホンマは反抗的なことを言うつもりはなくて、自分の気持ちを言うつもりやったのにって思ってしまって……」

篤史は初めて哲哉に反抗的な態度を取った事を話す。

「別に反抗的な事を言ったからって親子関係が崩れるとかそんなことはない。今まで反抗的な態度を取ってへん小川がそこまでするっていうのは、成長してる証拠やと思うで」

幸太郎は今までの篤史と比較して言う。

今まで反岡高校の生徒として、高校生探偵として、良い子すぎると思っていた幸太郎は、両親に初めて反抗的な態度を取った篤史に安堵感を覚えていた。

一方、篤史のほうは翔也といい、幸太郎といい、同じような事を言われた事で、自分がいかに良い子を演じていたのか。どれだけ良い子だったのか、を思い知らされた気がしていた。

「まぁ、オレが言った事は今までの小川と比べてというわけやから、小川らしくいればいいんやないかな。確かに姉弟間で比べられるのは嫌な気持ちはわかるで。でも、親御さんも子育てで必死やったと思うし、そこは汲み取ってあげて欲しいな。それにこうやって小川が二学期になって来てくれて良かった。お母さんから話を聞いた時はこのまま学校を辞めるんやないかって思ったからな」

幸太郎は篤史が取った行動で中退するかもしれない不安を口にした。

「確かに辞めようと思いました。でも、それをすると周りに迷惑をかかってしまうから思い留まりました。先生にまで迷惑をかけてすいませんでした」

幸太郎に謝罪する篤史。

ただでさえ家出をした事で周囲に迷惑をかけていたのに、学校まで中退してしまえば、さらに迷惑をかけてしまうのではないか、と篤史自身思ったからだ。

「いいんや。初めて長期的に部活を休んだから、一度、小川と話をしないとアカンなって思ってたから……。まぁ、今日のところは話はこれくらいにしておこうか。午後から部活があるから昼食取る時間がなくなってしまうからな」

幸太郎はさほど気にしていないと言う。

そう言われた篤史は幸太郎の気持ちが嬉しかった。

話を終えて、職員室を出た篤史は昼食を取るために食堂に向かった。

食堂には同じサッカー部の部員が何人かいる。久しぶりにある部員に緊張しながらも近付く。

「あっ! 小川!」

そこに翔也が気付いて手をあげる。

同じ部員も久しぶりに篤史の顔を見た事で歓喜に湧いていた。

「夏休みずっと休んでたからどうしてたんかと思ってたで」

同じ学年の部員が篤史に言う。

「休んでてスマン。色々あってな」

夏休みに部活に来なかった事を部員達に謝る篤史は、すっと緊張が解けていったような気がしていた。

「そうなんや。今日から二学期やし、体がなまってるんと違うか?」

「そうかもしれへんな。久しぶりの部活やし、思うように体が動かへんかもしれへん」

そういう篤史は児湯の部活は程々にしておこう、と思っていた。

「それより小川……」

篤史の隣に座っている翔也が、小声で篤史の耳元で何かを言う。

「なんや?」

翔也に倣って篤史も小声になる。

「父親とはどうなったんや?」

夏休みに聞いた哲哉との事を聞いてみる。

「あれから親父とは何も話してへん。話したところで何も変わらへん」

篤史はまだ哲哉との関係性は変わっていないと答える。

「そっか。オレが立ち入る事やないと思うけど、母親を交えてきちんと話したほうがいいと違うか? 盆前に話し合いをしたと思うけど、もう一度話し合いが必要やと思うで」

翔也は余計なお節介だと思うが……、というふうな口調だ。

篤史はわかっているという表情で頷いた。











その日の部活が終わった篤史は、疲れからかまっすぐに家に帰ってきた。今日の練習は、一学期と同じような練習メニューだった。夏休みの間、ずっと休んでいた篤史は、若干キツかったが、なんとか練習についていけた。

夕食を終えて、自室に戻りベッドに寝転ぶとふっとため息をつく。

食堂で翔也に言われた、両親ともう一度きちんと話し合いをしたほうがいいという言葉が、篤史の脳裏に蘇る。

盆前に簡単に話し合いをしたのだが、反抗的な言葉を投げかけてしまったため、どう切り出したらいいのかわからないでいた。いっそこのままでいたほうがいいのではないか。そんな思いもあった。

というのも、哲哉に小川家の長男だから……、と言われる度に自分の本音が言えずにいたからだ。

しかし、こんなことではいけない事くらい篤史にだってわかっていた。

きちんと自分の本音を哲哉と亜希奈に伝えないとわからない。本音を話したところで二人に伝わるのか。自分の悲痛な思いは二人に響くのか。篤史の心は限界に近い感じだった。

(なんでこの家やったんやろうな? 小川家の長男やって言われるくらいやったら、この家やなくても他の家の子供でも良かった。別にこの家の子供やななくても良かった)

両親が悲しむような事を思ってしまう篤史。

今日、幸太郎から小川らしくいればいいと言う言葉が、篤史にとっては嬉しかった。一年生から担任を受け持っているため、過ごす時間が短いのに、両親より自分の気持ちをわかっているんではないか。そう思っていた。

そして、机に置いてある育江と撮った写真を見る。去年のクリスマスに育江が大阪に遊びに来てくれた時にクリスマスツリーの前で撮ったものだ。

辛い時、育江の笑顔に助けられた。電話で何度も励まされた。

殺人事件を起こさなければ……、と今でも思う。育江が殺人事件を起こした事によって、自分達の付き合いに大きく変わってしまった。

篤史は今でも育江と付き合った事は後悔していない。少しでも後悔をしてしまうと申し訳ない気持ちにあった。

一度、育江に手紙を書こうと思った事があった。だが、それは出来なかった。

手紙を送ったところで付き合っていた彼氏が殺人事件を暴いた相手のため、手紙を送りにくいだろう、と考えたからだ。

これから先、ずっと好きだった育江の事を胸に抱えて生きていかなければいかない。たった十七年しか生きていないのだが、篤史にとってはそれくらいの思いなのだ。

そこに篤史の部屋がノックされた。返事をすると入ってきたのは哲哉だった。

哲哉を見た篤史は慌てて起き上がる。

「親父……」

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