発芽
わけもわからず雨にうたれながら紬は不思議な感覚を覚えていた。
身体に水分が浸透しているという感覚。感じていた渇きも薄れ、逆に活力のようなものが湧いてくるように感じていた。
そして夜が明けたのか、にわかにあたりが明るく感じられ陽の光を浴びているという感覚を覚えた。
そして変化は訪れた。大きく伸びをする感覚。ぴくりとも動かせずにいたはずの体が確かに動いたのだ。
今の紬には見ることは叶わないが、彼女を客観視したならばそれは植物の種。
そこには朝陽にきらめく朝露を纏い、その小さな双葉を発芽させた種があった。
発芽した紬。だがそれを理解することはまだ紬にはできていなかった。動けなかったはずの身体が自然と動いたのは感じ取ることができたのだが、自分の状態というものはまるでわからない状況。
確かに先程は身体が動いたはずなのだが、もう一度と動かそうと思っても何故か自由には動かすことができそうもない。
今の感覚を探れば、まるで手のひらを太陽にかざすかのような感覚で、体の端から陽の光の暖かさを感じとっている。
いや、光を浴びての暖かさだけではない。先程も感じたあの感覚、体の中から不思議と活力が漲ってくる……紬にはそう感じられた。
日光と水で活力が…などというものに心当たりがある紬ではあったが、それを認めてしまうことには抵抗があった。
しかし一度頭によぎったその解答は、荒唐無稽な事であるにも関わらずよくよく考えてみればそれ以外の答えなど有りはしないのではないかという考えが湧いてくる。
とりあえず落ち着いて素数を数えよう……なんて考えてしまっているあたり既に精神錯乱に陥っているのは明らかで、頭の整理が追いつかぬままにいたずらに時はたち、光合成による活性化も気のせいではすまなくなってきた。
いつの間にやら素数ではなく、思い浮かべる円周率の数字の数が三桁にさしかかろうとした頃には認めざるをえない状況となった。自身の身体が活性化したことでより詳細に把握することができるようになっていたのだ。そして訪れた新たな変化。
下に向かって伸ばしているのは足ではない。これは根だ。
根を張り巡らせ吸い上げているのだ。水分を、土の養分を。
ここに吾妻紬は認めた。自分はどうやら植物の種に生まれ変わり、今発芽したのだということを……。