誤算
誤算だった。吾妻紬は見誤ってしまったのだ。
その僅かな変化にもっと早くに気が付いていればと紬は後悔した。
どこからか流れ出ていたのだろう。湖の水位が下がり続けていたのだ。湖の反対側が川にでもつながっているのかもしれない。
水位が下がれば水辺もその分引いていく。つまり水辺までの距離は徐々に開いていっていたわけだ。
根を湖へ伸ばすと決める時、根の成長効率を検証してこれならば湖まで届くだろうと判断した。
そう判断したのは雨が降って間もない時。つまり最も湖の貯水量が多い時だったわけだ。
紬が視界を得たのもその直前のため、湖の水位が高い時しか知らなかったことも今回の誤算に繋がった要因の一つだろう。
ともかく水が引いて距離が離れていくことに気がついたが紬にできることは根を伸ばし続けることだけである。
当初目標にしていた距離まではすでに根は届いてる。湖までの距離は残り僅かだ。
しかしその僅かが遠い。周りに草は残ってない。雨も降らず水分が足りてない。このままでは届かない……。
特に足りてないのは水分だ。こればかりは自身を食べることで補うことはできない。
もう雨を待つしかないのかもしれないと紬が考えているとき、羊の鋭い聴覚がその音を捉えた。
大地をける蹄の音。それは足音だ。湖の向こう側から近づいてきている。
そして紬の視界に入ったのは一匹の草食動物。
吾妻紬は異世界で鹿と遭遇したのだった……。