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ラフォリア  作者: 流星
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第二話

 シャルリーンはベッドの上で目を覚ました。


 全身が重たく、しばらく起き上がれそうになかったので、仰向けのまま辺りを見回した。


『ここは私の部屋ではない……。

 あれは夢ではなかった……』


 シャルリーンの頭の中に『あの光景』が浮かんだ。


 血だまりの中で身動き一つしない人の塊が、シャルリーンを抱いた男の足元にも転がっていた。


 兵士はもちろん、年老いた人間も幼い子どもも……。


「うっ……」


 シャルリーンは胃液が込み上げるような気持ちの悪さに、体を起こした。


「うっ……。ぐっ……」


 胃の辺りがギリギリと痛むのに、窓の外から鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの揺らめきと共に柔らかな風が流れ込んでくる。


『……。窓が開いている?』


 シャルリーンは音を立てないようベッドから下りて、辺りの様子を伺いながら窓辺に近付いた。


 敵に連れ去られたのなら、縛られていてもおかしくはないのに、シャルリーンは自由に動く事ができる。

 それに窓が開け放たれたこの部屋は一階にあるようだ。


『今ならここから逃げられるかもしれない』


 シャルリーンは窓の反対側にある部屋の扉に行き、そっと扉に耳を当てた。


『……』


 扉の向こうは静かで、人の声も足音もしていない。


『誰もいない』


 シャルリーンは窓辺に戻り、窓の下枠に足を掛けた。



『シャルリーン、お転婆は止めなさい。

 貴女を迎えに来た王子様が、驚いて帰ってしまっても知らなくてよ』


『いいわ、母さま。

 そんな事で帰ってしまう王子様なんて、こちらからお断りするから』


『まあ、シャルリーンったら……。

 いつになったら本当のお姫さまになれるのかしら?』



 シャルリーンは窓によじ登り、そこから部屋の外へ向かって跳んだ。

 幸い窓から地面までの距離は短く、地面に柔らかい草が生えていたので、裸足でも痛くはなかった。


 シャルリーンの目の前に甘い薫りの花園が広がる。

 

『ここを抜ければ……』


 シャルリーンは下着のような白いノースリーブのワンピースに裸足のまま走り出した。


 シャルリーンは薔薇の垣根をかき分け、夢中で走った。

 綺麗に手入れされた垣根が巨大な迷路のように果てしなく続く。


 走っても走っても抜けられない垣根に、シャルリーンの足取りは次第に重くなっていった。


 シャルリーンは辺りを見回し、人影がないことを確認して、大きな木の下に腰をおろした。


 心地よい風が吹くたび、木々がサワサワと揺れ、小鳥のさえずりが聞こえる。


 まるで、あの出来事が嘘のように思えるが、目の前の果てしなく続く垣根の迷路は現実なのだ。


「誰も追い掛けて来ない」


 追い掛けて来る人間がいないどころか、綺麗に整えられた垣根を手入れしている人間も屋敷の周りを警備している人間も、誰もいない事に気付く。


 垣根を抜けられたとして、誰に助けを求めれば良いのだろう。

 そもそも助けてくれる人間なんて、いるのだろうか。


 無事、自分の城へ戻ったその後は……。

 

「うっ……」


 シャルリーンは急に心細くなり、声を殺しながら泣いた。


「……道に迷ったのか?」


 頭上で声がしたので、シャルリーンはそっと顔を上げた。


「誰?」


 目の前に誰もいなくて、シャルリーンは辺りを見回した。


「フッ……。上だ」


 シャルリーンが腰をおろした大きな木の葉がガサガサと音を立てたかと思うと、シャルリーンの目の前に男が現れた。


「……!」


 シャルリーンを拐った、あの男だ。


「屋敷に戻れなくて困っているのなら、俺に付いて来るといい。そろそろ昼食の時間だ」


 男はそう言ってシャルリーンに背を向け、ゆっくり歩き出した。


「戻りたい……」


 シャルリーンが呟くと、男は足を止めた。


「戻りたい。

 屋敷ではなくて、私の城に」


「見ただろう? あの光景を」


 男がそう言うと、シャルリーンの頭の中に、またあの光景が浮かんだ。


 血溜まりの中に女王のドレス。


「母さまは何処? 母さまの処にかえして」


「……」


「かえして……」


 シャルリーンは胸元のペンダントをぎゅっと握りしめ、静かに言った。


 シャルリーンは知っていた。


 今ここで大声を出してもどうにもならない事、目の前の男に懇願しても自分の城へは帰れない事。



『シャルリーン。

 この国は弱くて小さいから、いつも他国に狙われてる』

 

『母さま。

 どうして強い国は、弱い国を狙うの?』


『その国の資源が欲しいからよ』


『資源が欲しいのなら、少し分けてあげたらどうかしら?』


『いいえ。

 強い国は、弱い国の全てを奪う。

 国民や私たちの命も』


『……』


『シャルリーン。

 命を守るため、私たちは戦い続けなければならないの』


『もし、戦いに負けてしまったら?』


 女王は静かに笑い、シャルリーンの前でしゃがんで自分の首に掛けていたペンダントをシャルリーンの首に掛けた。


『その時は、これを使いなさい。

 このペンダントは、あなたの誇りと尊厳を守ってくれるから』



「言っておくが、この垣根を抜けられたとしても、その先に深い森が続く。

 逃げたいのなら、屋敷の正面から出ていく方が簡単だ」


「どうしてそんな事を……」


 シャルリーンがそう言うと、男は笑顔を見せた。


 男が言っている事は、恐らく罠だ。

 屋敷の正面から逃げても、あっという間に門番に捕まってしまうだろう。


 だからといって、今ここで逃げようとしても、この男に捕まるだけだ。


 シャルリーンは手で涙を拭い、取り敢えず男の後を追って屋敷に戻ることにした。


「腹が空いたな……」


 男は独り言のように呟き、シャルリーンの返事を待たず屋敷に向かって歩き出した。


 シャルリーンも黙って男の後ろを付いて行く。



 青い空に小鳥のさえずりと木の葉が揺れる音がして、柔らかい風がシャルリーンの頬をくすぐった。


 これがただの散歩なら楽しいかもしれないが、シャルリーンの目の前にいるのは、シャルリーンから全てを奪った男だ。


『戦わなければ。

 そして、戦いに負けた時は……』

 

 シャルリーンは女王から貰ったペンダントを握りしめた。


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