剣角
吾妻紬は一号の耳が捉えた音の方へと慎重に歩を進めていた。
木の倒れるような音は断続的に聞こえており、その場にはまだ木を切り倒している犯人がいるということは容易に察せられる。
そしてたどり着いた現場には二種類の動物の群れがいた。
オオカミとシカの群れだ。
ただしそれぞれの群れのボスと思われる個体はまわりのものとは違っていた。
オオカミのボスは明らかにサイズが大きい。クマほどのサイズがあるのではなかろうか。
一方、シカのボスの方もサイズが大きくさらには特徴的な角を持っていた。
刃物のように切れ味が鋭そうな七支刀のような角を生やしていたのだ。
そのような角を持つシカを紬は知らない。
やはりここは異世界。自身の常識は通用しないのだと改めて感じた紬であった。
今の構図としてはシカの群れを襲うオオカミの群れだろうか……。
シカは雄と雌で別れて群れを作る。この群れは全員が角を持つ雄の群だ。
オオカミの群れもこんな角という武器を持つ雄の群を襲うより、角のない雌の群を襲えばいいのにと思う紬。
それともこの群れを襲うだけの理由があったのだろうか?
遠目から観察と考察を続ける紬をよそに、二頭のボスの攻防が激しくなった。
襲う側であると思われたオオカミよりも剣角を持つシカのほうが激しく攻めたてている。
取り巻きの方もなぜかシカ側がオオカミたちをボスの戦闘に近づけさせないように牽制しているという状況になっており、紬は不思議に思い首を傾げていた。
捕食者であるはずのオオカミが圧されている。
その大きな要因はリーチの違いだろう。
剣のような角を使っての攻撃と牙や爪の攻撃とでは範囲が全然違っている。
複数のオオカミによる攻撃ならばこのようなことにはならないのだろうが取り巻きたちがそれをさせない。
しばらくして攻めあぐねていたボスオオカミが大きくバックステップをして距離をとった。
そして遠吠えをあげたと思った瞬間紬は見た。
オオカミの周りにバチバチと火花が散ったかと思うと周囲の風が渦巻き、風の刃が剣角のシカ目掛けて飛んでいったのだ。
しかしその攻撃を予測していたのかシカは最小限の動きで躱した。
外れた風の刃は木に命中しそれを切り倒した。
ここに来る前に見た切り株と同じように綺麗な切り口の切り株となったその様は、生身でまともに受けていいものではないとハッキリとわかるものだった。
というかなにがどうしてあんな事ができるのか紬には全く理解できなかった。
ボスオオカミがなにかをしたのは確かだろう。だがそこまでだ。
今見た現象を紬は前世の知識をもってしても読み解くことはできなかった。
それでもその現象を紬の知る言葉に当てはめるならばこう呼ぶしかないのだろう……。
『魔法』
紬が生まれ変わったこの世界には魔法が存在しているのかもしれない。
そしてボスたちの闘いは佳境へと入ろうとしていた……。