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篤史の胸のうち

事件が解決して一時間、他の刑事から事件の話を少し聞かれた後、全員は岐路に付く事になった。

「せっかく今日宿泊する事になってたのになぁ……。前に仕事仲間がこのペンションに泊まった話を聞かされて、ずっと前から宿泊する事を楽しみにしてたんだよな」

清が残念そうにペンションを見ながら言う。

「そうですよね。ペンションなんてそうそう来ないですしね」

映利子もため息交じりに言う。

「ネットで食事が美味しいって書いてあったし、実際、仕事仲間もそう言ってたからな。でも、短時間やったけどこのメンバーで過ごせて楽しかったで」

出る前に警官からキーホルダーを受け取った清は、自分で作ったそれを見つめながら言う。

「私もです。映利子から誘われた時は乗り気じゃなかったけど、楽しかったって思える一時でした」

ゆりも初めて会った時には見せなかった笑顔になりながら言う。

「キーホルダーの思い出が出来たから来た甲斐があったね」

留理も笑顔になる。

それを聞いた里奈も頷いている。

「またこのペンションに泊まりたかったな」

杏奈がしんみり言う。

「そろそろ帰ろうか。みなさん、長時間の拘束でお疲れでしょうから気を付けて帰って下さい。事件が起こるまで楽しかったです」

そこに哲哉が帰らないといけないため、ペンションの前で解散しようと言う。

全員は互いに挨拶をして、これで解散となった。

すでに時刻は午後六時を過ぎて、小川家と二人の幼馴染は途中でどこか夕食を食べて帰ろうという事になった。車で一時間走ったところにあるファミレスに入った。

篤史は事件を解決したという開放感に満ち溢れていて、行きとは違う気持ちでいた。それを哲哉が一番に感じ取っていた。

他の客同様、楽しかったという思いがあった篤史は、長期休暇だったら宿泊しても良かったと思ってしまったくらいだった。

「篤史の分のキーホルダー。留理ちゃんと里奈ちゃんが参加しない篤史のために作りたいって言って、宇多川さんにお願いしたんやで。感謝しなよ」

注文を終えた杏奈が弟の分のキーホルダーを渡す。

それを見た篤史は驚く。

「キーホルダー作りに参加しなかったから、篤史の分まで作ったんやで」

里奈が言う。

「別に作っていらんかったわ」

照れを隠すように言ってしまう篤史。

「照れるなよ。兄ちゃん、学校でもモテるからな」

知和はニヤけながら言う。

「モテるって……余計な一言や」

篤史は姉からキーホルダーを受け取りながら言う。

「だってホンマの事やもん」

知和は篤史とは年子という事で小学生の頃から女子からのモテっぷりを知っているからこそ、言葉に力が入っていた。

それは幼馴染である留理と里奈も同じ事を思っていた。

「篤史……」

そこに隣に座っている哲哉がそっと息子に声をかける。

声をかけられた篤史は、なんや?と首を傾げる。

「事件を解決してくれてありがとうな。他殺やと言った篤史の言葉で確信を持てた」

「親父が心中やと思うかって聞いてくれたから、オレも事件を解決する糸口が見つけられた。それに親父と一緒に捜査が出来たのが新鮮やった」

篤史は素直な気持ちを父親に言った。

それを聞いた哲哉の中に安堵感が広がっていた。

それと共に夏休みに起こった家出が尾を引いていて、家族間に色んな歪みが生じ始めていたが、今回の件で篤史と哲哉の親子関係が少し縮まったような気がしていた。

篤史のほうも夏休みに家出をした事で色んな人に迷惑をかけてしまった思いがあった。担任のほうが自分の気持ちをわかっていると思って事もあったが、それは今でも少なからずある。しかし、今後、家出以上の迷惑をかける事はしない、と心に誓っていた。

「それより篤史には彼女がいたと聞いたが……」

育江の話題をする哲哉。

育江が逮捕された時に付き合っていたと供述していた事は部下から聞いていたため、どうしても気になっていたのだ。

すでに別れているし、別に息子の彼女をどうこうするつもりはないのだが、相手が殺人犯だという事が見過ごせない思いがあった。

その話題をされた篤史は、再びざわついた気持ちが蘇ってきた。

「坂本とは普通の付き合いをしてただけや。夏休みに家出をしたのも坂本が逮捕された一因や」

ざわついた気持ちのまま篤史は、父親の耳には交際の事は入っていたのか、と思いながら話す。

実はというと、家族にさえ育江との交際は言わなかったのだ。高校生探偵という周囲のイメージもあるし、色々思うところはあるが、育江は篤史にとってそれほど大切にしたい相手だった。

「殺人を起こしてへんかったら今でも付き合ってた。同じ学校に転入してきたから言うつもりで、タイミングを計ってたんや。転入してきてへんかってもいつかは言うつもりやった。別に隠すつもりはなかった。坂本は一生忘れる事が出来ひん女性や」

これから先も育江を忘れる事は出来ない事を覚えていて欲しいと言う。

それにお互いの気持ちを尊重しつつ、周囲にどう伝えるかをずっと考えていたようだ。

「そうなんやな。恋をするとか彼女を作るとかそういう類の事は全くないと思ってたわけではないが、篤史の恋は身近にいる女子やろうなと思ってたからな」

哲哉は若干意味ありげに言う。

「身近にいる女子って……」

父親の言葉に苦笑いをしてしまう篤史は、何が言いたいのかなんとなく想像がついていた。

(留理と里奈の事が好きやと思ってたんやろうな。あの二人は身近にいすぎてお互いを知りまくってるから、逆に恋に発展しなさすぎるで)

篤史は二人の幼馴染を見ながらそう思う。

「親父が考えてるような事は何もないし、その身近にいる女子とは恋に発展する事はないで。好意を抱いてくれてる身近の女子はいるけどな」

篤史も父親に倣って意味ありげに言う。

自分の事が好きだと言ってくれている留理の気持ちに若干気付いているのだ。

「そうか。とりあえず少しは片が付いたと思ってる。今後、夏休みみたいな事はしないでくれ」

哲哉は今のところ一件落着したというふうに言った。

篤史もそれはわかっていると頷く。

「さっきから二人で何話してるん? コソコソと……」

亜希奈が怪訝な表情を主人と息子に向けながら言う。

「いや、大した事ではないんや」

哲哉は男同士の話だというふうに首を傾げながら言う。

そこに全員分のオーダーが運ばれてくる。

目の前に置かれた自分がオーダーした期間限定の商品を見ながら、少しずつ聞こえてくる秋の訪れを感じていた。

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