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家出

音楽室殺人事件後の夏休みに篤史が家出をした話です。

突発的な家出だった。というより、計画的な家出だったのかもしれない。そんなどちらともとれない家出の行き先はどこも決めていない。

大阪の高校に通う小川篤史は、胸にぽっかりと空いた気持ちのまま電車に乗り、空いている席に座る。手には旅行用カバンだけだ。中身は着替えや財布、スマホなどの当面の身に周りの物が詰め込まれている。

今は学校が夏休みに行かなくてもいいのだが、篤史には部活がある。だが、それはしばらく休むと顧問に伝えた。

篤史が家出をした理由は色々あった。その“色々”から逃げ出すために家出を決行した。

今まではそんな事をせずに真面目に学校へ行き、友達や幼馴染などと人間関係を築き、勉強もそれなりに出来、部活も懸命に頑張ってきた。しかし、今はそんな生活を送ろうなんて気には到底ならなかった。

篤史は高校生にしながら探偵である。今まで色んな事件を解決してきた。そんな中、最近起こった事件でショックな出来事があったのだ。

それは県外の高校から転入してきた彼女の坂本育江が殺人事件の犯人だった事だ。育江と付き合っていた事は友達や幼馴染には一切言っていなかった。

初めて出来た彼女との関係を周囲にずっと秘めて、なおかつ自分達の気持ちを大切にしながら、高校生活を送っていた。

育江が自分と同じ学校に転入してきた事は事前に知らせれていたが、それを周囲に悟られないようにして過ごしてきた。それなのに育江は殺人を犯してしまった。それを知った篤史は、これほどに自分の能力が嫌になった事はなかった。

家出をした理由の一つがこの出来事で、もう一つの家出の原因がベースとなっていた。

流れる景色をぼんやりと眺めながら篤史はため息をつく。これから先、自分はどう頑張ったらいいのか、を考えていた。

警官の父親と飲食店でパートをしている母親、二つ上の姉と一つ下の弟。五人家族の篤史は、何不自由なく過ごしてきた。

小学校四年生に上がる前の春休み、友達に誘われて近所のサッカークラブに入った。そこではメキメキとサッカーの才能が開花し、レギュラーを取れるまでになった。中学と高校もサッカー部に入部し、そこでもレギュラー入りしている。

勉強もそこそこ出来て、中でも数学と体育が得意だ。美術が苦手だが、美術館系の仕事に就くわけではない、と割り切っている。

そんな中、育江と知り合ったのはネットだった。あるサッカーのサイトで知り合い、そのサイトの集いがあり、篤史を含めた十人で会う事になった。その中に育江がいた。

奈良に住んでいるという育江と意気投合し、連絡先を教えあい、知り合った二ヵ月後に付き合う事になった。一ヵ月に一度しか会えなかったが、それはそれで楽しかった。

その付き合いはどっちかが大阪や奈良に行って、観光名所を巡ったり、ご飯を食べて、ファーストフード店で話をしたり、映画を観たり、カラオケに行ったり……。どこにでもいる高校生カップルとなんら変わらないデートをしていた。

六月上旬に育江が篤史の通う高校に転入してきた。篤史は嬉しかったが、育江は復讐という気持ちを抱えたまま転入してきたのだ。それを篤史は見抜けなかった。

事件が解決した今、同じ高校に通う復讐の相手のために自分と付き合っていたのではないか。自分は何のために育江と付き合っていたのか、と思うようになっていた。

人生でこんなに人を好きになったのは初めてだったし、あんなに好きだった育江を忘れられない篤史がいた。

大阪駅に着いた篤史は、まずはカフェに行った。オレンジジュースを頼み、隅の席に座る。

大阪駅に行けばなんとかなるかもしれない、と思ったのだが、どうしたらいいのかわからなかった。急に友達の家に行くわけにもいかない事くらいわかっていた。

家族には何も言わず、置き手紙すら書いていない。自分が帰ってこないと知った家族からは、携帯に大量の着信がかかってくると同時に友達や幼馴染の家に電話がいく事は容易に想像出来た。

今の篤史にはそこまでして家出を決行したい思いとしばらく今の生活から離れたい思いの二つが交差していた。

それから三十分後、篤史はカフェを出て、父方の祖父母の家に向かう事にした。他に行く場所がない篤史が色々考えた末に決めた場所だ。

父方の祖父母は誰よりも篤史の事を理解してくれる存在で、何かあるとすぐに頼っている。

大阪駅から電車で十分で最寄り駅に着く。そこから歩いて二十分の距離だ。

何の連絡もなしに行くため、驚かれるかもしれないが、今回ばかりは仕方なかった。

父方の祖父母の家まで来ると、篤史は緊張のため息を整えるようにして深呼吸をする。そして、インターホンを鳴らす。しばらくすると父方の祖母が出てきた。

案の定、祖母は突然の孫の訪問に驚いた表情を見せた。

「篤史、どうしたんや?」

父方の祖母である小川静江は、年齢よりもハリのある声で篤史に問いかける。

「うん、ちょっと……」

静江を見た篤史は、泣きたい気持ちを堪えて答える。

旅行用カバンに泣きたい気持ちを堪えた孫を見た静江は、

「とにかくおあがり」

これ以上、何も聞かずに中に入れてくれた。

居間に通された篤史は、静江から出された冷たいほうじ茶を一口飲む。そして、そっとため息をつく。

「急に来てどうしたんや? 哲哉と亜希奈さんは知ってるんか?」

静江は篤史の向かいに座って聞く。

「言うてへん」

「言うてへんって……家で何かあったんか?」

両親に来た事を言っていないと聞いた静江は、孫に身に何かあったのでは、と心配して聞く。

「まぁ、色々あってな」

今は何も話したくない、と思う篤史は言葉を濁す。

「哲哉はともかく、亜希奈さんに悩みを打ち明けたほうが良かったんやないのか?」

篤史の答え方で悩みがあるのでは、と思った静江はそう言う。

「言うたところで解決するわけやない」

きっぱりと言う篤史は、まだ自分の気持ちに整理がついていなかった。

そんな篤史に静江は仕方ないという表情を浮かべる。

「しばらくこっちに泊まりな。夕方、亜希奈さんに電話しておくから……」

何の連絡もなしに来るという事は、よほどの事があったのだろう、と思った静江は、これ以上、理由を聞く事はしなかった。











夕方、静江は篤史がしばらく泊まるという電話をした。突然だったため、亜希奈は驚いた声をあげていた。

その後、祖父である陽一郎が出掛け先から帰ってきて、孫がいる事に驚きつつも大喜びだった。陽一郎は孫の中でも篤史を一番に可愛がっている。

午後六時半、台所にある机に陽一郎と静江、急遽泊まる事になった篤史の三人で夕食をする事になった。今日は焼き魚にひじきの煮物、かぼちゃの煮物、野菜の味噌汁、そして二種類の漬物だ。

来た時よりかは落ち着いた篤史は、何事もなく静江が作った夕食を食べていく。

「篤史が来るのは正月以来かー。ゴールデンウィークは部活で来れへんかったもんな。部活は夏休みもあるんやないのか?」

陽一郎は陽気な口調で篤史に聞く。

「あるで。でも、しばらく休むって言うてるんや」

笑顔で答える篤史。

「そうか。せっかくの夏休みやのに部活ばっかりっていうのもなぁ……。篤史は部活でレギュラーもらってるって聞いてたからな。サッカーの練習も大切やけど少しくらい休んだって構わへん」

篤史の活躍ぶりを哲哉から聞いていた陽一郎は、急ではあるが孫が泊まりに来てくれた事が嬉しいようだ。

「それはそうと杏奈と知和は元気にしてるのかい?」

静江は姉の杏奈と弟の知和の事も話題にする。

「元気にしてるで」

「それやったらいいんや。知和も同じサッカー部やろ? 篤史が休んだら何か言われたりしないのかい?」

知和も同じ学校の部活に所属しているのを知っている静江は、篤史が休んでいる事で顧問や先輩などに何か言われたりしないか心配しているようだ。

「それは大丈夫や。何か言ったりするような人間はいいひん。それに顧問は自分の担任で知ってる先生やねん」

篤史はそれほど気にしなくても大丈夫だと言う。

それを聞いた静江は安堵の表情を見せた。

「篤史はいつまでいる予定や?」

陽一郎は篤史に聞く。

「まだわからへん。でも、そんなに長くいる予定はないで」

「そうか。充分にゆっくりしていけばいい」

そんな篤史の思いを汲み取った陽一郎は、来てくれた孫との思い出を作ろう、と思っていた。

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