撤退
結構なんとかなるものだなと紬はサーベルタイガーの亡骸を前にして思った。
しっかりと相手を観察してことに当たればなんということはない。相手の武器である牙と爪を使わせないようにするだけでほぼ完封することができた。
もし、まだ隠し玉が残っていたならばわからなかったがこのサーベルタイガーには魔法もなかったため結果から見ると比較的安全に狩ることのできる相手だったと言えるだろう。
さて、これからどうしようか?
そう考えながら近づいた一号。
だが、それを見ていた三号の目を通して紬はすぐに一号をその場から引かせた。
一号が引いた瞬間。サーベルタイガーの死体と一号が居た範囲まで拡がる網が投げ込まれていた。
三号の視界にその投げ込まれた網が入っていなければ一号もまたその網にかかっていたであろうことは想像に難くない。
そして網にかかったサーベルタイガーはズルズルと引き込まれていった。
その先を視線で追えば、そこには虫がいた。
八本の脚が生えた頭胸部と袋状の腹部からなるその虫は蜘蛛。
その八つの目もまた、こちらのことを見ていた。
コイツの相手をしてははダメだと反射的にわかってしまった紬。
それもそのはず、明らかにこの蜘蛛は非常識な存在だ。
その蜘蛛は紬が知るなかで最も巨体であった。いや、この樹海で紬が見たことがある生物のなかでも最大のものが今目の前に居る。
二メートルを越すサーベルタイガーの死体を引きずり込むことができている時点でその蜘蛛の力がかなりのものであることが判る。
三メートルを越すであろう巨大な蜘蛛。
これほどの非常識な存在が普通なハズがなく、魔法すらも使ってくるのではないだろうか?
紬は撤退することを決めた。
今ならば獲物を手に入れたばかりなのだから見逃してもらえるだろうと思ってのことだ。
今ここでこの蜘蛛に挑んだところでなんの益もない。ただ危険に飛び込むだけだ。
サーベルタイガー相手には有効であったマキビシもこの蜘蛛相手に役に立つかわからない。いや、おそらく役に立たないであろう。
その巨体を支える脚は細くとも非常に堅そうな見た目をしている。
下手にマキビシを撒いて注目を浴びるより、何もせずただ撤退することにした紬。
刺激を与えないように注意したながらその場を後にしたのだった……。