足音
音という新たな外部刺激を認識してしまったことで吾妻紬の心労は増えるばかりであった。
完全防音の部屋に目隠し猿轡で監禁生活からの、目隠し猿轡のまま野外に野ざらし放置プレイに変わってしまったといえばその心境が伝わるであろうか?
実際には最初から今まで周りの環境はなにも変わってなどいないわけであるが……。
誰も居ないはずの部屋からする物音に怯えるがごとく、目には見えないのに音がすることに対する恐怖はガリガリと心を削ってくる。
基本的に近くの音ほど大きく感じられるわけで、風に揺られる自身の葉っぱがざわざわと擦れあう音がほとんどを占めている。合間に小さく別の音が拾えるかどうかという感じで、なかには動物の鳴き声のようなものもあった。
紬には漫画やアニメに出てくるような盲目の達人のように、音だけで全てが視えているなどといったことは勿論できない。
さらにいえば音の大小は判っても、遠近は判らないというのが現状だ。
そんな中で自分の身体が出すノイズに混じり、どこかで聞いたことがあるリズムが混じる。
タッタッタッタッと一定のリズムで刻まれるその小さな音は徐々に大きくなっていると感じられた。
それを足音だと感じた紬はキュッと心臓を掴まれた思いだった。植物なので心臓などないのだが……。紬の予想が正しければあれは四つ足で歩く動物のものだろう。もしそれが鹿や山羊のような草食の動物ならば自分は食べられてしまうのだろうか? 葉っぱだけならセーフ? 最悪の場合根っこが残っていたらまだ再生できたりするのかなぁ? 草食動物じゃなくても、もし踏んづけられたりしたら大変だよね? それとも散歩している犬みたいにおしっこ引っかけられたら嫌だなあ……。いや、植物的には栄養になって良いのか? いや、やっぱり勘弁してください。後生ですから!
現実逃避するかのようにぐるぐるとまわる思考を巡らせている間に、足音は再び小さくなっていった。
足音の主は近くを通っただけだったのだと理解するとともにホッとして緊張が解かれるようだった。ため息も出るというものだ。植物も呼吸してるからため息ぐらい普通なはず?
もし心臓があったならば煩いほどに鼓動していたことだろう。心情的には冷や汗びっしょりといったところで、変な液体とか垂れてたりしないよね? と心配になるほどだった。
もうあの足音は感じ取れない。ひとまず目先の脅威は過ぎ去ったようだ。
しかしなにかが近寄ってくるとわかっていてもどうしようもないという恐怖を体験した紬の精神は確実に磨り減っていっていた……。