魔法幼女
吾妻紬の目の前にある白い壁。否、これは引き戸だ。前世において見慣れた自分の通う学校の教室の扉だと気がついた時、ああ、これは夢なのだと紬は察した。
そもそも植物でも羊でもない身体の時点で現実ではない。これは死ぬ前の紬の身体だ。
今の紬の思考をよそに、かつての自分は教室へと入っていく。
どうやらこれは過去の夢らしい。
教室の奥に紬のよく知る二人がなにかに集中していて、こちらにまだ気がついていない。
このシチュエーションには薄っすらと覚えがある。
あの時は確か……。
「おはよう。二人してなにしてるの?」
そう、そんな風に声をかけたのだっけと懐かしむ紬。
「あ、お、おはよう」
「おはようございます。紬さん」
慌てたように返事をしながら何かを隠した二人の友人。あからさまに挙動不審だった。
「なんで敬語?」
先にどもりながら答えた友人Eならば普段から丁寧語なので問題ない。しかし敬語で返してきた友人Aは違う。普段はタメ口であるのでここで敬語を使うのは明らかにおかしいことだった。友人Aが紬を呼ぶときは、つむぎんと呼ぶのだ。
「嫌だなぁ……紬さんは歳上なのだから敬語くらいふつうですよー」
「たとえ年上でもクラスメイトだからタメ口でいいよね、と言ってきたのはそっちでしょ?」
紬は両親を亡くした時の事故で長く入院していたため、学校も休学していた。それが理由で紬のクラスメイトはみんな年下である。
「はっはっは、そんなこともあったかもねー。なんにせよ、つむぎんは細かいところ気にしすぎだよ。ね、Eちゃん?」
「……Aちゃん、そこで私に振るんですか?」
「……そうやって話をそらしてまで二人は何を隠したのかな?」
「えっと……」
「それは……」
「私に見せられないようなものなの?」
「つむぎんにはちょっとはやいかなぁ?」
「いや、私のほうが年上だって言ったのAちゃんじゃない……」
「……見ても怒らない?」
「……私が起こる要素があると?」
「かもしれない」
「見てから判断します」
抵抗することを諦めた二人が紬に差し出したのは紙の束だ。左上の角をクリップで留めてある。
「原稿用紙?」
それは原稿用紙。といってもよく目にする四百字詰めのものではなく、漫画家が使うようなそれだ。
束ねられたその白紙の一枚目をめくるとこんな文字列が紬の目に入った。
『魔法幼女真剣狩ルツムギン』
紬の思考が理解を拒み停止した瞬間であった。
少し間を置いて再起動した紬。原稿用紙……いや、その原稿の先を読み始めた。
それを読み終わるまでその場には紬が原稿をめくる音のみが響く。
読み終わった紬はひとつ、すぅ……と息を吸い、口を開いた。
「なんてもん描いてんですかー!!」
「やっぱり怒ったー」
「いや、怒るでしょ? ツッコミどころ満載だよ? 何なのコレ?」
「あたし達の描いた漫画かなー?」
「あたし達?」
「ん」
友人Aが指差す場所には作:E&Aと書いていた。
「……」
紬は友人Eに視線を向ける。
「えっとですね……」
「Eちゃんが原作であたしが作画担当だからE&Aなんだよー」
「なるほどなるほど……つまり内容はEちゃんが書いたと……」
「……てへ」
「てへじゃないよ! なんなの魔法幼女って、幼女って! せめて少女でしょうが!」
「待ってください紬さん! この作品はフィクションです。実在の人物団体とは一切関係ありませんと書いているので、決して紬さんとはなんの関わりわないんですよ」
「そんな言い訳が通じるとでも? 明らかにこのツムギンって私をモデルにしてるでしょうに」
「……てへ」
「それはもういいから……他に言い訳は?」
「ハイッ、つむぎんとは名前が違います」
「主人公の名前東紡ってほとんど変わってないじゃない」
「……」
「飛行機事故時に魔法に目覚めて生還した幼女ってのは?」
紬の放つプレッシャーが更に強まる。流石にこれは許せないと思った紬だった。
「「すみませんでした」」
結果二人は謝罪した。
「とりあえずこの漫画は誰にも見せないこと。いいね?」
「ははー」
大げさにひれ伏す友人A。
「で?」
「ん?」
「なんで少女じゃなくて幼女?」
「……つむぎんがちっちゃいから」
「そこまで小さくないよ!」
「でもこの前中学生と間違われてたよね?」
「ぐっ」
高校生にしては紬の身長は低すぎた。事故の影響もあったのかもしれないが映画館なんかでチケットを購入するときに年齢確認がなければ中学生でも通ってしまう程度には背が低かった。流石に幼女は言いすぎであるが……。
「そんなことより一応感想を聞きたいなって思うんだけど……」
漫画の内容は魔法幼女真剣狩ルツムギンが魔物をバッサバッサと切り倒す刀剣活劇だった。魔法要素はほぼない。剣に魔法を纏っていた程度である。なぜ魔法幼女にしたのか? 魔法剣士で良かっただろう……。紬のこの漫画の感想はというと。
「無駄にクオリティ高くてびっくりした……なんか普通に面白くて悔しい」
「はっはっは。今回はなかなかの自信作だったからね!」
「でも私を勝手にモデルにするのはNGだから」
「「すいませんでした」」
そんなかつてのやり取りを懐かしんでいた紬だったが、これは過去の夢。
目覚めの時は来る。
目が覚めた紬は相変わらずバロメッツだった。
また少し幹が太くなったかなという感じだ。
なぜあんな夢を見たのだろうか?
心当たりは魔法という単語。
蜘蛛への対抗策を考えながら寝てしまったのだ。
その時に考えていたのは遠距離の攻撃手段だ。それこそ魔法のような……。
改めて魔法を使う方法を検討してみよう。
紬はそう決意したのだった……。
あまりにも今まで会話がなかったのでその反動で書きました。
スキタイの仔羊の後書きでも書きましたが友人Aと友人Eについて忘れてる人もいそうなのでもう一回載せておきますね。
友人A:本間英子ほんまえいこ あだ名はA子、Aちゃん
紬の気晴らしに遊びに誘ってた娘。本当にええ娘。
友人E:伊井良子いいりょうこ あだ名はE子、Eちゃん
紬に小説なんかを勧めてた娘。このこもいい娘。
どちらも紬のクラスメイトだが、紬は入院して休学していた時期があるので年下のクラスメイトである。