紬さんの生存日記25
百四十六日目
トンボ怖い……
百四十七日目
昨日の日記はあまりのことに一言で済ませてしまいましたので、本日の日記は昨日の出来事を振り返りつつ書き記すことにします。
昨日は引き続き河沿いに進んでいた訳ですが、羊たちの耳に遠くからかすかな音が聞こえてきたのですよ……。
それはブーン……ブーン……という羽音でした。それが少しずつ近づいて来てるのがわかったので念のために光学迷彩の魔法で姿を隠してやり過ごそうと思いました。
やがて見えてきたシルエット……その羽音の正体はトンボでした。生前、日本で見たようなトンボの何倍も大きなトンボが翅をはばたかせながらこちらの方へと向かって飛んで来たのです。
翅を広げたサイズはおよそ七十センチメートルといったところでしょうか? 簡単に言ってしまえば鳩よりも大きなトンボがブーン……と羽音をたてながら飛んでくる様は一般人メンタルな私にとっては恐怖体験でしかありません。
さて、その時私が考えていたのはこのトンボは異形のものなのか、そうでないのかという事についてでした。まだこの時点での私は呑気にも光学迷彩の魔法で姿を隠しているのだからまだ問題ないだろうと思っていた訳ですね……。
この島には色んな生物が生息しています。普通の動植物はもちろん、恐竜やサーベル・タイガーといった地球上からは絶滅してしまった生き物たち。そしてその体内からは種のようなものが見つかり魔法を使える異形の生き物。
では目の前に迫って来ている大きなトンボはどうなのかと考えたとき可能性として二つほど考えついた訳ですね。
まずは太古の地球で生きていたとされる大トンボ、たしかメガネウラとかいう巨大なトンボが化石として発見されていた筈です。
次にトンボの異形である可能性。種のようなものを取り込んだ生物は身体が大きくなることがあるというのは、以前風狼の種のようなものを取り込んだ鹿の体格が一回り大きくなった事を見ているので知っています。
ただの大きなトンボなのか、それとも異形のトンボなのかというのは結構重要なことです。もしも迫ってきてるトンボが異形の存在だったなら魔法を使ってくる可能性がある訳で、その危険度は跳ね上がりますからね。
ただもしも異形の存在だったならば倒してその体内から種のようなものを得ることができたなら、新しい魔法を習得するチャンスでもある訳です。
結局その時の私は光学迷彩の魔法で姿を隠している羊たちなら見つからないだろうから、とりあえず観察してから判断すると決めたのです。
結論から言うとこのメガネウラ、魔法を使ってくるわけでもなく倒してもその体内から種のようなものを得ることは出来ませんでした。
ただ、私は非常に怖い思いをすることになりました。
トンボって肉食なんですよ……。いや、実際に食べられたとかいうわけではないのですけれどもね。メガネウラが食べるのは他の虫とかだとは思うのですが、鳥サイズのトンボが目の前であの口をガチガチと音をたてながら噛み合わせるのを見たら普通に怖いですよね。
そう、なぜかあのメガネウラ達は光学迷彩の魔法で姿を隠していた羊たちに気がついていたんですよ。
というかメガネウラ達という通り一匹だけじゃなくて複数居たんですよね。
一日経って冷静になった今ならばあれはトンボの視力のおかげであったのだろうと思っています。
トンボの眼は複眼という構造になっていて、数万個という複数のレンズが集まっていてかなり広い視野を持っているらしいです。さらに言うとトンボの見ることのできる光は人間よりも多いそうです。
人間は赤、青、黄色のいわゆる光の三原色に対応した眼を持っているわけですが、トンボの眼は紫外線をも見ることができるのだそうです。ドヤ顔の友人が教えてくれたことがありました。
そんなわけで広い視野と紫外線をも見ることができるらしい視覚情報からおかしなところを見破られていた可能性が高そうだなというのが冷静になってから考えた予想です。
しかし当時の私は何故光学迷彩の魔法で姿を隠していた筈なのに見つかってしまったのか理解できず、なにかこちらを索敵するような魔法を使っているのかと疑うくらいには焦っていました。
結局大きなだけのただのトンボだったのでなんの苦労もなく叩き潰せてしまったのですが、その死体から種のようなものも得ることはなく、目の前で複数の巨大トンボの口が開閉されるのを見せつけられるという精神的苦痛を受けた訳です……。
光学迷彩の魔法は便利なのは間違いないですが、絶対ではないことはしっかり覚えて置かなければと改めて思いました。私自身もこの魔法に苦しめられながらもカマキリの異形に勝ったわけですしね。
そして今後も巨大な虫とかに遭遇する可能性があると思うと気が滅入ります……。今回は大きなだけのトンボでしたが、もしもこのメガネウラが種のようなものを取り込んで異形の存在と化したならば危険で恐ろしい存在となることも考えられるわけで……。
殺虫剤とか虫除けとかが欲しくなりました。毒性付与の魔法とかをうまく使えばできたりするのかしら? 研究対象のリストに追加しておく事にいたします。