渇き
結局あれから何事もなく日々は過ぎていた。本日も晴天なり……目が見えるわけではないので陽の光を受けて光合成してるなーという体感での判断によるわけだが……。
そう、本日も晴天なのだ。最後に雨が降ったのはいったい何時のことだったか……。
幸運なことにもあの時ほど足音が近寄ってくることはなく。順調にすくすくと成長できたと言えるだろう。
茎の先端の蕾部分もこんなに大きくなるの? というくらい大きく膨らみ、いつ開いてもおかしくないのではというところまで来ている気がする。
それに伴い多くの水分や栄養が蕾へと送られたのだが、周りの水分を吸いつくさんとするかのごとく吸い上げているため辺りの土はカラカラになってきてしまっている。
空腹感という感じではない。植物であるからして存在もしないお腹と背中がくっつくなんてことはないのだ。
どちらかといえばこの渇きは貧血の感覚に近いだろうか?
必要な水分や栄養が不足しているという感じ。頭を働かせすぎて糖分が欲しいという感覚にも似ている。
実のところ音を拾える範囲には水場があるようなのだが、水音のする方向は判っていても距離は定かでない。
たとえ場所が特定出来ていたとしても、大地に根を張った植物な身体の紬にはにっちもさっちも行かないわけで、もうどうしようもないのだった。
その場所まで根を伸ばせるかといえば答えはノー。少しは紬の意思を反映できるようになったとはいえ、自由に伸ばす方向を決めたりだとかはできない。せいぜいどこに重点的に栄養を送るか決めることができる程度なのだ。
まるでお預けをくらった犬のような心境で、近くに水辺を感じながらも届かない。
この渇きをいつまで堪えねばならないのか……。その答えを紬は知らない。
恵みの雨が降ったのはそれから二日後の夜だった。
少しばかり意識がどこか遠くへと飛び、なかなかに危ないところだったと紬は思った。だが天は紬を見放さなかったらしい。
大地に降り注いだ雨は、カラカラになりひび割れをおこしていた土壌に染み込み、そこに張り巡らせた根によって紬の身体へと吸い取られた。ひさしぶりとなる水分を身体の端まで浸透し、行き渡らせた。
そして時は訪れた……。
十分な水分と栄養が送られた蕾に変化があったのだ。ついにその蕾が花開き、吾妻紬がどんな植物に生まれ変わったのか判断がつくだろう。そう紬は考えていた。
そこに開いたのは一輪の花……などではなかった。いや確かに蕾は開き、そこにハナはあった。だがそれはハナはハナでも、花ではなく鼻だった。
そして花の代わりに開いたのは二つの瞼、その瞳には夜空に浮かぶ二つの月が映りこんでいたのだった……。