風狼
依然として離れた距離を保ちながら牽制する両者。
剣角とのリーチの差を埋めることのできるオオカミの風の刃は躱された。
しかし剣角とまともな接近戦は無理だと諦めたのか、オオカミは次々と風の刃を飛ばす。
そのどれもが躱され、このままでは拉致が明かないと思われたときオオカミがさらなる動きに出た。
先程よりタメの動作が大きく唸るような声を上げた後の咆哮。
先程より少し大きめのバチバチとした音ともにオオカミの目の前に現れたのは先程までの風の刃よりもはるかに幅が広くなったソレだ。
躱されるのならば避けることも出来ないモノをということだろう。
事前に何発も放っていたのはタメの動作を邪魔されないようにするための牽制といったところか……。
対する剣鹿もこれは躱せないと思ったのか今までと違う行動に出る。
七支刀のような剣角をオオカミの方へと向けながら唸りをあげる。
するとオオカミの時と同じようなバチバチとした火花とともにその剣角の刃が淡い光を帯び始める。
だがよく見るとそれだけではない。剣鹿の後ろ脚も同じように火花を散らしつつ淡く光を放っていた。
これらも剣鹿の魔法なのだろうか?
その効果とはいったい……。
そして放たれた幅広の風の刃。
それを淡く光る剣角でもって受ける剣鹿。
その攻防の結果を紬は見た。
あれだけの切れ味を持っていた風の刃が剣角に弾かれ霧散し消えた。
それにとどまらず剣鹿の後ろ脚が大地を蹴り、目にも止まらぬ速さで風狼に接近した。
そのまま剣角が突き刺さり、勢いそのままに大木へとオオカミの身体を貼り付けにした。
オオカミの口と傷口から赤い血液が零れ落ち、その目からは光が消えていた。
この闘いの勝者は剣鹿となったようだ。
ボスオオカミが目の前で殺されたのを目の当たりにした取り巻きのオオカミたちの動揺をシカたちは見逃すことなく攻め立てて、剣鹿も手伝ったことであっという間にオオカミたちは全滅してしまった。
草食動物であるはずのシカたちが相手を全滅させたことに紬は恐怖を覚えていた。
それと同時に疑問も湧いてきた。
取り巻きのオオカミたちは逃げ出そうとするものも居たのだが、それすらも許さずにシカたちは殲滅した。
そこまでする必要があったのだろうか?
まさかこのシカたちが肉食だというわけでもあるまいに……。
そんなことを考えていた紬はさらに驚くこととなる。
剣鹿がその角をボスオオカミへと当てて身を切り裂き、その傷口の中に口先を突っ込んだのだ。
まさか本当にこのシカたちが肉食なのかと驚愕する紬。
しかしそれは杞憂だったとすぐにわかることとなる。
探しものが見つかったのか剣鹿は風狼の体内からなにかを咥えて取り出した。
その丸っこいよくわからない物体は心臓や臓物のたぐいとは違った硬質感があり、血にまみれて真っ赤に染まったソレは紬の目には植物の種のようにも見えた……。