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突っぱねた気持ち

その週の土曜日の午後、哲哉と亜希奈が祖父母の家にやってきた。

前日の夜、哲哉から明日の昼に行くという電話があり、静江から篤史に伝えられた。それを聞いた昨夜の篤史はあまり眠れなかった。

息子が世話になったという事で何か手土産を持ってきたようで、一階ではその手土産の話題になっているのが、二階にいる篤史にも聞こえてきた。しばらく祖父母が両親に話をすると、哲哉だけが二階の篤史がいる部屋に入ってきた。

哲哉を見た篤史はとっさに下を向いてしまう。哲哉のほうはさほど怒っているわけではなかった。むしろ、自分が仕事の忙しさにかまけて、話を聞かなかった事もあり、息子が家出をした事について、反省している感じだった。

哲哉は篤史の前に座る。

「お袋から聞いた。今回はすまなかった」

最初に息子に謝る哲哉。

それに対して篤史は何も答えない。

「初日に亜希奈から事情を聞かせれた時、自分でも何がなんだかわからなくなって驚いた。篤史が家出をするという事はそれなりの理由があっての事なのは了承している。さっきもお袋からお前は篤史の気持ちを何もわかってへんってこっぴどく言われてしまった」

まさか自分の息子が家出をするとは思ってもみなかった哲哉は、母親に言われた事にショックを受けていた。

それと同時に、祖母は自分の気持ちを少しは伝えてくれる手伝いをしてくれたんだ、と篤史は解釈していた。

「篤史の気持ちを聞かせて欲しいんや」

家出をするくらいなのだから、息子なりに考えや思いがあるんやろう、と思っている哲哉の胸中は、今までになく必死だった。

「言うたところでわかるんか?」

篤史は小さな声でポツリと言う。

哲哉はえっという表情をしている。

「親父はいつも自分の正論を押し付けてくるやろ? そんなことされてるオレの身にもなってみろや。なんでオレばっかり自分の正論を押し付けてくるねん? それやったら姉ちゃんや知和にも同じ事をしろや」

篤史は怒りに任せて一気に言ってしまう。

「息子やからって何してもいいわけやないねん。オレはオレの生き方があるねん」

「篤史……」

息子の気持ちを聞いた哲哉は、今までの自分の育児論が間違っていたのかと思うくらいだった。

それくらい篤史の言葉は重かった。

「オレが言いたい事はそれだけや」

篤史は自分の気持ちとは裏腹に哲哉を突っぱねてしまう。

こんなことを言うためではなかったのだが、父親を目の前にしてしまうと、どうしても反抗的な事をいってしまいたくなる。自分の本当の気持ちや思いを知ってもらいたいだけなのに、こんなことを言ってしまうのは、篤史の本心ではなかった。

息子に反抗的な言葉を言われた哲哉は、淋しそうな表情を浮かべる。

「言われてみればそうやな。篤史の事を思っての事やったけど、それは篤史を圧迫してだだけなんやな」

自分がこうしたいという子育て論は間違っていたのかもしれない、と思った哲哉は、篤史に対しての子育てをどう方向転換していけばいいのか悩んでいた。

「もう少しこの家にいて、これからの事を考えたいんや」

篤史は育江の事もあり、自分自身がどうしたいのかを見つめ直したい、と哲哉に伝えた。

「わかった。篤史がそうしたいならそうすればいい。でも、二学期が始まるまでには帰ってきて欲しい」

哲哉はしばらく息子の気持ちが落ち着くまで自分の実家にいてもいいと了承した。

そこに部屋のドアがノックされた。入ってきたのは亜希奈だった。

亜希奈は心配そうにしている。

「篤史、大丈夫? 今まで辛い思いをさせてゴメンね。篤史を傷付けるつもりはなかったんやけど、私達にとって初めての男の子やし、厳しいくらいがいいのかなって思ってた。だから、篤史の肩を持ちつつ、お父さんの子育てには協力してきたんや。もちろん、お母さんもお母さんなりに子育てに専念してきたで。でも、それが篤史を苦しめる事になってたんやね。今まで篤史は頑張ってたで」

亜希奈は哲哉と協力してきた子育てが違う方向へと進んでしまった事に情けない思いが芽生えていたようだ。

「三日前に由良先生から電話があって、部活にはいつから参加出来ますかっていう電話があったで。今回の事からあってからお父さんと相談して、夏休みに間、部活は休ませようってなって、由良先生には事情を話した。だから、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家には二学期が始まるまでいてもいいで」

夫婦で話し合った事を篤史に伝えた。

「姉ちゃんと知和はオレが家出した事は知ってるんか?」

両親に聞く篤史。

「もちろん、知ってる。二人にもきちんと話してわかってくれた。知和には篤史は事情があって夏休みの間、部活は休むって先輩や同級生にも言っておけと伝えておいた」

その問いには哲哉が答える。

答えを聞いた篤史は、何も言わずに頷く。

「二学期に入れば帰ってこないとアカンけど、しばらくここの家にいてゆっくり過ごしたらいい」

哲哉は事の重大さに気付いて、しばらくは自分の両親に息子を任せよう、と思っていた。

中学生からずっと部活漬けだった篤史も滅多にない長期休暇に自分なりの思い出を作っていこう、と思っていた。











篤史の両親が来た日の夕方、祖父母の家の近所にある神社で夏祭りが行われた。午後五時から始まり、両親が来た時より幾分落ち着いた篤史は、陽一郎と一緒に行くと色んな夜店を出ていた。

静江から今日は夏祭りで何か食べてきてもいい。自分は家で簡単に夕食を済ませる、と言っていた。それを聞いた篤史は、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

夏祭りには近所の親子連れや同性の友達と来ている学生。その中にはカップルと思われる若い男女もいた。それを見た篤史は、つい自分と育江と重ね合わせて見てしまう。

今でも育江と付き合っていたなら、夏祭りや花火大会やプール、夏の思い出をたくさん作る出来た事であろう。去年の秋から付き合い始めた篤史は、一度でいいから育江と夏の思い出を作りたい。作っておきたかった、という思いがあった。

夏祭りに着いた篤史は、射的やスーパーボールすくいやくじ引きなどゲームをひとしきりした。その後、陽一郎と共に焼きそばとたこ焼きを買って、隅にあるイスに座って食べる事にした。

久しぶりに童心に返った篤史は、こんな夏休みを毎年送りたかった、と内心思っていた。

「今日は色々あったな。哲哉にも言ったけど夏休みの間はここにいてもいい。まぁ、きちんと話し合わないと何の解決にもならんが……」

陽一郎は息子と孫の間に生じた歪みをどう修復していったらいいのか、陽一郎なりに考えながら言った。

「そうやな。爺ちゃんにも迷惑かけたな」

「いいんや。爺ちゃんも四人の父親を経験してるから子育ての大変さはわかってるつもりや。……といっても、静江に任せっきりになってたから、ワシが言える立場ではないがな」

陽一郎は哲哉と同じ父親という立場で、哲哉の気持ちもわかっていた。

篤史はこれから先、自分がどうしたらいいのか。何をしたらいいのか、を考えていた。

将来の夢はあるが、本当にその夢でいいのか、と悩んでいた。やり直しがきくのだが、今の家庭環境を思うと、やり直したいと言えば反対されるのは目に見えていた。

自分の夢を叶えるにはどうしたらいいのか。哲也との関係をどうしたらいいのか。そして、別れたばかりの育江の事。篤史にとって色んな事が重荷になってのしかかっていた。

しかし、前に進むには突破しないといけない事がたくさんあった。この夏休みに間、自分の将来の事などゆっくりと考える良い機会だ、と思っていた。

「篤史、食べ終わったらかき氷か何か買って帰ろうか」

陽一郎は焼きそばを食べる手を止めて言う。

篤史がスマホの時間を確認すると午後七時になろうとしている。

それを見た篤史は、そうやな、と頷く。

食べ終わった二人は、かき氷を買って食べながら帰る事になった。篤史はメロン、陽一郎はレモンを買った。

家に帰ると静江が居間にあるテレビを見ながらくつろいでいた。

「あぁ……帰ってきたのかい? 篤史、楽しんできたかい?」

帰宅した二人に気付いた静江は笑顔で迎えてくれる。

「うん。久しぶりの夏祭りやったから興奮したわ」

篤史は楽しかったというのを前面に出して答える。

「そうか。楽しかったきたんやったらいいんや。風呂が沸いてるから入っておいで」

静江は篤史に風呂に入るように促す。

篤史はわかったと答えると、かき氷が入った器をゴミ箱に捨てた後、二階にある自分の寝巻きを取りに行く事にした。

それを見届けた静江は、

「あんな笑顔を見せて……。長い事、哲哉の前で笑顔でいる事を封印してたのかもしれへんね」

ため息交じりに陽一に言う。

「そうかもしれへんな。出店のゲームをしてる姿は楽しそうやったからな」

陽一郎は今日の夏祭りでの篤史の様子を静江に伝える。

「部活もあったし、何かを楽しむっていうのを随分してへんかったやろうな。哲哉の勧めで高校生探偵なんかもやってて……。高校生探偵をやってへんかったら少しは親子関係は今よりマシやったかもしれへん。なんで篤史にだけあんなに苦労ばっかりかけるんやろうね」

静江は篤史に負担ばかり増えている事に心を痛めていた。

今までは学校や部活の事や友達の事、高校生探偵をしている事を誇らしげに思っていた祖父母だったが、今回ばかりはそんなふうに思えなかった。ましてや、来たばかりの頃の泣き出してしまいそうな表情を見たら、誇らしい気持ちも吹き飛んでしまうようだ。

今日、息子夫婦が来た時に静江は高校生探偵を辞めさせたほうがいいのではないか、と言った。そう言った背景には、篤史の気持ちは自分達が思っている以上に深刻なのではないか、と思っていたからだ。

しかし、二人の答えは篤史が辞めたいと言うまで続けさせるというものだった。それを聞いた静江は、どこまで孫を痛めつけたらいいんだ、とキツく言い放ってしまった。

その静江の言葉に息子夫婦は言い返す言葉もなく、ただ黙ったままでいた。

「とりあえず、夏休みの間、ここにいるからそれまでに篤史も自分なりに答えを出すやろう」

陽一郎は孫の行く末が気になりながらも静かに見守ろうと静江に言った。

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