剣歯虎
一号の耳にガチンという音が届く。
それは歯と歯が噛みあった音だ。
その音の主、サーベルタイガーとの遭遇は突然であった。
最初は湖付近の草を運ぶことに失敗してしまったが、湖の水に浸けておくことで問題なく運べるとわかったので改めて樹海へと赴いた紬。
そこで草を食べさせる相手を探そうとなった段階で周囲に草食動物の影がないことに気づいたのだった。
もう少し早く樹海の様子がおかしいことに気がつくことができていたならば良かったのだが、すでに一号は相手の狩場に脚を踏み入れてしまっていた。
草むらの影で待ち伏せしていた肉食獣。長大な牙を持つ捕食者、サーベルタイガーが一号へと襲い掛かってきたのだった。
咄嗟に一号の体を捻るように動かし首元を狙っていた牙を躱す。
初撃は辛うじて躱すことに成功した。
だが次も上手く躱せるとは限らない。
待ち伏せからの奇襲を避けられたことで警戒を強めたのか現在は睨み合いとなっている。
じりじりと距離を詰めてくるのを少しずつ目を話すことなく後退して距離を保っている状況だ。
サーベルタイガー。
要するに牙の長い虎だと思っていいだろう。
この樹海でその姿を見るのは今回が初めてだ。
それなりの期間樹海で行動した一号が見たことがなかった理由を考えてみたところ、この辺り一帯の縄張りに変化があったのではと思った。
少し前にこの辺りを縄張りにしていたであろう風狼はいなくなってしまった。その時に死んだのは風狼だけではない。
剣鹿たちが死体に集まってきた他の肉食獣も軒並み殺してしまっている。
つまりこの辺り一帯から肉食獣たちが、かなりの数いなくなってしまっていたわけだ。
そうなると安全を求めて他所から草食動物たちも集まることとなる。
そしてそれを追う形で別の肉食獣もやって来る。
きっとこのサーベルタイガーも他所からやってきたのだろうと紬は考えた。
さて、このサーベルタイガーはどちらだろうかと紬は思考する。
どちらというのはこの相手がノーマルなのかイレギュラーなのかということだ。
普通に最初からサーベルタイガーなのか、それともその長大な牙は後天的であるのかでかなり違ってくる。
普通ならば問題はない。いや、問題はなくもないが相手の危険度は変わらない。
だがこれが普通ではない、つまりあの剣鹿のように種のようなものを取り込むことで得た牙であったならば話は変わってくる。
そうであったならばこの相手が魔法を使ってくる可能性もあるということだからだ。
判断を誤れば簡単に一号は死んでしまうだろう。
紬は慎重に相手の出方を窺いながらも、現状を打破できるすべを見出そうとしていた……。