出立
その出立を見送る三号の瞳には一号の背が映っていた。
一号が探索、三号はお留守番である。
自分を見送り、自分に見送られるというのも不思議な感覚だなと思いながら紬は一号の歩を進める。
目指すは湖の対岸、つまり西側だ。
湖の南側を経由して対岸の西側を目指す予定である。
方角は太陽が登ってくる方角を暫定で東とした。
異世界なのでもしかしたら太陽の動きも違う可能性があるための暫定である。
位置関係としては紬が居るのは湖の東側で背後は斜面となっている。
植物で前後左右というのもおかしいのかもしれないが、一号が茎の先端に居る時のニュートラルな状態で前後左右を判断している。
なので湖方面が前方、背後が盆地の東の傾斜だ。
湖の縁をつたって歩きそこに生える草を食べながら反対側の岸を目指した。
この道草を食っているのにも理由がある。
三号の成長を待つ間にコードレス状態でどれくらい保つのか実験したところ。一号の感じる空腹感がピークに達すると気絶するように眠ってしまうことがわかった。
その時はすぐ届く範囲だったので再接続して植物側から栄養を渡すことで事なきを得たが、植物本体から離れて行動するのならばその対処は無理だ。
なので空腹にならぬよう草を食べ、湖の水を飲みながらの探索となっている。
「メッ、ンメー」
近くに生えていた草よりも、湖の近くに生えている草のほうが美味しく感じられる。
これは種類の問題か、はたまた環境の問題か……。
因みにであるが紬がバロメッツに生まれ変わってから食べた植物で一番美味しく感じられたのは自身の葉である。
トラウマがなければもっと食べてしまっていただろうと思うくらいには差があった。
やはりどうせ食べるならば美味しいものが食べたいと思うのは仕方ない。
せめて野菜とか見つからないかなと思いながら今回の探索に思いを馳せる紬。
良さげな植物が見つかれば種なり根っこなりを持ち帰り自分で育ててみようと考えている紬である。
蹄で四足歩行なため直接持ち運んだりは容易ではなさそうだが、とりあえず口に咥えるか背中に載せて羊毛にうまく引っかかって落ちなければなんとかならないかなと思っている。
紬の思惑通りにいけば植物が植物を育てるというなんだかよくわからない状態になりそうだ。
種という単語からふと疑問に思う。
自分は種から発芽したはずであるが、バロメッツの種とはどうなっているのだろう……。
花ではなく羊がなったわけで、そこに種ができるようにはなっていない。
なんだこの欠陥生物は……と呆れてしまう紬。
どのようにして子孫を残すのかさっぱりわからない。
羊部分は子というよりは分身、あるいは外部端末といった感じなのでやはり違うだろう。
いったいどこから種が来るのか紬には到底わかるものではなかった……。