仕込んだ毒性
「蜘蛛にコーヒー飲ませたら酔っ払っちゃうんだって! つむぎんは知ってた?」
しょっちゅうそんな風に、テレビか何かで知ったであろう日常ではほぼ使うこともない雑学を何故か得意気に話す友人Aのおかげで、紬はそういった知識もそれなりに知っている。
本当にどこで使えばいいのかわからない知識ばかりなのだが、現に今ここで役に立っているのだから人生どうなるかわからない。
今現在の状況で人生といっていいのかは疑問が残るが……。
ともかく前世で知り得た雑学的知識によると、蜘蛛というものはカフェインで酔っ払うような症状が出るらしい。
紬が聞いた話では、カフェインを与えた蜘蛛の張った巣は普段の規則正しい模様を描けず、滅茶苦茶な出来になるそうだ。
カフェインが蜘蛛の脳に作用して中枢神経を麻痺させてしまうのだとか……。
そんなわけで紬が分枝の羊に仕込んだのはカフェインである。
毒性付与の魔法でカフェイン? と思うかもしれないが、カフェイン中毒という言葉があるくらいには毒性がある。ヒトに対して毒性が弱いだけで他の哺乳類には強い毒性を持っていたりするのがカフェインなのだ。
ヒトに対して毒性が弱いといってもカフェインを摂り過ぎれば死ぬ可能性もあるのだ。実際に日本でもカフェインが原因で死亡した事例は少なくない。そのような理由もあってノンカフェインの製品の需要が高まったというところもある。
ちなみに毒性付与の魔法は紬が経験した毒でなければ付与することができないが、バロメッツに生まれ変わってからカフェインを取る機会はなかった。つまり毒性付与の魔法の毒の経験は前世も含めた経験が対象であった。
とはいえ前世では大学入試まで生きてきた紬が経験したことのある毒などたかが知れている。致死性の高い毒などが選択肢に増えるわけではない。せいぜい使える手札が多くなる程度だ。
それでも今回のようにカフェインという有効な手札として使えるようなものもある。
そして今現在、毒性付与の魔法でカフェインの毒性を付与した分枝の羊を飲み込んでしまった蜘蛛の異形はまともに歩くことができなくなってしまっているし、うまく魔法も使えないのかそれまでバチバチと散らしていた火花もおさまって、鉄の槍も降ってこない。
蜘蛛の異形は今や隙だらけであった。
紬は蜘蛛の異形との決着をつけるために最後の攻勢に出るのだった……。